その後の話3【10】朝ご飯はみんなで
深い眠りだった。
その夜、わたし、フィニスは深い眠りに落ちていた。
夢もみない。足を踏み外すような、深い眠り。
生まれて初めてかもしれない――。
「!?」
がば、と起き上がり、辺りをうかがった。
寝台のうすい天蓋。白と金と大理石で飾られた、きれいな部屋。
長いロウソクはそろそろ燃え尽きる。
夜明けが来る。
そんな時間まで、わたしは爆睡していたのか!?
すこーんと無警戒に!?
大丈夫か、死ぬのでは!?
いや、生きている。生きているが、死ぬのでは!?
皇帝たるもの、安眠とは一生縁がないと思っていたのに。
なんでだ、と思ったとき。
「うーん……むにゃ……」
「!?!?」
びくっ、として隣を見る。
大きな寝台に、ぽこっとしたふくらみ。
掛布にくるまったまるいものは、抜けるような白い肌と、銀髪の乙女だった。
うわ…………。
わたしの妻、かわいすぎない……?
いや、知ってたよ? 妻が可愛いのは知ってたけどね?
何? 破壊力が増した? というか?
もはや殺傷力を持った? というか?
すっっっっごい美形なのに、銀色のまつげとかほとんど宝飾品だし唇は花びらそのものだし耳とかそれだけとっても国宝級のかわいさだけど、だけどだけどそんな美しい女子が、ぷうぷう油断した寝息立ててるの、爆裂四散しそうなかわいさなのだが!?!?!?!?
かわいい……かわいい。かわいすぎて、呼吸が苦しい。
本気で苦しい。
ちょっと、距離を、取ろう。
推しとの距離は大事だ……寿命が延びる。
わたしは最大限静かに、寝台から降りた。
騎士団時代に身につけた特殊技能で、素早く身なりを整える。
心配になってのぞきこんだが、セレーナはもちろん起きなかった。
油断~~。
油断が!! また!! かわいい!!!!
ダメだ!! このままここにいたら、まったく全然落ち着けない。落ち着くためには今すぐここで東部辺境土着のダンスでも踊るしかない。完全な不審者だ。不審者にならないためには、もう少し距離を取るしかない。
えーと、えーと……泳ぐか?
それも不審か。
…………あ、じゃあ、アレか。
朝ご飯を運んでくる手伝いをするのはどうだろう。
このくらいの時間でも、料理人たちは起きているはずだ。
いいぞ。それでいこう。
わたしは全神経を集中し、そーーーーーっとセレーナのまるみのある肩に掛布をかけ、部屋を出た。
■□■
「ご朝食のお手伝い、ですか」
きょとんとした料理人に、わたしはうなずく。
「そうだ」
用意がまだのようなら、しばらくここで待たせてくれ――と、続けるつもりだった。
が、料理人は、ぽんと手を打つ。
「なるほど……それはロマンチックですね!!」
「ろまんちっく?」
「そりゃあもう、ロマンチックですよ!! 甘い眠りから目覚めたあとに、最愛の方が手作り朝食のトレイを持ってきてくれる――全人類の夢では!?」
「そうなのか。というか、手作りって」
「さあ、ここにある材料、何を使っても結構です!! やりましょう、料理!!」
待て、なんだか変なことになったぞ。
そうじゃない、運ぶだけでいい……と思っているうちに、粉とボウルとミルクを渡される。
「さ、かきまぜて!!」
「……わかった」
指示が出るなら、まあ、対応は可能か。
あの父親に育てられたおかげで、大体のことは学んだ。料理もできなくはない。
気づくとわたしは、せっせと料理にいそしんでいた。
「いいですよ、皇帝陛下!! いい焼き加減です!!」
「こうか?」
「そうです、ナイスひっくり返し!! からの~~フルーツカット!!」
「カットは、こう」
「さすがの刃物です! クジャクの形ですね!?」
「絶叫するニワトリだ。よし、次!!!!」
みるみる料理ができあがっていく。
これ、結構楽しいな……と思ったとき。
わたしは何かの気配に気づいた。
背後――厨房の外の廊下を、すっと通っていった気配。
……なんだ?
