第二話 三ヶ月
クラリス・ベルモンド侯爵令嬢は、美しい人だ。
笑顔が、特に。
わたくしと同じ、王太子妃候補。
選ばれようと頑張っているのを知っている。
彼女が選ばれたらいいと、心の底から思っている。
わたくしは、のんびり過ごしたい。
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クラリス様が、東の回廊に人を配置したと、幽霊が教えてくれた。
「東の回廊、危ないわ」
「そう」
わたくしは、ベッドの中でその報告を聞いていた。
「……風邪?」と幽霊が聞いた。
「うん」
「ナイス風邪」
「ありがとう」
クラリスは、報告を聞いた。
「東の回廊の待ち伏せ——空振りでした」
「……どうして。あの子、毎日あそこを通るでしょう」
「アリシア様、体調不良で部屋におられたとのことです」
クラリスは、手を握りしめた。
「——偶然だっていうの?なんて悪運が強いのかしら。いいわ、次の計画を進めなさい」
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侍女が、贈り物が届いたと報告に来た。
箱を開けると、クッキーが入っていた。
「わぁ、かわいいクッキーですね」
目を輝かせる侍女に、「使用人のみんなでどうぞ」と言った。
「わたくし、今日のおやつはもう食べてしまったの」
「…お嬢様? さきほど朝食を終えたばかりですよね?」
目を泳がせる。
幽霊が、ぼそっと呟いた。
「机の引き出しに、常にストックがあるのよね」
侍女に怒られた。
ストックを没収された、悲しい。
両手にお菓子を抱えた侍女が、ふと動きを止めた。
「お嬢様。最近何か……お疲れでしょうか」
「大丈夫よ、元気よ」
侍女は何か言いたそうだったが、「左様でございますか」と礼をして去った。
その日の午後、使用人達の間で体調不良者が続出した。
クラリスは、報告を聞いた。
「下剤入りのお菓子も——」
「……ええ。今日、王子とお茶会をしてたわ」
「使用人に、与えたそうです」
クラリスは、手帳を机に叩きつけた。
「……また偶然だっていうの?」
クラリスは、窓の外を見た。
「あの子は——いえ、まさか」
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幽霊が言った。
「この書類、書き写さなくては」
「……面倒くさい」
「でもやらないと、証拠にならないわ」
わたくしは、ため息をついた。
そして——三時間かけて、全部写した。
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王太子殿下が、わたくしに声をかけた。
「アリシア、体調は大丈夫か」
「……大丈夫です」
わたくしは、淑女教育で身に着けた「完璧」な演技をする。
姿勢を正す。微笑む。余計なことは言わない。
「無理はしないでくれ。君は、いつも控えめすぎる」
「ありがとうございます」
殿下は、優しい。
でも、話が長い。
適当に相槌を打ちながら、早く帰りたい、と思っていた。
その夜。
「殿下と話してた?」と幽霊が聞いた。
「うん」
「何か言われた?」
「……覚えてない」
「聞いてなかったの?」
「半分くらい」
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幽霊が夜に教えてくれることを、昼間に確認して回る。
「南棟の倉庫、帳簿が合わないわ」
「ふうん」
「厨房の仕入れ、二重になってる」
「へえ」
「東の回廊の警備、日替わりで変わってるの」
「忙しいのね」
わたくしは、ただ“散歩”した。
本を抱えて歩く。
花を眺める。
ついでに、扉の鍵を見る。
ついでに、衛兵の顔を覚える。
ついでに、侍女の出入りを数える。
三時間かけて写した書類は、枕の下。
一方。
「彼女、妙に動いています」
クラリスの前に、報告が積まれる。
「動いている?」
「はい。目立つことは何も。しかし——」
・警備の交代を把握
・厨房の動線を確認
・倉庫の出入りを記録
「……偶然、ではない?」
クラリスは扇子を閉じる。
「あの子は、何もしていないように見える」
それが、一番厄介。
「監視は続けなさい。ただし気取られないように」
笑顔は崩さない。
けれど胸の奥に、焦燥が溜まっていく。
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アリシアは、手の中の金貨500枚を見下ろした。
「孤児院への寄付金と、北部支援物資の輸送費……」
「どう使うの」と幽霊が聞いた。
「孤児院に、持って行こう」
「……持っていくの? 今から?」
「金貨、重いから。部屋に置いておくの、邪魔」
幽霊が、何も言えない顔をした。
「全部?」
「全部」
「500枚?」
「うん」
クラリスの計画は—— アリシアが金貨を一度受け取り、保管する前提だった。
その間に、帳簿を操作する。
でもアリシアは—— 受け取った瞬間に、全部運んだ。
操作する暇がなかった。
クラリスは、呆然と呟く。
「……なぜ、その日のうちに」
侍女が答える。
「アリシア様が『重いから早く運びたい』と……」
「馬鹿なの?! 運ぶほうが重いでしょうがーーっ!!」
クラリスの叫び声に、窓の外で小鳥が飛び立った。
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夜。
「ねえ」
「なに」
「クラリス、あなたを調べ始めたわ」
「そう」
わたくしは引き出しの中から、チョコレートを取り出す。
没収されたので、ストックを作り直した。
「わたくし、戦う気はないのに」
「でも、クラリス様は分かってくださらない。断罪は、やっぱり起こる」
「その時は」
わたくしは、枕の下の写本をぽん、と叩く。
「証拠がある」
幽霊が笑った。
「のんびりしたい人の準備じゃない」
「のんびりするための、準備」




