第一話 はじまりの夜
「石を、お投げくださいませ」
わたくしの言葉に、会場が静まり返った。
その瞬間、確信した。
——これで、のんびりできる。
……たぶん。
୨୧┈┈୨୧┈┈୨୧
幽霊が現れたのは、断罪の三ヶ月前のことだった。
わたくしは、その日から準備を、始めた。
その夜のことは、よく覚えている。
日中、突然『思い出した』。
それで、侍女に八つ当たりして、自己嫌悪して、ベッドに潜って、それでも眠れなくて。
枕に顔を押しつけて、声にならない言葉をいくつか吐き出して。
ようやく起き上がったのは、深夜だった。
喉が渇いていた。
月光が差し込む自室で、水を取ろうとして、鏡の前を通りかかった。
鏡の中に、「それ」はいた。
わたくしと同じ顔。同じ髪。同じ目。
でも、輪郭が「薄い」。
三秒くらい、見つめた。
そして、未来のわたくしだと気づいた。
妙に、納得した。
泣きそうな夜に現れたことに。
そういうものだと思った。
おかしいと思う余裕が、なかっただけかもしれないけれど。
水を一杯飲んでから、鏡の前に戻った。
「わたくし、断罪されるのね?」
未来のわたくし――幽霊は、静かに頷いた。
「そう」
わたくしは、鏡の縁に指を置いた。
「幽霊になったら、のんびりできる?」
わたくしの言葉に、幽霊が目を伏せた。
「……そうだったら、あらわれない」
「そっかぁ」
わたくしは、肩を落とした。
「――回避、できる? できないなら、今夜は寝たい」
「できる。でも、準備が必要」
「…めんどくさい」
「回避すれば、のんびりできる、はず」
幽霊の言葉に、わたくしはため息をついた。
「のんびり、したい。そのためなら――」
「「努力は惜しまない」」
同じ言葉を言って、わたくしは幽霊と微笑み合った。
それから幽霊は、毎夜現れた。
夜だけ。
鏡の中にだけ。
情報をくれた。
誰が味方で、誰が敵か。
どの書類に細工がされているか。
クラリス・ベルモンド侯爵令嬢が、何を企んでいるか。
助かる。
触れようとすると、鏡に当たる。
触れようとした、のは――どちらだったか。わたくしは、いつも、思い出せなかった。
「どうして、あらわれたの」と、ある夜、わたくしは聞いた。
幽霊は、少し間を置いた。
「わたくしのためよ」
「――意味がわからない」
幽霊は、答えなかった。
わたくしは、しばらく待って、あきらめた。
考えても、答えはでないだろうから。
「必ず、回避できるわ」と幽霊は言った。
「知ってる」とわたくしは言った。
幽霊が、何か言いたそうな顔をした。
わたくしは、先に続けた。
「そのために、準備をしているんだもの」
すべては、のんびりライフを取り戻すために。
幽霊が消えたあと、わたくしは鏡を見る。
鏡の中に、わたくしがいる。
わたくし、こんな顔をしていたかしら。
まあ、いいか。
考えるのは、明日でも遅くない。
明日も考えない気がするけれど。