知らない気配では、ない。
旧知の気配でも、ない。
ということは、使用人か。
気にはなったが、今振り返ったらクリームが変なところに飛ぶ。
わたしは結局、その気配を見逃した。
■□■
「――ふにゃ?」
変な声を出して、私は目覚めた。
寝起きっていつもこうなんだよなー。
もっと貴婦人っぽく起きられたらいいんだけど、どうしても本性出ちゃう。
私、セレーナは顔をごしごししながら体を起こし……
「さむっ!! えっ、あ!!」
大慌てで体に掛布をまきつけた。
ひ、ひえーーーーーー……。
ガウンのひとつも羽織らずに寝てた!!
は、はしたな!! みっともな!!! ダメダメだ!!!!
だ、誰かに見られてないかな。っていうか、そうだ、あ、思い出した、思い出しちゃった、ひゃーーーーーーーーやだーーーーーーーーそっかぁーーーーーーーーそうだったかあ!! そうでしたね! そうでしたよ!! ふわーーーーーーーーーーーーーーまともな言語が帰ってこなーーーい、ママはここよ~~帰ってきてえええええ!!!
錯乱しきった私。
その耳に、カタン、と、音が響く。
「?」
私は、音のほうを見た。
バルコニーに出る、大きな掃きだし窓が開いている。
バルコニーに、誰かいるんだ。
フィニスかな、と思った。
というか、それ以外だとマジで困る。恥ずかしくて死ぬ。
フィニスでも困る。恥ずかしくて百回死ぬ。
ウッ、それって、勝率ゼロでは!?
――って、あれ。
「あなた、誰?」
思ったより、すぱーんと声が出た。
掃きだし窓から入ってきたのは、全身を黒に包んだ男だ。
男の背後で、日が昇り始める。
きら、と――男の手元が光る。
短剣。
こいつ、暗殺者だ。
「誰か!!」
とっさに叫び、枕を顔の前にかまえた。
最初の一撃だけそらせれば、逃げられる可能性はある。
とてつもなく低い可能性だけど――。
それでも。諦めるわけにはいかない。
私、フィニスに言ったもの。
昨日より、明日のほうが、きっといいって!!
暗殺者の気配がじりじりと近づいてくる。
そのとき、控え室の扉が開いた。
「狼藉者、止まれ!!」
苛烈な声。
これって。
私は、枕をかなぐり捨てる。
きぃん、と、澄んだ金属音。
控え室から飛び出してきた男が、暗殺者と斬り結ぶ。
肩までの銀髪。文官のお仕着せと、儀礼用のサーベル。
「嘘、トラバント!? どうしてここに!? あんまり強くないのに!!」
「今言うことですかねえ、それ!?」
トラバントは叫んだ。
確かに、今言うことじゃないな。
サーベルと短剣なら、全然勝ち目はあるし!
と、思ったんだけど、暗殺者の技はすごい。
両手の短剣で、見事にトラバントの剣を防いでいく。
がちん!! とイヤな音がして、トラバントの刃が暗殺者の短剣につかまった。
うわ、あの短剣、ギザギザの歯みたいのがついてる!!
剣をつかまえて、へし折るための歯だ。
あのまま短剣をひねられたら、トラバントの胸元ががら空きになる……!!
「トラバント!!」
私が叫ぶと同時に、トラバントは剣を手放した。
そのまま後ろにとびすさる。
これで、すぐに胸元を突かれることはない、けど――武器がない。
これじゃ、勝てない。
「逃げて!!」
私は叫ぶ。
トラバントは、ちょっと笑った気がする。
暗殺者は大きく踏みこむ。
きらきらと光る刃が、光の軌跡を残してトラバントの胸に向かう。
ほぼ同時に、ごぃん!!! と、ものすごい音がした。
「ぐ……!!」
よろめく暗殺者。
足下に、やけに重そうな金属製の彫像的なやつが転がる。
こ、これ? これが今、暗殺者の頭に当たったの?
