最終話 断罪の日、そして
大広間に、冬の光が差し込んでいる。
アリシア・フォン・エーデルハイトは、国王陛下の御前でカーテシーをおこない、姿勢を正した。
貴族たちの視線は冷たい。
告発状が読み上げられる。
毒を盛った。
侍女を唆した。
王太子殿下の寵愛を欺いた。
一つひとつ、罪状が響く中。
アリシアは微動だにしない。
「アリシア・フォン・エーデルハイト。弁明はあるか」
王子が、一言声をかけたその時。
アリシアが、息を吸った。
小さくさざめいていた会場が、静まり。
「……信じてくださる方は、信じてくださいます」
静かな声。
嵐の中の、深い水底のような。
大きな声ではなかったのに、会場に響いた。
ステンドグラスから降り注ぐ光が、柔らかくアリシアの髪を照らす。
凛と伸ばされた背筋。
ただまっすぐに前を見つめる静かな瞳。
そこに疚しさは微塵も感じられない。
ただ、静謐な雰囲気に、人々は言葉を失った。
そこへ証拠が届き始めた。
侍女の証言。
書簡の筆跡鑑定。
毒の入手経路。
一つひとつが、告発とは別の物語を語り始める。
会場の空気が、変わっていく。
クラリスが、声を荒げた。
「でたらめだわ! あなたが仕組んだに決まっている、こんな――」
そのとき初めて、アリシアはクラリスのほうを見た。
視線を、彼女の上に、置いた。
哀れみの籠った視線。
クラリスの言葉が途切れ、目がわずかに見開かれた。
アリシアが、顔を俯ける。
表情が見えない中、静かな声で語る。
「もしそれでも、わたくしを罪人と仰るのなら」
顔を上げ、両手を広げた。
「どうぞ――」
潤んだ瞳。
微笑をたたえた口。
「――石をお投げくださいませ」
誰も、動かない。
動けない。
腕が上がらない。
その理由すらわからないまま。
「…アリシア・フォン・エーデルハイト……」
王子が、震える声でアリシアを呼んだ。
アリシアは、微笑みをわずかに深めた。
磨き上げられた鏡のような大理石が、アリシアを曇りなく映し出している。
クラリスは、目だけで会場を見回した。
一瞬、奥歯を噛みしめた後、アリシアへと歩を進める。
「……わたくしの、勘違いだったようです」
深く、頭を下げた。
「アリシア様、申し訳ございません」
アリシアは、静かに微笑んだ。
「お気になさらず」
そして、歩み寄り、クラリスの手を取る。
「クラリス様」
優しい声だった。
「誤解がとけて、嬉しゅうございます」
貴族たちは、その光景を見て感動に震えた。
頭を下げる聖女。
赦す女神。
誰もが、思った。
――この女神が、悪であるはずがないと。
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その夜。
幽霊が、最後に現れた。
鏡の中に、いつも通り。
でも、輪郭がほとんど見えない。
「お疲れ様」
「うん。話、長かった」
「…下向いたの、あくび?」
「うん。ちょっと涙出た」
幽霊が「だと思った」と笑った。
「クラリス様、許したね」
「うん。勘違い、分かってくれた」
「……勘違い」
「うん。わたしは、王子妃、狙っていない」
幽霊が、微妙な顔をした。
ふと、幽霊があくびをした。
一筋の涙が流れる。
「疲れたね」
幽霊が、頷いた。
わたくしも、さっきからあくびが止まらない。
「お疲れさま。じゃあね」
「お疲れさま。うん」
そして、鏡の中の幽霊が消えた。
わたくしは、朝まで鏡を見ていた。
鏡の中にはわたくしだけがいる。
ずっと、そうだったように。
朝になり、侍女が寝室に入ってきた。
いつも通りの顔で。
鏡の前で、髪を結われる。
侍女が言った。
「お嬢様、最近……独り言が、多うございますよ」
「…そうかしら?」
鏡の中のわたくしは、いつも通りの微笑みを浮かべる。
「――気のせいよ」
明日からは、静かになる。
面倒くさいことは、すべて終わった。
もう、ゆっくり過ごせるだろうか。
わたくしは、穏やかな気持ちで瞳を閉じた。
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断罪が終わって、三日後。
王太子殿下が、改めて謁見を求めてきた。
「アリシア様」
殿下は、膝をついた。
「改めて——あなたを、妃に迎えたい」
わたくしは、殿下を見た。
真剣な顔だった。
——面倒くさい。
でも、断ったら、もっと面倒くさいことになる。
わたくしは、微笑んだ。
「……光栄です」
その夜、鏡の前でため息をついた。
幽霊は、もういない。
「……のんびりできると思ったのに」
鏡の中のわたくしは、苦笑している。
「――まあ、いいか。」
面倒なことは、できるだけだれかに押し付けよう。
わたくしはチョコレートを一粒、口に入れた。




