最終話 白と黒
男が、ため息をついた。
琥珀色のグラスをテーブルに置き、立ち上がる。
「もう少し、ゆっくりしても良かったのに」
男は、私の前に立った。
白いシャツ胸ポケットへ手を伸ばし。
取り出したものを、私に差し出す。
「どうぞ」
黒い、アンティーク調の鍵。
私は、鍵のかかったキャビネットを見た。
黒猫を膝からおろし、キャビネットへ。
鍵を回す。
カチリ、と音がして――引き出しが、開いた。
左上をホチキスで止められた、コピー用紙。
4つの薄い束を、手に取った。
『最初から、もう一度』
『石を、お投げくださいませ』
『ねぇ、見てくれる?』
『今日は、必要ありません』
私は表紙をめくらない。
内容が分かっているから。
当たり前だ。
これは――私が書いた、物語たち。
ピシリ、音が響いた。
顔を上げる。
壁に、ひびが入っている。
大きな三連窓の向こう。
私の部屋が見える。
たくさんの付箋に囲まれた、ノートパソコン。
「もう、大丈夫ですか?」
男の声に、振り返った。
そうだ、この男は。
どうりで、よく知っていたわけだ。
まさかここで会うとは、思わなかったけれど。
「もう、大丈夫です」
「それなら、よかった」
男は、近くの椅子へと近づく。
椅子の背に、ネイビーのベストとジャケット。
男が身なりを整えると。
私がよく知っている姿になった。
「では、私はこれで」
「はい」
男が扉を開けた。
向こう側から白い光が漏れる。
「また、必要になったら会いましょう」
男が片手を上げ、カフスがきらめく。
男の姿が光の中に消え、扉が閉まる。
同時に、白い部屋がガラスのように粉々に砕けた。
白い光。
四角い中に、縦棒が点滅している。
付箋だらけの、ノートパソコンの前で。
私は目を瞬いた。
「……ゆめ?」
チョコレートを一粒、箱から取り出す。
口に放り込むと、いつもの甘さを感じた。
私はマウスを操作する。
白いメモ帳をよけ、『レーテー』と名付けたフォルダを開く。
『最初から、もう一度』
『石を、お投げくださいませ』
『ねぇ、見てくれる?』
『今日は、必要ありません』
連作短編。
各五話を、五種類。
最後の一つが、いま、決まった。
新しいフォルダを作成する。
『白い処方』
ふふ、と笑いが口からもれる。
わくわくが、止まらない。
はやくはやく、と心が跳ねている。
「だれかに、届きますように」
私は導かれるように、キーボードに指を滑らせた。




