第九十七話:飢えと渇きの対策
朝になった。
今朝は少し早起きをすることができたと思う。
まだ太陽は海面から1cmくらいの高さにある。
今日は雲ひとつない快晴、というわけではない。
全体的に薄雲が立ち込めていて、雲に反射した朝日が美しい赤色を彩り、夕方のように赤く染まっている。
早起きは三文の得というが、それ以上だろう。
まぁ、早起きできたと言っても、それは俺の中では、というだけのこと。既に男たちは起きており、小舟の上で漁をしている最中だった。
目覚まし時計がないこの世界で、しかも決まった時間に起きれるというのは、プロ意識の高さの表れだろうな…。
昨日は邪魔者になってしまったが、今日はまだ引き上げの邪魔にはなっていないな。今日は昨日と寝てる場所を変えたとはいえ、この狭い甲板では、どこに寝ても仕事の邪魔にはなってしまうだろう。
撤収する頃合いでバルザ達を起こそうかな。
なんて思っていたら、まだ昨日より日は登っていないのに漁をやめて撤収するようだ。
網の範囲を狭めるけれど、見るからに魚は入っていない。50匹程度だろうか?数えられるほどに魚が入っていない様子がよく分かる。
小舟で海原に出ている男達が、狭まった網に残された魚を網ですくい、蓋付きの竹籠にどんどん詰めていく。籠はそんなに大きくはないのだが、5つくらいで掬う魚はいなくなってしまった。
昨日より更に不漁ということになる。
おっと、バルザ達を起こすとしよう。
俺たちが手伝うまでもないほどに、今日は不漁だ。
正直に言って、危機感を覚えるほどに。
この船員数に対して魚がこれしか獲れていないのは、実際に危機なのだろう。1人一匹食べられないのだ。
備蓄はまだあるとは言え、これが数日続いたらヤバい。
船旅で一番恐ろしいのは飢餓である。
世は大航海時代において、船乗りたちは病気以上に船乗りたちは飢餓を恐れたと聞く。食べれるものがなく、ネズミだろうがゴキブリだろうが食べたのだそうだ。当然衛生状態はよくない。病気になり、悪循環に陥るわけだ。
恐ろしいのはそれだけではない。
例えば魚が沢山獲れ続けて、空腹に困らなくなったとしても、その食生活には決定的に欠けているものがある。
それは穀物と野菜である。
炭水化物や糖質は身体のエネルギーとなり、野菜は身体に必要な栄養素を身体に与える。生命維持に欠けてはならないものである。
現代社会では“糖質抜きダイエット”が流行っていて、例えばシャリを抜いた寿司だとか、麺無しラーメンとかが話題となっていたが、それは恵まれた日本での話であって、世界の貧困地区で米を無駄に捨てる人間はいないし、当然中世の世でもそんなことをするのは、ワイングラスのようなクビレを求めた欧州の貴族くらいのものだろう。
全く食べれなくなると話は別…。
いや、別次元のものとなる。
現在のここの炭水化物というと、小麦粉や豆類、コーンが中心で、備蓄状況はわからないが、これほどの船員に対して1ヵ月養うことは不可能だろう。どこかで寄航して補給するしかない。
また、野菜が欠けると病気をしやすくなる。
具体的にはビタミン欠乏症だ。
主にビタミンCの欠乏による壊血病が有名だったかな。歯茎や皮膚から出血しやすくなって、最終的には衰弱死してしまうのだ。
野菜は毎日少量ずつ提供される。バーガーに乗っているレタスほどだが、穀物以上に保存が利かず、かなり貴重なのだ。あと何日食べられることやら。
保存…そう。
冷蔵庫や冷凍庫のないこの世界では、いかにして食材を保存するかが最重要課題と言える。
今この船でやっている食材の保存方法は塩漬け、オイル漬が主である。塩漬けにする原理は確か、腐敗の原因となる菌が塩分の浸透圧で生きられなくなるんだったか。オイル漬けは言わずもがな、空気を遮断することによる腐敗防止である。
他には魚は干物にして保存したり、ベーコンやハムのように陸地で燻製加工した食材を非常用として積んでいる。
だが、結局は冷凍庫や冷凍庫ほどの保存能力はなく、やはり衛生状態は悪い。干物を食べるにせよ、ゴキブリやネズミの齧り跡など気にしてはいられないのだ。
そして、最後の極めつけは“水”である。
“水”は“腐る”のだ。
放置しておくと菌が繁殖し、それを飲むと腹痛や下痢など胃腸炎の原因となる。常温ではもって3日だろう。
かの大航海時代は、男たちは腐る水に代わり“酒”で喉を潤したのである。アルコール消毒と言うだけあって、酒は腐らないし賞味期限もない。20年も寝かせたワインやウイスキーが何故腐っていないかという理由がコレである。勿論アルコールには脱水作用があり、飲めば飲むほど尿として水分が出ていく。それを補充する水分はないのでさらに酒を飲む。水に余裕があるときは酒を水割りして節約しつつ水分を取ったのだ。
大人は酒を飲めるが、子供は?
飲めないのである。
特に6歳の子供が飲んだら下手をすれば死んでしまう。
だから腐りやすい水を飲むしかないのである。
冷凍庫のないこの時代における“水の保管方法”は?