サイズは肘から指先くらいの感じだけど……こ、これは、重いわあ。
暗殺者は、さすがに膝を突いた。
「――ずっと怪しい気配は感じていた」
全身が震え上がるような美声が、控え室のほうから響く。
「だが、殺気がないので暗殺者ではない、とも思っていた」
静かに言い、寝室に入ってくるのは――フィニスだ。
白シャツに黒ズボンのラフな格好で、片手には抜き身の剣。
金眼はひどく冷たく光っている。
トラバントは自分の剣を拾って、フィニスの前まで下がる。
「フィニスさま、お気をつけを。暗殺者です、何を持っているかわからない」
「気をつけるのはお前だ、トラバント」
「はぁ? なんですか? あなたも僕が弱いからっていう話をします!? ここで!?!?」
「卑屈になるな、お前はそんなに弱くはない。そうではなくて、この暗殺者、明らかにお前狙いだっただろう?」
「「え」」
う。思わず、トラバントと声が揃ってしまった。
トラバントは目を丸くして、そのあと、じとーーーーっとした目になった。
「ははぁ……。そういうことですか。宮殿で、僕を尚書官にするっていう話が出てたから」
え。
ええええ。
ええええええ……。
そ、そゆこと?
私はフィニスを見る。
フィニスは平然としていた。
「そう。わたしはまだ宮殿では甘く見られている。きれいなお飾りとしてわたしは残し、いずれ全権を握るだろうお前を今のうちに殺しておこうというもくろみだろう、これ」
トラバントはものすごく深いため息を吐いて……キレた。
「あーーーーー……心っ底、来なきゃよかった!! あなたの錯乱した手紙を哀れに思わなきゃよかった!! 五歳児の恋愛なんかほっときゃよかった!!!!! これは早く行ってあげたほうがいいなーって思って夜を徹して狼飛ばしてきたら、何もかも上手くいって皇后はスヤスヤしてるし、うわーって思いながら控え室で待ってたらこのざまだし!!」
そ、そーか。そうなのか。
暗殺者、そもそも私狙いじゃなくて、控え室のトラバント狙いだったのか。
それにしてもトラバント、めちゃくちゃ可哀想だな……。
いつも可哀想だけど、今日も可哀想だな。
それはそうと、手紙って、何!?
「な、何書いたんですか、フィニスさま」
思わず聞いてしまう私。
フィニスは私を見てから、あからさまに顔をそむけた。
「仕事の話を書いたつもりだったが……おかしいな」
「ええええええーーーーー絶対違うじゃないですか、絶対私の話ですよね!?」
「記憶にない……トラバントの目がおかしいんじゃないか?」
「はあーーーーー!? おかしいのはいつだってあなたですよ、あなた!!!!」
「おい、どうした、何があった!? あれっ、トラバントじゃんーーーー久しぶり!!」
騒いでいるうちに、騒ぎを聞きつけたザクトもやってくる。
騎士たちがどやどや入ってきたところで、暗殺者はきっぱり諦めたようだ。
床に座り直し、頭をさすりながら言う。
「……まあ、大体あなた方の想像どおりです。宮殿での暗殺は難しいんで、万が一トラバントがここに来てくれたら殺す、っていう契約でした。いやー、まさか、ほんとに来るとは……」
「ほんとですよ!! 大体この皇帝陛下が悪い」
トラバントが死んだ目で言い、フィニスが頭を下げる。
「すまない」
「すまないですみますか、くそ。ちょっとかわいくて腹立つ」
トラバントが吐き捨て、私は震え上がって叫ぶ。
「か、かわいい!! かわいいの深淵がすぐそこでぱっくりと口を!!」
「皇后陛下、なんか怖いぞ……」
ザクトはかわいそうに、びくっとしている。
私は震えながら説明する。
「ザクト、慣れて。今回も私はこういう感じだから」
「今回????」
たくさんの「?」を浮かべるザクト。
ひとり置いてけぼりになった暗殺者は、ごほん! と咳払いをした。
「……えー、色々お取り込み中のようですが。この職業をやってるからには覚悟はできてます。そろそろ失礼しますよ」
暗殺者はあっさり言う。
失礼しますって……ここから無事に帰れると思ってるの?
