第三話 美味しいって顔
いつもの朝です。
目を覚まして、アプリを開きます。
そしてギルドへ向かいます。
クエストボード。
今日の推奨依頼を確認します。
『推奨:薬草採取(森の東側)』
『成功率:100%』
「レイナさん、今日もですか?」
依頼を剝がそうと手を伸ばします。
受付嬢が、眉を下げて聞いてきました。
「はい」
「たまには、違う依頼も…」
「大丈夫です。これが一番、私に合っていますから」
私は、微笑んで答えました。
依頼書を剝がした時。
「また同じか」
背後から声がしました。
振り向くと、リオンさんが腕を組んで立っています。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
リオンさんは、眉間に皺を寄せて私の依頼書を見ます。
「最近、ずっと同じ依頼だな」
「そうですね」
「飽きないのか?」
私は、少し考えました。
「…飽きるより、効率的ですから」
リオンさんは、少し首を傾げます。
「効率か…」
「何か問題でも?」
「いや」
リオンさんは、少し困ったような顔をしました。
「たまには、違うことをしてみないか」
「なぜですか?」
「その方が、楽しいだろ」
楽しい。
特に魅力を感じません。
「楽しさよりも、効率のほうが大事です」
私は、きっぱりと答えました。
⊹‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧⊹
森の中。
薬草を採取しながら、私はアプリの指示に従います。
25分で、目標の薬草を全部集め終わりました。
「…相変わらず、正確だな」
声に振り向くと、リオンさんがいました。
「リオンさん」
リオンさんは、私の籠を見ました。
薬草が、種類別に完璧に整理されています。
「なあ、レイナ」
「はい?」
「お前、最近おかしくないか」
リオンさんの声が、少し低いです。
「なんていうか…前は、もっと感情があった」
「…そうでしょうか」
「……あぁ」
リオンさんは、背を向けました。
「先に戻る。気をつけろよ」
私は、その背中を見送りました。
なぜでしょう。
すこしだけ胸が痛くて、息が苦しいです。
⊹‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧⊹
その夜、宿の食堂で。
私は、一人で夕食を取っていました。
「そこ、いいか」
顔を上げると、リオンさんが立っていました。
「…どうぞ」
リオンさんは、向かいに座りました。
そして、がつがつと食事を始めました。
美味しそうに食べています。
「なんだ」
リオンさんが、口を動かしながら言いました。
「いえ」
「なんで見てる」
私は、少し考えました。
「…あなたの食べ方が、興味深かったので」
「興味深い?」
「はい。なんだか、気になります。見ていて、気持ちがいいというか」
リオンさんは、少し笑いました。
「そりゃ、美味いからな」
美味い。
私は、自分の皿を見ました。
これは、美味しいのでしょうか。
「レイナ」
リオンさんが、私の名前を呼びました。
「お前、それ美味いか?」
私は、もう一口食べてみました。
「…わかりません」
リオンさんは、目を見開きました。
「わからない…?」
「美味しいかどうか…判断、できません…」
リオンさんは、しばらく黙っていました。
そして、自分の皿から魚を一切れ、私の目の前に差し出しました。
「食え」
フォークを受け取ろうとすると、リオンさんの手が逃げました。
「ほら、口開けて」
「…自分で、食べま」
口が開いたタイミングで、フォークが入ってきました。
最初に感じたのは、温かさ。
スパイスの香り。
それから、魚の甘味。
口の中に魚を残し、フォークが引かれました。
噛むたびに、少し濃い味が拡がります。
私が咀嚼するのを、リオンさんがじっと見ていて。
なんだか落ち着かなくて、目を伏せました。
「どうだ」
「わかりません」
「嘘つけ。今、顔が動いた」
「…動いた?」
「眉が、ちょっと上がった」
私は、自分の顔に手を当てました。
なんだか頬が熱いです。
「美味いって顔をした」
リオンさんは、少し得意げに言いました。
そして、別の食材をフォークに出して差し出してきます。
「…あの、もういいです」
「いや、こっちも味見するべきだ。絶対、旨いから」
食材が、唇に当たりました。
なんだか気持ちがぐちゃぐちゃで、アプリに伸ばしかけた手を。
リオンさんが押さえます。
「ほら、早く食べて」
「………っ」
小さく口を開けると、食材が入れられます。
心臓の音が大きくて。
「…味、わかりません……っ」
リオンさんは、それを聞いて笑いました。
「悪い、調子に乗った」
「ひどいです…!」
私は、少しむっとしてリオンさんを睨みました。
なんだか、ひさしぶりな気がしました。
⊹‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧⊹
部屋に戻って、アプリを開きます。
今日は、リオンさんの魚を食べた時。
味を、感じました。
『今日の会話記録』を見ます。
私は、その記録を読み返しました。
そして、画面を閉じました。
記録じゃなくて。
自分で、思い出してみます。
リオンさんの、少し得意げな顔。
魚の、スパイスの味。
自分の、むっとした気持ち。
覚えています。
アプリを見なくても、覚えています。
私は、窓の外を見ました。
星が、見えました。
きれいだ、と思いました。
アプリが教えてくれたのではなく。
私が、思いました。
私は、ベッドに入りました。
そして、眠る前に。
もう一度、アプリを開きました。
習慣で。
『明日の推奨スケジュール』
いつも通りの内容。
少しだけ、もやもやと感じました。
私は、画面を閉じて、目を閉じました。




