第九十四話:歓迎会
「オイ!お前ら聞いたかよ!!!」
立ち上がった白鬼の顔は笑顔に満ちていた。
その大きな地声は船内で活動していた100名ほどの船員を甲板に集合させ、男達がドヤドヤと俺達を取り囲んでいく。ならず者達の、最後にいつ洗濯したかも分からないボロ汚い服に染み付いた酒臭い臭いが、俺たちの周囲に充満していく。
空腹脱水の身には吐き気を催すほど辛い。
「お前ら!このクソガキどもは、よりにもよって、ここで働きたいだとサァ!!!」
アブルプタの一言で野蛮な面々はドッと噴き出した。
「オイオイ、こんなチンマリしたチビッ子に何ができるって???」
「俺達ゃ“白服の海賊”、海のならず者だぜ?そんな俺達にコキ使われたいって???」
「ロープワークくらい知ってるんだろうなァ?」
「この船の行き先知ってて言ってんのかぁ??」
「ダハハハハハ!!!」
海賊達は爆笑の渦に包まれた。
そんなに笑えるか?この状況?
寄ってたかって子供を虐めやがって悪党ども。
少し腹立たしい。
だが俺たちは、そんな醜悪な職場である“海賊船”で“働かせて下さい”と宣誓してしまった。
その対価に食料を求めて。
食べ物欲しさに。飢えを凌ぐために。
何より、生きるために。
それは一方では“服従した”も同義だ。
兵糧戦法を取る海賊達に白旗を揚げ、降参したのだ。
雇用期間は?
そんなの知らない。
勤務時間は?
そんなの知らない。
給料は?
残念ながら期待できそうにない。
…そんなの考えている状況じゃなかった。
皆、腹が減って、疲れて、死にそうだったのだ。
しかも、例え正統な雇用契約が成されたとして、身なりや人相からして明らかに悪そうな海賊達が約束を守るとは限らない。
実は“終身隷属雇用”かもしれない。
この先の未来…つまり、孤児院という温室でゆっくりと育ち、学校でゆっくりと着実に経験を積み、一歩一歩大人になるという階段が、ここに崩れ去ったのかも知れない。
残されたのは、この、見るからに危ない、死と隣り合わせの獣道だけだ。…俺らしくていいかもしれないが、バルザ達にとっては酷だろう。
…なんて考えていたら、いつの間にか海賊達から笑いは消え、アラクレ者らしくない真面目な顔で直立し、俺達に向き合っている状況になっていた。
さっきとは一転して厳粛な雰囲気となり、今やマストに叩きつける風の音と、船に当たる波の音だけが響いている。そんな静寂を破るのは女海賊の一声。
「「「これより我等は君達を同胞として迎え入れる!!一同、敬礼!!!」」」
呆気に取られた。
何が起きたか把握するまでに時間がかかった。
そして……
「「「そして!!地獄へようこそ!!!」」」
船内はまた爆笑の渦に包まれた。
これから宴が開かれるらしい。
船内から焼いた肉や魚が甲板に上げられてくる。
俺達を“歓迎”してくれるらしい。
そんな雰囲気に安心したのか、子供達は力なくヘタリ込む。ルザルは精魂尽きたのかグタッとして反応が鈍い。そんなルザルに女海賊が水と何かの粉薬を飲ます。
「ホラ!アンタらが主役なんだからシャンとしな!」
バルザやクヴァも何かよく分からない粉薬を飲まされた。…ちなみに俺には何もなかった。何故…?
「オマエはまだ余裕あるんだろ?」
酷い!これでも身体は一応子供なんですけど!?