“無い”のである。
そしてこの『ラーハ湖』は“塩湖”である。
海と同じく塩分を豊富に含み、飲むことはできない。
そしてこの時代に“海水を濾過”する装置はない。
川の水を濾過して飲むことは比較的簡単にできる。
下に穴を開けた容器に、下から小石、砂利、木炭、砂、布の順に積み重ね、上から水を入れると、水の中の不純物が取り除かれ、飲み水にすることができるというものだ。
ただ粒子の小さい“塩分”を取り除くことはできない。
塩分の含まれる水、例えば海水を濾過する場合は、海水を逆浸透膜で濾過して真水に変えるような、現代科学の力を用いた装置が必要で、当然この世界には存在しない。
古来からの海水を飲み水にする方法としては、海水を沸騰させ、蒸留させて、塩分と水蒸気になった水分に分ける方法が一般的だが、この船では厨房以外に火気を使うことができず、沸騰させる燃料も限りがある。
つまり、詰みである。
だが、“水”は何も、この船が浮いている湖にしか存在していないわけではない。
「おーい!ガキども!ちょっとこっち来な!」
クラプラさんの呼び出しで、俺たちは甲板の一番後ろに置かれている、大人数人が入れるほどの大きな樽の前に集合した。前々から気になっていたものだったが、クラプラさん曰く、これの中には汚い水を濾過するための“小石”や“砂利”などが入っているようだ。
樽の下部からは舌のように筒が飛び出している。
つまり簡易的な濾過装置なのだ。
「残念なお知らせだ。昨日でこの船の水は蓄えが無くなっちまった。だから今日から、お前達はここから出る水を飲んでもらう。」
クラプラさんの発言に子供たちは騒然となる。
ただし俺を除く。
「だから今日からここから出る水を飲んで貰うよ。」
「ここから…?でも中身は砂ですよね?水…ないじゃないですか。どうやって出すんですか?」
ルザルの質問はごもっともだ。
濾過なんてまだ学校では習っていない。
クラプラさんはそんなルザルの質問に答える。
「この樽はな。簡単にいうと飲み水を作れるんだ。ただ、このラーハ湖を飲み水にすることはできないがな。」
「え?それってどういう…。他に水なんて…。」
言いかけて固まるバルザ。
察したみたいだな。
「今日からお前達が飲んでもらうのはオシッコだ。」
「「「え!!??」」」
「オイ!そこのお前!ちょっと来な!」
クラプラさんの指示で、顔を赤らめた男が樽の上でタチションする。(やめろ飛び散る座ってくれ床を掃除するの誰だと思ってるんだ)とか内心思ったのは内緒だ。
15分ほどして“舌”から、“元オシッコ”が、“少し濁った真水のような何か”で出てきた。
下ネタには喜びそうな年頃の子供たちの顔が凍りついている。普段からどこか抜けているクヴァもしかり。
これから飲むのは元オシッコですと言われ、“エエー!”とか“ゲエー!”とかリアクションできるレベルはとうに越えているのだ。
だって、本当にそれしか飲むものがないと、それを飲むしかないと、乗船1日目の絶飲食を経験した俺たちには即座に理解できたから。
ただ、心の準備はできていなかった。
クラプラさんから“飲むか?”と言われたが、俺は飲めなかった。俺とてサバイバルキャンプ経験者。ペットボトルを使って川の水を濾過する方法は知っていたし、ペットボトルより遥かに大きいこの大樽ならもっと綺麗になることは、頭では理解できている。
でも、他人のオシッコを飲むのだ。
しかもオッサンの。いやオッサンでなくとも。
濾過をしていると言えど“小便”を。
しかも数日前に出会ってろくに話もしていないようなオッサンの小便を飲めと。
そういう趣味がなければ厳しいだろう。
固まる子供たちの前でクラプラさんは他の男を呼び、飲むかと尋ねたら普通に飲んだ。いや、そこにはパワハラなどなく、自然な流れで元オシッコを飲んでいた。
今までもそうしていたかのように。
そしてついでにその男もションベンをしていった。
子供たちはドン引きである。勿論俺を含む。
親密な様を表す言葉として“同じ釜の飯を食う仲”というものがあるが、“同じ樽のションベンを飲む仲”というのは、それ以上の関係かもしれない。
少なくとも俺はそんな関係は望んでない。
…だが、生きていくためにはこれしかないのだ。
夕方になる頃、俺たち子供は現実を受け入れた。
今日の夕食は昨日よりさらに少ない。
ついにバイキング制ではなく、支給制になった。
一人一人決められた量を厨房に取りに行く。
夜勤…つまり夜の間に船の見張りや航海に携わる人たちだけ少し多く、別メニューを支給されている。
少ないのは大人も子供も同じ。
今日の子供たちの食事はバノックと干しベーコン1枚だ。
食は人を良くするという字を書く。
ひもじい思いは気持ちを荒ませる。
……そういえばジルはシンクバトラでこんな日々を毎日過ごしていたんだな……。子供たちだけで…必死に…。それは逞しくなるわけだ…。
夕食を食べたら船員はすぐに寝床に向かった。
酒も飲まず、トランプもせず。
口数少なく寝床に向かった。
量に愚痴を言う者は誰もいない。
言うだけ虚しいからだ。
それは子供たちもよく分かっていた。
……それでも。
それでも何かに当たりたい気分だった。
夜。
お腹が空いて眠れない。
我慢の限界だ。お腹は文字通りすっからかんで出るものも出ない。
食べるものがない時は、水をがぶ飲みして飢えを凌ぐと小さな幸せを手にできる。
凌ぐために、俺はバルザに申し訳ないお願いをした。
泣きたくなった。




