9.孤独と怨みの精霊
僕は槍を構えて幽霊船に飛び乗ると一直線にそのゴーストの元に走り出した。
甲板が波打ち少し足が沈み込む。
木の感触というよりは何か肉を踏んでいるかのような感触がする。
ロープや樽が僕の方へ飛んでくるが、なんとか躱したり払いのけながら進む。
一本のロープが、僕の足に絡みついたが、僕の動きに気が付いたデュルゲルさんの斧がそのロープを切断し、事なきを得た。
「助かります。」
「なんの。それよりなんだ?あのゴーストか?」
僕は頷くとそのままさらに駆け出した。
真赤なワンピースのような衣服を纏ったように見える少女のゴーストはうつむき加減に、なにやら茶色い小さな塊を抱きしめていた。
あれは、ぬいぐるみだろうか。
その大きさにも関わらず、近づくと、あきらかに他のゴーストとのは違う霊圧・・・威圧感を感じた。
槍の間合いまであと一歩ぐらいかと迫ったその瞬間、少女のセミロングの髪が勢いよく逆立つと凄まじい悲鳴が耳を劈いた。そして、顔をあげた少女は驚くほどの白面で無表情。そして驚くほど赤い唇と、全てが真っ黒な眼孔をしていた。
あと一歩で届くはずの距離が果てしなく遠く感じる。
頭の中に、大量の怨嗟の声が響く。
「殺せ!」「なぜ殺した・・・」「助けて・・・」「死ねぇ・・・」「逃げろ・・・」
「アハ・・」「アハハハ・・・・」「ギャハハハ・・・」「ガバァァ・・・」「グォォ!!!」
ほとんどは、意味があるという言葉ではない。憾む、恨む、怨む・・・・。
耳から入ってくる声ではなく、頭に、いや魂に直接響く感じだ。
そして、その怨嗟を聞いた旅団のメンバー達や冒険者の悲鳴にも似た叫び声が混じる。
「くそ!なんだこの声は。耳を塞いでも聞こえてきやがる。」
「不味い。一度退け!!」
少女はその黒しかない眼孔でこちらを見つめると、カッと口を開く。
そして、その瞬間にさらに怨嗟の声のボリュームがあがっていった
「死ね!」「あなたは誰?」「なぜ私が!!」「なぜ私だけ?!」「貴方はどうして?」「お前も来い!」「憎い」「誰が憎い?」「私を殺したのは誰?」「殺した相手が憎い!」
「憎い・」「憎い・・」「憎い・・・」「お前が憎い・・・・」
そして、僕は巨大な塊に打たれたかのように後ろに吹き飛ばされた。
物理的という面ではダメージはない。
だが、僕はたかが数秒の間にとてつもない疲労を受けていた。
これが精神的なダメージという奴だろうか・・・。
『あわれよな。こやつは、夥しい数の恨みや孤独の思念が集合しただけの存在が永年の月日を経て精霊にまで至ったやつじゃ。意思疎通はもちろんまともな思考も持ち合わせてはおらん・・・。
ただ、力だけの存在じゃな。アルよ。寝ておらんでととと成仏させてやるのじゃ』
『わかってる。』
僕は、片膝をついて起き上がると、少女の形をしたゴーストの方を見据える。
その顔は、恐ろしいほど無表情であったが、なぜか僕には泣いているように見えた。
「いくぞ」
そういって、僕は緋氷槍を構えると、一直線にゴーストに向かって飛び掛かった。途中、また怨嗟の咆哮を受け、吹き飛ばされそうになったが、今度は耐える。
そして、一気にゴーストの透明な身体に槍を突き刺すとその槍にの先端に集中して最大級の聖光を発動する。
瞬間、とてつもなく眩しい光が槍先を中心に破裂し、怨嗟とは別の絶叫が耳を劈いた。
そして、目の前の少女の他にも、幽霊船のあちこちでゴーストが悲鳴をあげていく。
『今だ、アル!』
シャナの声が響いた瞬間、僕は左手を伸ばしてゴーストの身体に触れた。
まるで氷をつかんだ様な、とてつもなく冷たい感覚がして、腕の感覚を麻痺させていく。
「くっ!封魔紋!!」
僕があわてて、ゴーストを封じるために封魔紋を起動した瞬間、幽霊船が激しく揺れる。
そして、とてつもない脱力感と疲労感が僕を襲った。
少女のゴーストの表情が苦悶の表情に歪み、幽霊船の甲板が生き物のように激しく揺れる。
撤退し損ねていた数名が海に投げ出されたのか、落水したときの音がする。
封魔紋が少女の霊を吸い込もうとしているのに抵抗されているようだ。
そして、おそらくは数十秒経過した時、僕は意識を失うと同時に真夜中の海に落下していった。




