第二十八話
旅を始めた二人は西へ向かってひたすら歩く。
だが歩き始めてしばらくしたころ、リーネリアは何やら納得がいかない表情で歩いていた。
「どうかしたかい?」
なにか問題が起こったのかもしれないと気遣うように優吾が質問すると、彼女はじっとりと目を細めて優吾を見る。
「なんだか、ずるいです……」
不満げに口をとがらせながら言うリーネリアに、きょとんとした優吾は首を傾げる。
「どういうことだい……?」
賢者時代も武器屋時代も女性の気持ちの機敏に疎い優吾はお手上げ状態で素直に質問することにした。
「……だって、獣人って肉体が通常の人よりも強いんですよ? それなのに、ここまで疲れているのは私ばかりで、ユーゴさんは全く疲労の色が見えないじゃないですか!」
魔術使いの、人族の優吾が獣人である自分よりも体力があることにリーネリアはもやもやしていたようだ。最後の方は語気を荒げて不満いっぱいな様子をアピールしている。
「あぁ、これね。単純な身体能力はリーネリアのほうが上だよ。でもね、俺は魔術を使っているから身体能力が強化されているし、身体への負担も少なくて済んでいるんだよね」
自身の身体を軽く叩きつつそう話す優吾の説明を聞いて、子どものようにリーネリアは頬をぷくりと膨らませる。
大人びた落ち着いた雰囲気を持っているかと思えば、こういう幼い表情を見せられるようになったのは、彼女が素を出せるようになったということだろう。
「やっぱりずるいじゃないですか!」
優吾のすごさは何度も見ているため、少しは自分が優れていることを見せたかったリーネリアにしてみれば、それを見せられなかったことが不満だった。
「ふふっ、気持ちはわかるけどね。俺が魔術で強化されていて余裕を持って行動できているってことは、リーネリアが魔術を身に着ければそれ以上になる可能性があるってことだよ」
柔らかく微笑む優吾の思ってもみなかった返しに、リーネリアはきょとんとして目を丸くしている。
自分が魔術を使うという可能性が頭からすっかり抜けていたリーネリアは、自分が使った場合の可能性を考えて表情が晴れやかになっていく。
「今はまだ魔術に触れてないから実感どころか、想像もできないだろうけど……そろそろ休憩しようと思っていたところだから、その時にまた魔術の話をしようか。しばらく進んだところに大きな木があるからそこで休憩だよ」
これから向かう場所について知っている優吾。リーネリアにはそれに驚く気持ちはあったが、もうそれも今更だと思い、気合を入れなおすと少しでも早く到着しようと走り始めた。
「ユーゴさん、早く早くー! 急ぎましょう!」
少し先を走りつつ大きく手を振って振り返ったリーネリア。
ついに、といっても旅を開始してから一日経っていないが、腰を落ち着けて魔術の話を聞けることに彼女は喜んでいた。
「やれやれ、これは置いてかれないようにしないとだね」
大きな木を目指して先を走っていくリーネリアのあとを困ったように笑いつつも楽しいと思いながら優吾は追いかけていく。
「ふうふう……さてユーゴさん。魔術についてもっともっと教えて下さい!」
「わかったよ、まあそこに腰かけて」
大木に生えている大きな葉っぱを座布団代わりに数枚重ねて地面に敷くと、そこへリーネリアを座らせる。
食い入るように話をねだる彼女をなだめる優吾の呼吸はあとから追いかけて行ったというのに、彼女と違って全くといっていいほど乱れていなかった。
「さて……魔術の基礎については街を出たところで説明したと思うんだけど、基本的に二つの使い方があるんだよ。一つは体外に魔力を放出して魔術を行使する方法。これは、火を出したり、水を出したり、風を出したりというわかりやすい使い方だね」
魔法にもある使い方であるため、リーネリアにも想像しやすかった。優吾が説明しながら小さな魔術を発動して見せてくれることでより彼女の理解の助けとなった。
「二つ目の方法だけど、こっちは体内で魔力を使う方法。魔力を体内に循環させて、例えば殴る力を強くしたり、走る速度を上げたり、体力の底上げをしたり。主に身体機能を上げるために使われる方法だね」
しかし、こちらの方法は実際に使うようにならないとイメージが掴みづらいものだった。見た目にも大きく変化があるようなものではないため、リーネリアはいまいちわかっていないようだった。
