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【連作短編】レーテーのほとりで、虚構とワルツを。―亡霊は白に花を描く―  作者: 蒼樹ろーさ@毎月1-5日更新「レーテーのほとりで、…」
石を、お投げくださいませ ~悪役令嬢の断罪を回避したら、のんびりできますか?~
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第二話 三ヶ月

クラリス・ベルモンド侯爵令嬢は、美しい人だ。

笑顔が、特に。

わたくしと同じ、王太子妃候補。

選ばれようと頑張っているのを知っている。

彼女が選ばれたらいいと、心の底から思っている。

わたくしは、のんびり過ごしたい。


୨୧┈┈୨୧┈┈୨୧



クラリス様が、東の回廊に人を配置したと、幽霊が教えてくれた。


「東の回廊、危ないわ」

「そう」


わたくしは、ベッドの中でその報告を聞いていた。

「……風邪?」と幽霊が聞いた。


「うん」

「ナイス風邪」

「ありがとう」


クラリスは、報告を聞いた。


「東の回廊の待ち伏せ——空振りでした」

「……どうして。あの子、毎日あそこを通るでしょう」

「アリシア様、体調不良で部屋におられたとのことです」


クラリスは、手を握りしめた。


「——偶然だっていうの?なんて悪運が強いのかしら。いいわ、次の計画を進めなさい」


୨୧┈┈୨୧┈┈୨୧


侍女が、贈り物が届いたと報告に来た。

箱を開けると、クッキーが入っていた。


「わぁ、かわいいクッキーですね」


目を輝かせる侍女に、「使用人のみんなでどうぞ」と言った。


「わたくし、今日のおやつはもう食べてしまったの」

「…お嬢様? さきほど朝食を終えたばかりですよね?」


目を泳がせる。

幽霊が、ぼそっと呟いた。


「机の引き出しに、常にストックがあるのよね」


侍女に怒られた。

ストックを没収された、悲しい。

両手にお菓子を抱えた侍女が、ふと動きを止めた。


「お嬢様。最近何か……お疲れでしょうか」

「大丈夫よ、元気よ」


侍女は何か言いたそうだったが、「左様でございますか」と礼をして去った。

その日の午後、使用人達の間で体調不良者が続出した。


クラリスは、報告を聞いた。


「下剤入りのお菓子も——」

「……ええ。今日、王子とお茶会をしてたわ」

「使用人に、与えたそうです」


クラリスは、手帳を机に叩きつけた。


「……また偶然だっていうの?」


クラリスは、窓の外を見た。

「あの子は——いえ、まさか」


୨୧┈┈୨୧┈┈୨୧


幽霊が言った。


「この書類、書き写さなくては」

「……面倒くさい」

「でもやらないと、証拠にならないわ」


わたくしは、ため息をついた。

そして——三時間かけて、全部写した。


୨୧┈┈୨୧┈┈୨୧


王太子殿下が、わたくしに声をかけた。


「アリシア、体調は大丈夫か」

「……大丈夫です」


わたくしは、淑女教育で身に着けた「完璧」な演技をする。

姿勢を正す。微笑む。余計なことは言わない。


「無理はしないでくれ。君は、いつも控えめすぎる」

「ありがとうございます」


殿下は、優しい。

でも、話が長い。


適当に相槌を打ちながら、早く帰りたい、と思っていた。



その夜。


「殿下と話してた?」と幽霊が聞いた。


「うん」

「何か言われた?」

「……覚えてない」

「聞いてなかったの?」

「半分くらい」


୨୧┈┈୨୧┈┈୨୧



幽霊が夜に教えてくれることを、昼間に確認して回る。


「南棟の倉庫、帳簿が合わないわ」

「ふうん」


「厨房の仕入れ、二重になってる」

「へえ」


「東の回廊の警備、日替わりで変わってるの」

「忙しいのね」


わたくしは、ただ“散歩”した。


本を抱えて歩く。

花を眺める。

ついでに、扉の鍵を見る。

ついでに、衛兵の顔を覚える。

ついでに、侍女の出入りを数える。


三時間かけて写した書類は、枕の下。


一方。


「彼女、妙に動いています」


クラリスの前に、報告が積まれる。


「動いている?」

「はい。目立つことは何も。しかし——」


・警備の交代を把握

・厨房の動線を確認

・倉庫の出入りを記録


「……偶然、ではない?」


クラリスは扇子を閉じる。


「あの子は、何もしていないように見える」


それが、一番厄介。


「監視は続けなさい。ただし気取られないように」


笑顔は崩さない。

けれど胸の奥に、焦燥が溜まっていく。


୨୧┈┈୨୧┈┈୨୧


アリシアは、手の中の金貨500枚を見下ろした。


「孤児院への寄付金と、北部支援物資の輸送費……」


「どう使うの」と幽霊が聞いた。


「孤児院に、持って行こう」

「……持っていくの? 今から?」

「金貨、重いから。部屋に置いておくの、邪魔」


幽霊が、何も言えない顔をした。


「全部?」

「全部」

「500枚?」

「うん」


クラリスの計画は—— アリシアが金貨を一度受け取り、保管する前提だった。

その間に、帳簿を操作する。


でもアリシアは—— 受け取った瞬間に、全部運んだ。

操作する暇がなかった。

クラリスは、呆然と呟く。


「……なぜ、その日のうちに」


侍女が答える。


「アリシア様が『重いから早く運びたい』と……」

「馬鹿なの?! 運ぶほうが重いでしょうがーーっ!!」


クラリスの叫び声に、窓の外で小鳥が飛び立った。


୨୧┈┈୨୧┈┈୨୧


夜。


「ねえ」

「なに」

「クラリス、あなたを調べ始めたわ」

「そう」


わたくしは引き出しの中から、チョコレートを取り出す。

没収されたので、ストックを作り直した。


「わたくし、戦う気はないのに」

「でも、クラリス様は分かってくださらない。断罪は、やっぱり起こる」

「その時は」


わたくしは、枕の下の写本をぽん、と叩く。


「証拠がある」


幽霊が笑った。


「のんびりしたい人の準備じゃない」

「のんびりするための、準備」

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