第九十五話:持ち回りと格付け
朝となった。
いつの間にか甲板で寝てしまっていたようだ。
申し訳程度に布がかけられている。
辺りを見回すと、既に船乗り達はせっせと動いていた。日の角度から朝6時頃だろうか。
重い身体を起こし、背伸びをする。甲板で寝ていたせいか、馬車の旅より身体が痛い。
バルザ達も近くにいた。まだ寝ている。
昨日あれだけ上機嫌だったクヴァも、電源が切れたかのように微動だにせず爆睡だ。
「おい、さっさとガキどもを起こせ!邪魔だ!」
イカダを繋ぎ止める綱を引っ張っていた船乗りにけしかけられ、バルザ達を起こす。降ろした数隻のイカダではどうやら朝飯の調達、つまり漁をしていたようだ。籠に入れられた大量の魚が次々とロープで甲板に上がってくる。
バルザ達を起こしてイソイソと撤収。バルザ達は疲れが出たのか寝起きでもグッタリとしている。動けないようだ。
でも、それはそれ。
俺はバルザたちに気合いを入れされる。
俺たちは食料という“報酬”を得た。
その対価は何だったか。
そう、“労働”である。
“働かざる者食うべからず”
貴重な食べ物を貰った以上、俺達はマッタリしている場合ではない。何がなんでも“働かなければならない”のだ。ならば、この6歳の幼い肉体で何ができるか?
できることはあるはずだ。
よく観察しろ。流れを…。
バルザとルザルにはこの意味が通じたみたいだな。顔つきが変わった。そして俺と同じく、できることはないか男達の動きをよく観察し始めた。
クヴァはまだ微睡んでいる。その後バルザにケツを蹴られてようやく目を覚ましたようだ。
男達の動きを観察する。
魚が詰まった籠を引き上げる力仕事…。
籠の中から魚を種類や大きさで分ける頭脳仕事…。
魚の下処理をする技仕事…。
気がつけば俺たちは皆、観察をやめて現場に出ていた。学ぶより慣れろ、である。バルザも、ルザルも、クヴァも進んで自分のできることに挑戦していく。邪魔だとか言われつつも、それでも屈強な男たちや手捌きのいい女達に紛れ込んで仕事を覚えようとした。
バルザとルザルは魚の分別を、船では数少ない女性たちと共に行っている。魚の種類、名前、大きさの違い、そして毒の危険なんかを必死になって覚え、見よう見まねで分けている。ウツボやウミヘビ、鮫なんかはさすがに触らせて貰えないようだけど。
クヴァは小さい籠をせっせと運んでいる。小さいと言っても1つの籠あたり10kgはあるだろう。6歳児の割りに体型が大きいとしても、よくやるものだ。
俺?
俺はナイフを貰って、ひたすら魚を捌いていた。
大人達のように樽の上で捌けないので、空いた木箱を貰ってその上に板を乗せ、そこで捌いていく。
こういう時、釣りが趣味で良かったと思う。
何を隠そう、ゴミの日の前日は市場で魚を買ったり釣りに行ったりしてゲットした魚を捌き、お造りにして日本酒で晩酌していた“元・暇なおっさん”。
メジャーな魚なら捌けるのだ。
小さい手で慣れないながらも一匹一匹捌いていく。
捌く前に脳天からナイフを入れて即死させた後、尻尾を切り、エラの内側からナイフを入れて動脈と延髄を切り、水桶の中で魚を振ったり曲げたりして簡単な血抜きをする。流石に針金はないので神経〆(しんけいじめ)はできないが、これをするだけで随分と身質が違ってくるのだ。
その流れを見ていた周りの人間は興味深そうに俺の捌き方を見ていた。そもそも魚を“シメる”ことをあまりしていなかったらしい。魚を〆るのは、寿司など生食で魚を食べる日本ならではの“古の知恵”だからか。
身がプリプリになると言ったら感心された。
魚で怖いのは寄生虫だ。船の上でアニサキスに当たることは苦悶以外の何者でもない。
捌くときに、そこは一番慎重に見た。
アジは腹開きにし、根魚(海底にいる魚)や大きな魚は二枚または三枚におろす。腹骨や皮は引かない。とにかく数と量をさばいていく。さばき終えたら3分の1は塩漬けに、3分の1はオイルに漬けに、残りは干物にする。干物にする魚は目玉や尻尾に穴を開けて紐にぶら下げる。これも俺たちが積極的に関わった。
そして後片付けと甲板の掃除。それだけで怒濤のように時は過ぎ、気づけば昼を回っていた。
ああ…疲れた。
皆ヘトヘトである。
本当に疲れた。
別に魚を捌くのは楽しかったし、そんなに疲れなかった。問題はその後だ。魚をさばき終えた後の掃除が疲れた。
海水を汲み上げて甲板を流し、魚の血や臓物まみれの甲板をデッキブラシや布で掃除し、海水を組み上げて流し…をひたすら繰り返した。やっと合格点を貰える頃には昼過ぎである。
白い奴隷装束は汗と魚の生臭さと血で見る影もなく汚い。とりあえず上着だけでも脱いで、海水で簡単に洗って干しておこう。
服を干している間に昼休憩することにした。
下の階の厨房に行き簡単なお昼を貰う。
子供なりに一生懸命働いた報酬だ。
既に他の連中は食べ終わってしまった後だったので、残り物か、もしくは残り物すらもないかと思っていたが、ちゃんと俺たちの分は取っておいてくれたみたいだな。ありがたい。
そんなお昼は焼いたフランスパンにニシンのオイルサーディンを乗せたサンドイッチだ。量は少なく、味付けもシンプルだが、疲労と空腹も重なり最高にうまい。
