第四話 呼び寄せる
窓の外に、また黒猫がいる。
木の根元に座っている。
金色の目で、こちらを見ている。
ずっと。
「猫が、気になりますか」
男の言葉に、頷いた。
少し、考えるそぶりを見せた後。
男が大きな三連窓の一つを開ける。
黒猫は立ち上がり。
迷いなく室内に入ってきた。
黒猫が、わたしの足に体を擦りつける。
温かい毛の感触。
手を伸ばしても逃げない。
そっと、黒猫を抱き上げる。
「……くろ」
私は、部屋の中を見回した。
白、グレー、青。
どこにも、黒がない。
――いや、一度だけ見かけた。
私の絵が飾られたキャビネット。
鍵のかかった引き出し。
4冊のコピー用紙。
そこに印字されていた「文字」。
「……引き出しの中の、」
「まだ、だめです」
言葉を遮られた。
まだ。
いつなら、いいんだろうか。
私は男を振り返った。
また、困ったように眉を下げて、微笑んでいる。
「あなたは黒を呼び始めた。もう、そんなに遠くない」
「……わたしが、呼んだ?」
男は答えない。
視線を、私が抱いている黒猫に落とし。
黒猫の喉を、男も撫でる。
「今、どんな気持ちですか」
男の質問に、首を傾げる。
「落ち着いています」
「……そうですか」
男は口を微笑みの形にしている。
伏し目がちの目から、感情が読み取れない。
かける言葉が見つからず。
私も視線を落とし、黒猫の頭を撫でる。
男は、静かに猫を見ていた。
ポツ、ポツ、という音。
振り始めた雨に、男が窓を閉めた。
雨足は徐々に強くなり、外は薄暗い。
対する室内は適度に明るく、穏やかな空気が満たしている。
男が、いつもの笑顔で口を開く。
「何を飲まれますか?」
少し迷って。
「ココア、ありますか?」
「…はい、準備してきますね」
男が去るのを見送り、ソファに腰かけた。
膝の上の黒猫を撫でる。
ふと、視界の端で何かが動いた。
小さな蜘蛛。
黒くて小さい。
せわしなく足を動かす様子を、じっと見つめる。
――あなたは黒を呼び始めた。
男の言葉が、頭の中に響いた。
この黒い蜘蛛も、私が“呼んだ”というのだろうか。
男が戻ってきた。
甘いココアの香りがするマグカップを手渡される。
男は、琥珀色の液体が入ったグラスを手にしていた。
「黒が、ずいぶん増えましたね」
男が呆れたように言った。
部屋を見回す。
青かったクッション。
白かったキャビネット。
グレーだったチェスの駒。
いつの間にか、黒く染まっている。
膝の上の黒猫を見た。
金色の目の中の、縦長く黒い瞳孔。
窓の外が、一瞬光った。
目を向けた瞬間。
木々の生い茂る森ではなく。
パソコンのモニターがある室内が見えた気がした。




