第二十九話
「――はっ!」
ガバっと勢いよくリーネリアが目を覚ますと、優吾が少し離れた場所で鍋料理を作っていた。周囲には美味しそうな匂いが漂っている。
「おはよう、起きたかな? ずずっ……うん、いい味だ」
穏やかな表情で優吾は作った鍋の味見をしながらリーネリアに挨拶をする。
「えっと、おはようございます……あれ? 暗い? いえ、それよりもなんで……」
木にもたれていたはずのリーネリアは気づけば毛皮の上に寝かされて、その上に軽い布がかけられていた。挨拶を返しつつ、戸惑いながら周囲と自分の状況をみている。
「あぁ、悪かったね。少し魔力を多く入れ過ぎたみたいでそのまま眠ってしまったんだよ。まさか、あんなに魔力に対する感覚が鋭いと思わなかったんだよ」
獣人であるため、魔力に対する感覚が鈍いと想定した優吾だったが、リーネリアは思っていた以上に鋭敏で、すぐに症状が現れてしまったことを謝罪する。
「い、いえいえ、そんな気にしないで下さい……なんか、前よりすごく力が溢れてくるような感じがします!」
慌てたように手をぶんぶん振って否定したリーネリアは調子を確かめるように右の手を閉じたり開いたりして、自分の身体を流れる力を確認していた。
「それが魔力の流れだね。基本的に獣人族は身体にある魔力回路が閉じているんだ、それを俺の魔力を流すことで強制的にこじ開けたんだ。普通は徐々に開いていくんだけど、リーネリアはさっきも言ったように感覚が鋭くて次々に魔力回路が解放されたみたいだ」
優吾の説明を聞いて、リーネリアは自分がその状態にあることを感じていた。これまでわからなかった力の巡りを今ならハッキリ感じ取れるからだ。
「……わかります。自分の中に以前はなかった力が漲っているのがわかります」
初めて強い魔力を感じたことにリーネリアは戸惑いつつも、それが強さに繋がることを理解しはじめていた。
「うん、まずはその感覚を自分のものにすること。今は魔力の流れは違和感に感じるだろうけど、それが当たり前のものになったところで、次は魔力をどう使えばいいかという話になるんだけど……その前にご飯にしよう。スープを作ったからこれを飲むといい、温まるよ」
優吾は取り出した器にスープを盛り付けると、それをリーネリアに手渡した。
「……美味しい、なんだか疲れが取れていくような気がします」
スープをそっと口に含んだ瞬間のほっとしたリーネリアの笑顔を見て優吾は柔らかく目を細めて頷いた。
「よかったよ、簡単なスープくらいしかちゃんと作れないんだけどね。でも疲れがとれるっていうのはあってるよ。実はほんの少しだけど魔力回復ポーションを入れてあるんだ。今のリーネリアは急に体中を魔力が流れて、魔力が消費された状態だから回復すすれば少しは楽になるはずさ」
魔力回復ポーションといえば、苦みが強いことで有名だったが、優吾の作ったそれは味の点も改善されているものだった。今回はスープに混ぜる用に味のしないものを選んだ。
「なんか具材とケンカしちゃいそうですけど、全体が一つになってすごく美味しいですね」
その言葉のとおりにリーネリアはあっという間にスープを飲み干してしまう。すぐになくなってしまったスープを名残惜しむように器をじっと見つめている。
「お代わり、いるかい?」
優しい声音の優吾の質問に、こくりと恥ずかしそうに頷くリーネリア。
こうしてゆっくりと夜は更けていき、二人はこの木の側で野宿をすることになる。
そう思われていたが、その平穏を破るのはいつも唐突なトラブルだった。
「うおおおおおお!」
「にげろおおおお!」
そんな声が優吾たちが向かおうとしている方向から聞こえてくる。明らかに何かから逃げようと必死な様子が伝わってきた。
「な、なんでしょうか? どんどん近づいてくるみたいですが……」
