第一話 転生しました
「じゃあ、東の森への行き方は?」
リオンさんは、少し意地悪な顔で私を見つめます。
困る私を見て、目元を和らげながら「素直じゃないな」と笑いました。
⊹‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧⊹
目を開けると、白い空間にいました。
「――ここは」
私は跳ね起き、あたりを見回します。
知らない場所。
知らない空気。
「おお落ち着きましょう、レイナ」
大丈夫、名前は憶えています。
視界の端に、何かが浮かんでいるのに気づきました。
半透明のウィンドウ。
『Welcome to Another World』
『あなたは選ばれました』
異世界転生、というやつでしょうか。
ウィンドウの下に、ボタンが一つ。
『Accept(受領する)』
私は、恐るおそる、指を伸ばして。
触れた瞬間、光が弾けました。
「やあ」
目の前に、誰かが立っていました。
白い服。穏やかな笑顔。
「驚かせて、ごめんね」
「……もしかして、神様、でしょうか?」
神様のような人は、にっこりと笑います。
「君に、特別なギフトを授けようと思ってね」
神様が手を翳しました。
私の視界に、新しいウィンドウが開きます。
『Life Logger - あなたの人生を記録します』
「これは…」
「便利なアプリだよ。これがあれば、初めての場所でも大丈夫」
画面を開くと、会話記録や行動履歴、人物データベース、推奨行動。
「忘れても見返せるし、迷ったらナビしてくれる」
「…すごい。完璧です…!」
私は、思わずそう言っていました。
神様は微笑みます。
「君なら、上手く使いこなせるだろう。頑張ってね」
「はい。ありがとうございます」
私は、お辞儀をしました。
神様が消える直前。
「――記録があれば、――ても、大丈夫だから」
神様が何か言っていたようですが、よく聞き取れませんでした。
光が完全に視界を包んで。
気づくと、石畳の広場に立っていました。
周りには人々が行き交っています。
私は、一度深呼吸をしました。
大丈夫、アプリがあります。
『現在地:王都中央広場』
『推奨行動:ギルドへの登録』
画面に、矢印が表示されます。
(…本当に、ナビしてくれるんですね)
私は、その通りに歩き出しました。
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ギルドの扉の前。
「おお落ち着きましょう、レイナ。完璧に振る舞うのです」
扉を開けると、中は思ったより賑やかです。
冒険者たちが、酒を飲み、笑い、騒いでいます。
私は、背筋を伸ばして受付に向かいます。
「あ、あの」
受付嬢が顔を上げます。
「はい、いらっしゃいませ」
「冒険者登録を、お願いします」
「初めてですか?」
「はい」
受付嬢は書類を取り出しました。
「こちらに、お名前と出身地を」
出身地…異世界、とは書けません。
アプリをこっそり開きます。
『推奨回答:「遠方から参りました」』
(…助かります)
わたしは推奨に従い、記入します。
受付嬢は確認して、水晶玉を出しました。
「では、適性検査を。こちらの水晶に手を」
私は言われた通りにします。
水晶が淡く光りました。
「高い数値ですね。魔法使い適性があります」
「…魔法使い」
「それでは、登録完了です。レイナさん」
受付嬢がギルドカードを渡してくれます。
「あ、あの」
「はい?」
「初心者向けの依頼は、どこで」
「ああ、あちらのボードです」
私は小走りで向かいます。
心臓が早鐘のように打っています。
クエストボード。
色々な依頼が貼られています。
薬草採取、魔物討伐、護衛。
どれが最適か、迷います。
アプリを開きました。
『推奨:薬草採取(森の東側)』
『難易度:低』
『成功率:95%』
(これなら、私でも…)
私は、その依頼書を取ろうと手を伸ばしました。
「初心者にはいい選択だな」
背後から、声がしました。
振り向くと、青年が立っています。
剣を背負っていて。
長い銀色の髪を一つに結わえて。
青灰色の目が私を見ています。
「…ええと」
思わず依頼書を握りしめました。
「初めて見る顔だな。新人か?」
「…はい。先ほど、登録を」
「そっか。俺はリオン。よろしく」
リオンさんが差し出した手。
恐るおそる、握手します。
「…レイナです」
「レイナか。よろしく」
「…よろしくお願いします」
ごつごつした、大きな手。
温かいです。
リオンさんが依頼書を見ます。
「その依頼、一人で行くのか?」
「そのつもりです」
「初めてなのに?」
「…問題ありません」
正直、不安はいっぱいですが。
リオンさんは、すこし首を傾けました。
「森、わかるか?」
私は一瞬言葉に詰まりました。
わかりませんが、アプリが誘導してくれる、はず。
「…大丈夫です」
私は小声で答えました。
「…本当か?」
「本当です」
「じゃあ、東の森への行き方は?」
「え?」
「知ってるんだろ?」
私は、手の中の端末を見ました。
画面に、小さく「i」マークが点滅しています。
触れてみると。
『目的地:東の森(薬草採取エリア)』
『推奨ルート:東門→川沿い→南進』
『到達予測時間:約15分』
(…本当に、教えてくれるんですね)
私は、リオンさんに向き直ります。
「…あの」
「ん?」
「念のため、確認したいのですが」
リオンさんの口の端が上がっています。
少し意地悪な表情に見えます。
「分からないんだろ?」
「分かります!」
たぶん、と小さく付け足します。
「ただ…あなたの認識と私の認識が一致しているか…」
「ぶふっ…!」
リオンさんが噴き出しました。
「…素直じゃないな」
「だから、本当に、たぶん分かります…!」
「はいはい」
リオンさんは、私の横に並びました。
「じゃあ、一緒に行くか」
「え?」
「俺の依頼も同じ方向だからな。ついでだ」
「…別に、あなたの案内など」
正直、ちょっと心強いです。
でも、なんだか腑に落ちません。
「俺、必要ない?」
首を傾げたリオンさんの髪が、さらりと揺れました。
「…お願いします」
小さな声で言うと、リオンさんは満足そうに笑いました。
「素直でよろしい」
「だから、分からないわけでは…!」
「はいはい」
「ちゃんと聞いてください!!」
私たちは、ギルドを出ました。
⊹‧┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈‧⊹
森への道。
リオンさんが先を歩きます。
私は、その後ろを歩きながら、こっそりアプリを開きました。
『人物データベース更新』
『リオン:冒険者、剣士、性格:親切』
(…親切、ですか)
確かに。
でも少し意地悪な気も…
「なあ、レイナ」
「はい?」
「お前、本当に初めてか?」
「はい、初めてです」
「ふぅん。全然怖がってないなって」
本当は、怖いです。
でも見せない。
ずっと、そうしてきました。
「怖がる理由がありませんから」
「へぇ。…強いんだな」
「当然です」
リオンさんは、振り返って私を見ました。
「…あんまり無理すんなよ」
「無理などしていません」
「そっか」
リオンさんは、また前を向きました。
「まあ、困ったことがあったら言えよ。力になる」
私は、その背中を見つめました。
胸がじんわり温かいです。
「…ありがとうございます」
小さな声で呟くと、リオンさんは振り返らずに手を上げました。
森が見えてきました。
アプリの画面に、小さく表示されています。
『推奨ルート:順調』
(…このアプリがあれば、大丈夫そうです)
風が、優しく吹いています。
木漏れ日が、道を照らしていました。
私は、少しだけ安心しました。
このアプリがあれば、きっと上手くいく。
隣には、優しい人がいる。
私は小さく呟きました。
「…頑張ります」
いよいよ、初めてのクエストです。




