第二話 隠された色
大きな三連窓を、薄い青のカーテンが縁取る。
窓の外にはたくさんの木々と、強い日差し。
窓を開けようとして、途方に暮れた。
開け方が、分からない。
「外が、気になりますか」
いつのまにか、近くに男が立っていた。
「外は暑いですよ。室内にいる方が、快適です」
暑すぎず、寒すぎない。
室内の環境は、私にとって非常に快適。
でも。
「……何か。……何かが、ないんです」
「何か、ですか?」
「それがないと、私はダメなのに」
焦燥感。
目覚めてからずっとある。
何かに追い立てられるような。
男が、唇の端を吊り上げた。
「焦らなくても、大丈夫です」
私は男を見つめた。
「あなたは思い出す。必ず」
「必ず?」
「ええ。だから、それまで、ゆっくり過ごしませんか」
そうかもしれない、と思った。
男が、私の目をまっすぐに見たせいかもしれない。
肩から少し、力が抜けた。
「準備したものがあるんです」
男は、テーブルへと私を導く。
薄く四角い缶。
12色の色鉛筆だ。
「絵でも、描きませんか? 以前は、時々描いていましたよね?」
そう、だっただろうか。
はがきサイズの白い紙を、見下ろす。
男が差し出した、赤の色鉛筆を受け取る。
いま、描きたいものは。
色鉛筆を、紙に滑らせた。
くるり、くるり、くるり――
ひとつ書いたところで、男が呟いた。
「花、ですか」
雫を5つ集めたような、簡単な絵。
ひとつ。
ふたつ。
みっつ。
白い紙に、花が増える。
色を変えて。
大きさを変えて。
しばらくののち、紙はカラフルな花に埋めつくされた。
「……できた」
顔を上げて、気づいた。
テーブルの上に、一輪挿しがある。
白と紫のクレマチス。
「きれい……」
「お気に召したようで、良かったです」
男は、花で埋め尽くされた紙を手に取った。
額縁に入れ、キャビネットの上に立てかける。
わたしは色鉛筆を片付ける。
スペースが余った。
一本、足りない。
男の手が伸びてきて、缶の蓋を閉めた。
「その色は、今は必要ありませんから」
「……最初から、なかったの?」
描いた絵を、見た。
赤、ピンク、黄色、橙、水色、紫。
使わなかったのは、白、茶色、緑と…。
なかった色は――
「紅茶と、コーヒー」
男の声に、思考が途切れた。
「どちらがいいですか?」
「…コーヒー」
「ミルクたっぷりですね?」
私は頷いた。
立ち去る男を、見つめる。
男の言動。
この部屋自体も。
何かが隠されている。
悪意は感じられない。
何かから、「保護」されているような。
私はクレマチスの花びらをそっとつついた。
額縁が置かれたキャビネットの、昨日開けた引き出し。
今日は、鍵がかかっていた。