リーネリアは動揺しながらも、すぐに動けるように立ち上がる。休んだのと優吾のポーション入りスープのおかげでいつものように動けるようになっていた。
「……人が二人、武器を携帯しているから恐らくは冒険者がこちらに向かって走って来る。その後ろにはこれは、人が五人、いや六人いるね。先の二人を追いかけているみたいだ」
警戒するようにその先を見た優吾は手早く火を消し、砂をかけると自分たちの荷物を収納魔法でしまっていく。
「リーネリア、俺の後ろに」
どんな人物が来るかわからないため、優吾はリーネリアをかばうようにして様子をうかがうことにする。彼女もまだ力になれるとは思えなかったため、素直に従った。
次第に足音が近づいてきて、月明かりでも声の主の姿が見えてきたところで、追いかけられている男たちは優吾たちの姿に気づいた。
「あ、あんたたち! た、助けてくれー!」
「助けてー!」
窮地に陥っていた二人はこれ幸いと手を振りつつ優吾たちの後ろに隠れるように逃げ込んで来た。突然割り入ってきた彼らにリーネリアは驚いて優吾の背にすがるように身を固くしている。
「いやいや、事情がわからないのに助けるなんてことはできないから」
だが優吾は呆れたように切り捨てる。誰彼構わず助けるほど物好きではない。
しかし、それは彼らを追いかけてきた者たちには関係のない言葉だった。
「貴様ら! その二人を庇うというのであれば、貴様らも敵とみなすぞ!」
どうやら、ここまで追いかけさせられたことにイラついているようで、息を切らした男たちは優吾たちも逃げてきた二人の仲間と思いこもうとしているようだった。周囲に響くように怒り交じりに叫ぶ。
「いえ俺たちは彼らとはなんの関係も……」
なんとか落ち着かせようと優吾がそこまで言ったところで、逃げてきた男二人が声をあげる。
「あ、兄貴! 助けてくれよ!」
「そうだよ、いつもみたいに助けてよ!」
そんな二人の言葉が決め手になり、追いかけてきた男たちは優吾を敵認定していた。ぎろりと睨み付けてくる視線は居心地が悪い。
「はあ、やられたね。……こうなったらさっさと片をつけようか」
ゆっくり休んでいただけだというのに面倒ごとに巻き込まれたものだとため息交じりに優吾は事態の回避を諦めた。
追いかけてきた男たちは全員が同じ鎧に身を包んでいる。そして、胸のあたりには同じ紋章が刻まれているのを見るとどこかの貴族のお抱えの騎士であろうことは容易に想像できた。
「君たち二人にも聞きたいことがあるから逃げないようにね、逃げたらどうなっても知らないよ?」
首だけで振り返った優吾は二人ににっこりと笑顔で忠告する。
その目が笑っていないことに気づいた二人は背筋に悪寒が走ったのを感じて何度も首を縦に振っていた。
「それじゃあ、事情がわからないのに戦うのは申し訳ない気がするけど……降りかかる火の粉は払わせてもらうよ。《吹き上がる風》」
前を向きなおした優吾がすっと手を前に出すと、言葉の通り騎士たちの足元をぐるりと囲うように風が巻き起こったと思った瞬間、ぶわっと風が吹きあがっていく。
「う、うわあああああ」
「な、ななああああああ」
その威力は突風のソレであり、男たちは上空に吹き飛ばされてそのまま地面に叩きつけられてしまった。
月くらいしか灯りのない暗い状況のため、自分がどんな状況にあるか把握しきれていない騎士たちは受け身がうまくとれずに混乱したそのまま気絶してしまった。
「――さあ、話を聞かせてもらおうか」
今度はしっかりと振り返った優吾は目が笑っていない笑顔で逃げてきた二人に語り掛ける。
その背後で気絶して無様な恰好で倒れている騎士風の男たちを横目に、自分たちはなんて人に助けを求めたのだろうかと二人の顔はさーっと青くなっていた。
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