仮にも、帝国の要人を暗殺しようとしたんだよ?
私が驚いていると、フィニスがすっと前に出た。
「自死は許さない」
……あ。失礼しますって、そっちの意味か。
私は、フィニスの言葉で気づいた。
つらい刑死を逃れるために、自殺する、っていう……。
そっちの話でしたね。
フィニスは、まだ武装解除していない暗殺者の前に膝を突く。
朝日が昇ってきて、フィニスの瞳の輪郭を怪しく光らせる。
まばゆい。ひとのものとは思えない。
暗殺者は目を細めたようだった。
フィニスは言う。
「わたしの妻の部屋を貴様の死で汚すことなど、許さない」
「ああ――だったら、」
「だから貴様は、わたしのものになれ」
「え……? え!?!?!」
え……えっち。
ひ、久しぶりの、こっち系のえっちーーーーーーーーー!!
もはや叫ぶこともできずに硬直する私。
フィニスは、いつになく大真面目だ。
「貴様が何に忠誠を誓っていようと関係ない。丁寧に解きほぐしてやる。お前をとらえているものすべてを端から潰していこう。そうしてわたしとつなぎ直す。そうやってがんじがらめにしてやるから、安心するといい」
「な、なに、なんなんですか、え、どういうこと!? なにも安心できませんけど……!?」
微妙に震えて言う暗殺者。
フィニスは、ふと笑った。
「今だけだ。すぐによくなる」
怖いほど冷たくて、甘い笑顔。
ひ、ひゅーーーーーーーーぅ。
本気のフィニス、こわーーーーーー。
いつもながら、こわーーーーー!!
私が全身ガチガチにして見つめていると、肩にふわっとガウンがかかった。
横を見ると、トラバントが疲れた顔をしている。
「ま、平和解決、ですかねえ」
「な、なのかなあ。フィニスさまの魅了魔法と人格破壊術は炸裂してるけど……」
おそるおそる言う私。
トラバントはため息を吐く。
「ひと思いに殺したほうが楽なんですけどね。暗殺者を殺さないのはあのひとのわがままでしょう」
「わがまま」
「そう。あなたとの旅を汚したくない、あのひとの」
「……そっか」
私とトラバントは、並んでフィニスを見た。
暗殺者が騎士たちに囲まれ、連れて行かれる。
それを見守るフィニスの目は、冷たい。
まるで昔に戻ってしまったようだ。
でも、それもこれも、彼が『今』を大事にしている結果なら。
それって、すごいことのような気がしてきた。
気づくと、一度冷えた体も温まってきていた。
すっかり日が昇って、室内も温かい。
窓からの光が白い室内に反射して、まばゆいくらいだ。
こんなときなのに、なんて素敵な朝なんだろう。
こんなときでも、朝がこんなにきれいなら。
私はこのあとも、このひとと、やっていける気がした。
もちろん、やっていけなくても、やっていくんだけどね。
それが、私たちの決めたこと。
私はフィニスに近づき、その腕にそっと触れる。
「フィニス」
「セレーナ」
私の名前を呼ぶ、フィニスの声。
労りとか、愛しさとか、悔しさとか、全部の感情が入った声。
大好きなその声を抱きしめて、私は笑う。
「朝ご飯は、みんなで食べようか」
友達みたいに。同輩の騎士みたいに、私は言った。
フィニスは私を見下ろした。
まぶしそうに瞬くうちに、彼の表情が優しくほどけていく。
「きちんと身支度してくるなら、な」
ちょっとすねたように念を押されて、私は笑った。
「わかってる。好きだよ」
笑って、笑って、私はフィニスの腕に抱きつく。
大好きな、あなたの腕に。
ここまで読んでくださって、ありがとうございました!!
ひとまず番外編はここまでですが、何かのタイミングで付け足すこともあるかもしれません。
コミカライズもじわじわ更新されておりますので、チェックしてみてくださいね~~