しっかり水も貰い、簡単な水筒も支給された。汗や日差しで喉が乾ききっていた俺たちは夢中になって水を飲んだ。
昼飯から戻った自分達が、午後のこれから、できる仕事は必然的に「物品の整備」だ。
クヴァはまたしても力仕事。
刀剣を下の階から明るい甲板に持ってくる仕事だ。
ルザルは刀剣に油を塗り、錆止め加工をする仕事。
バルザはクヴァやルザルのサポートをしている。
で、俺はひたすら刃物を研いでいる。
まぁ、キャンプやアウトドアが趣味である。
プロとは言えないが、よく刃物は研いだ。
研いだことあるといったら俺だけこの仕事。
止めどなく運ばれてくる尋常じゃない刃物の量。
もー、疲れた…。
そして研ぎ終えたら甲板の掃除である。
疲れた…。
掃除を終えたところでクラプラさんから休憩の許可が降りた。甲板の一番後ろ、邪魔にならないところで大の字に横になる。
ああ、疲れがどっと出た…。
バルザに適度に起こしてほしいとお願いした所で意識が落ちた。
1時間程してバルザに起こされる。
ルザルもクヴァも寝ていたようだ。
バルザは一人起きていて、睡魔と戦っていたのか、目が落ち窪んでいて充血している。お願いしたとは言え、なんか申し訳ないな…。一応、中身は圧倒的に年長者なんだから、しっかりしないと…。
これから晩餐の準備のようだ。
すっかり乾いた上着を着て、厨房に行き料理を運ぶ。
今日は焼き鳥と焼き魚。米はないが「バノック」というパンのような炭水化物の食料がある。質素だがエネルギッシュな料理だ。俺たちはつまみ食いせず真面目に、そして揺れる船でも落とさないよう慎重に運んでいく。
甲板では海兵隊何グループかの小さな円をつくり、座り込んで談笑している。俺たちはそのグループ一つ一つに料理を運ぶのだが……そこでさらに頭を使う。
“どのグループに優先的に食事を運ぶか。”
勿論船長であるアブルプタや女頭領のいるグループは優先的に運ばねばならない。次は航海長、戦術長。なんとなく年功序列で、それっぽく偉そうな人から、料理を運ぶ順番を決める。
……だが必ずしもその順番は“誰しもが認めるところではない”のだ。
あっちのグループに運べば「テメー!何で料理そっち持ってくんだよコラァ!」と下っぱの男のガヤが飛び、コッチのグループに運べば「テメー!このクソより俺を後回しにすんのかぁ!」と別の男からヤジが飛ぶ。
勿論、皆、本気の激怒ではない。
ヤジやガヤを言っている奴らは爆笑している。
皆、俺たちが困る顔を楽しんでいるのだ。
そして恐らく、同時にそれが自分達の『単なる力量では測れない“格付け”』となっているのだろう。それは“カリスマ性”であり“親しみやすさ”であり“支配力・威圧力”の示しなのだ。
一件難しい理論だが、要は単なる『酔っぱらいの上司や先輩の相手』である。日本人に多い『上司との飲みニケーション』の一環、よくある“面倒くさい定番パターン”の一つだ。
…まぁ、それが異国の、いや、異世界の地の、しかも生粋の6歳児達がすんなり飲み込めるハズはない。
大混乱である。
ルザルなんか、明らかにあたふたしている。
かわいい。
まさしく面倒くさい上司や先輩の期待通りの反応だ。
ただ、そこでアタフタして終わってしまってはいけない。
そこからどうするか、自分なりに考えて行動することに意味があるのだ。攻略法なんてない。上司はそこを評価するし、デキの悪い新人に世渡り方法を教えることも上司の楽しみの一つだ。
それを上手く、上司のご機嫌を取れる人が、俗にいう“世渡り上手だが何かと気苦労の多いやつ”だ。
変に出しゃばると“出る杭”として目をつけられ、時として評価を下げる。面倒くささを顔に出すと“可愛くない新人”として悪い印象を与える。……そう、上司の格付けでもあり、俺たちの格付けでもあるのだ。
社会人は度々、仕事でもない、重要局面でも何でもない、こういう何気ない時間にも難しい舵取りを迫られることがある。なんでだろうね。
俺?勿論“出る杭”でしたよ。
嫌われるタイプではないけれど、好き嫌いが二分されるタイプですよ。そんな生意気さを好いてくれる物好きもいたけれど。
二度目の人生でもそうは変わらない。
バルザ達を守るためにも“出る杭”になろうじゃないか。
「クラプラさ~ん!助けてくださ~い。」
…こういう時はいくつかの方法がある。
俺の取った方法は、さっきまで情報収集としてコミュニケーションを取ってきた女頭領へ甘え、頼ることだった。
「おいお前ら!そこらへんにしといてやんな!」
「あっ!コイツ姉御に依りすがりやがった!」
「きたね~!」
「やっぱアイツ、姉御のこと大好きかよ!」
口ではそんなことをいいつつ、海の男たちは爆笑している。悪い手ではなかったらしい。
こういう方法も、時たま“地雷”の時がある。
よく見抜かなくっちゃな。
「「「クラプラ姐さんと海の恵みに乾杯!!!」」」
…今日の夕宴も、ワイワイとした時が流れる。
あっちで力比べ、こっちで酒の飲み比べ。
そういう酒の飲み方が嫌いかと言えば、俺は嫌いではない。むしろ呼ばれれば何だってやる。
リンボーダンス?上等。
裸踊り?上等上等。
好かれるためなら何だってやる。
愛されるためなら、何だってしてみせる。
……クールなバルザやルザルは、こんな俺を見て、どう思うだろうか。ドン引きだろうか。それとも……?