体内に張り巡らされている血管を流れる血にように――と優吾は説明したくなるが、医学が進歩していないこちらの世界ではそれを理解してもらうのは難しいと思い直す。
「説明よりも、実際に感じてもらうのが早いか……リーネリアそのまま座って、少し下を向いてもらえるかな?」
「は、はいっ」
優吾はすっと立ち上がると、そのままリーネリアの後ろに回り込んだ。緊張からか彼女は身を固くしている。
「それじゃあ、俺の魔力を流し込んで魔力の流れを感じてもらうね。強制的に魔力の流れをこじ開けるものだから、最初のうちは熱が出たり、痛みがあったりということもあるんだけど……がんばれる?」
一応始める前に確認をとる。彼女の意思を大事にしたいと思っているからだ。
後ろから覗き込むように優しく問いかける優吾の言葉にリーネリアはほんのり顔を赤らめつつもこくこくと頷いた。
「だ、大丈夫です! あ、でももしかしたら迷惑をかけるかもしれませんが……」
迷惑というのは、熱が出たり痛みがあればいつもの通りには動けなくなるかもしれないということを指していた。
「うん、大丈夫だよ。それに関してはもちろんこっちでもわかってるから、休憩を多くいれたり……治療用の魔術なんてのもあるからね」
賢者である優吾は攻撃の魔術や身体能力をあげる魔術だけでなく、回復などの多岐にわたった魔術の使用ができる。彼女の不安を感じ取って、安心させるように柔らかい声音を意識して話す。
「ふええ、そんなものまであるんですね。でも、それを聞いて安心しました。――お願いします」
大丈夫といいつつもやはりどこか不安があったリーネリアはそこでようやく肩から力が抜けていた。少しでも体内の魔力を感じ取りやすくしようと目を閉じて待ち構える。
「よかった、それじゃいくよ」
優吾はリーネリアの首筋あたりにそっと右手をあてて魔力を流していく。柔らかな光が彼の手に灯ったと思うと、それは静かにリーネリアの身体に吸い込まれていった。
「うっ……んっ、な、何かが流れ込んでくるのがわかります……」
「うん、それはいい兆候だよ。もともと魔力を感じ取る力があるんだね。わからなくても魔術を使うことはできるんだけど、細かい調整が難しくなるからリーネリアは才能があるよ」
半分は本当で、半分は褒めるための言葉だったが、それでもリーネリアはふにゃりと溶けるような笑顔になっており、顔は見えていないが優吾はそれを感じ取っていた。
「もう少し……うん、こんなものでいいかな。どうだい? 何か身体に変化を感じたりはするかな?」
ひとしきり魔力を流し終えた優吾は手を離すと、元の位置に戻って座りながら質問する。その間もリーネリアの顔色や表情を確認している。些細な変化も見逃さないようにじっと見つめていた。
「えっと、何かが、恐らくは魔力だと思いますが、それが身体の中をぐるぐるとめぐっているという感じがします」
ゆっくりと目を開けたリーネリアの返事に優吾は笑顔で頷いた。
「うん、いい感覚だよ。そのぐるぐるとめぐっているのが、具体的に感じられるようになってくると魔力の操作をしやすくなる……んだけど、まずは少し木にもたれかかって休んだ方がいいね。熱があるみたいだ」
彼女の頬が熱を持ったように赤くなってきたため、優吾は休むよう促す。収納からひざかけをとりだし、リーネリアの身体を冷やさないようにかけてやった。
「大丈夫……で、す、あれ?」
そんなことはないと立ち上がろうとするリーネリアだったが、途中で膝がかくんと力が抜けてしまい、倒れそうになる。
それを難なく受け止めた優吾は再び座るようにそっと促す。
「やっぱり、少し休もう。時間はまだまだあるんだから慌てなくていいよ」
座り込んだリーネリアに微笑みつつ優吾は優しく諭すと、彼女は申し訳なさそうな表情で木にもたれかかる。熱が上がってきているのをようやく実感したのか、ゆっくりと目を閉じると、すぐに眠りにおちていく。
「……感覚が鋭い分、余計に負担は大きいよね」
気丈な彼女の寝顔を見てひざ掛けを直すと、将来有望な弟子に優吾は笑顔になった。
そして彼女の様子がすぐわかるように近くに座りこむと、のんびりと空を見上げた。
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ・評価ありがとうございます。