何の薬を飲まされたのか知らないが、バルザ達は少し元気を取り戻し、ルザルも上半身を起こせるようにはなった。
薄暗くなった空のもと、船に灯りが灯される。
そして…
「「「新しい仲間と、自然の恵みに乾杯!!!」」」
宴会が始まった。
馬車旅はその移動の日数や距離の関係で、野菜こそあれど肉は“干し肉”が多かった。船内で出されているのは、朝船に積んだばかりの新鮮な鶏肉や豚肉を焼いたもの。俺たちは久々のご馳走に疲れも飛び、むしゃぶりついた。
そんな俺達を海賊達は「いい食べっぷりだ!」と見守ってくれている。気味が悪いくらい優しいが、今はとにかく不足している栄養と水分を取り、体調を整えなければならない。俺たちは無我夢中で食べた。
あの鬼のようなアブルプタも、その光景をどことなく、微笑ましそうに見ていた気がする。
…腹も満たされた頃、俺たちは現実に戻されていた。
ふと、これから先が不安になったのだ。
海賊達はまだ宴会を続けている様子で、飲み比べや空けた酒樽を台に腕相撲大会をしている。
俺たちは恐る恐る、リーダー格の女海賊に聞いてみた。
「あの…俺たちはこれからどうなるんでしょうか?」
「さぁてねぇ。“働く”って言っちまったんだろう?なら働かなきゃいけないねぇ。」
「僕達にはどんなことができるでしょうか?」
「何もできやしないだろうサ!…まぁ、当分は見習いとして動いてもらうことになるだろうねェ。」
「この船はどこに向かっているんですか?」
「ラカタ王国だよ。」
「あの…いつ頃、家に帰れるんでしょうか?」
「さァてねぇ。生きて帰ったら考えな!」
そう、これは現代社会の船旅ではない。
化石燃料もない時代の木製の帆船。
高所の作業、船の縁での作業、万が一の戦闘。そして嵐。
常に危険と隣り合わせだ。
天秤の片側には命が乗っているも同然。
現代医療の技術も知識もない時代の、衛生環境とか鼻で笑えるくらい不潔な生活環境。治癒魔法があるとは言え、赤痢などの疫病にかかったら相当に苦しむだろう。
冷蔵庫が存在しない世界の長期間の船旅は、察しの通り、つまるところ粗末でヒモジイ食生活の始まりということでもある。栄養が偏って病気になる可能性もある。
改めて安定した生活とのお別れを感じた。
その後も宴は続く。
バルザは宴で盛り上がる海賊達をぼーっと眺めている。バルサの性格上、あまりワイワイと盛り上がるお祭り空気の輪には入れないのかも知れないな。
ルザルは安心したのか眠ってしまった。
クヴァは酔った男に腕相撲勝負を挑んでいる。コイツの状況適応力には驚かされる…というか、ある意味一番子供らしいのかもしれない。
………。
この世界に来て、現代社会という温室で甘えて過ごしてきた俺は、同じ6歳ながら子供とは思えないくらい逞しく振る舞い、しっかりしていたバルザ達のことを、とても尊敬していたし、やっぱり現代の子供とは違うなと深く感心していた。
彼らには親御がいない。頼れる存在がいない。だから強く、強くと気丈に振る舞っていたのかも知れない。
今回の件でバルザ達を軽蔑したりはしない。
むしろ、イタズラをして、怒られて、罰を受けて、疲れてウトウトとしているのは正しく子供そのもので、そんな弱い今の姿に、どこかとても安心する自分がいた。
その後、俺はリーダー格の女海賊と話した。
別に口説いていたわけじゃない。
せっせと情報収集だ。
この船はラカタ王国に向かっている。
片道1ヶ月~2ヶ月の船旅。
船員は70名程。
夜は20人で見張りに当たる。
腰に下げてある剣から分かるように、勿論“戦闘”がある。この船は“特別かつ重要な物資運搬”及び“重要文書”のラカタ王国への輸送を任務として出向している船で、ある意味国家機密の輸送だ。いつ襲ってくる輩がいてもおかしくない。
帆に描かれたドクロのマーク、いかにもガラの悪そうな連中、鬼船長という印象から、略奪上等・焼き討ち上等、飲めや騒げやの“海賊船”という認識だったが、
もしかしてこの船はその“真逆”かもしれない。
この女性は他にも色々と教えてくれた。
名前は『クラプラ』さん。この船の副船長だ。
ラテン系の、彫りの深いキリッとした顔立ち。
数名しかいない女性の一人で男勝りな姉御肌。
厳しいけど面倒見がいい。
カッコいい。本当に。
心の底から甘えてしまいたくなる。
会話しているだけで、心が安心するのだ。
しっかり話を聞きたいのに、眠たくなってしまう。
これを“恋”っていうのかな…。
いいや、俺が単にホレやすいだけだ。
本当に昔から、病気なんじゃないかってくらいホレやすい。いいや、きっと何かの病気なんだろう。
でも、本当にクラプラさんは、全てにおいて格好いい女性だった。そんな俺の呆けた顔を見て、酔った海賊の一人が突っかかってきた。
「お?なんだ?姉御にホレたか?」
「ち、ちが…」
「おおー、図星だな図星!」
「…まぁ…カッコいいです…。」
こういうイジリに本当に弱い俺である。
まぁ自分も外見は6歳の子供。
そんな子供に返す言葉と言えば…
「おーおー、アタシにホレたかい?じゃあファロイド、もうちょっと大きくなったら出直しといで!」
んー、まぁそーいう返しですよねー。
酔った男たちは「フラれたぞあいつ!」「さすが姉御!」と大笑いしている。なんかそう言われると子供扱いされているようで悔しい。いや、実際子供だったか。
俺はそのまま酔っぱらいに拉致されて余興をやらされた。
すっかり酔っぱらいのお仲間となったクヴァと、マストの木登り対決だ。まぁこういう雰囲気は嫌いではない。若干面倒くさいとは思うけれど。
ってかなんだ、クヴァのコミュ力は。
畜生、うらやましい。
負けていられるか!
身軽さは昔から俺の十八番なんだよ!
積み重なる不安はある。
石油もなく、電気もガスもない世界の、1ヶ月も2ヶ月もかかる帆船の船旅だ。しかも戦闘もあるときた。
そして、無事カトラに帰って来たとして、この船での労働を宣誓してしまった俺たちは、そう簡単に解放されないかもしれない。
まさしく一寸先は闇。
この、辺り一面の深い闇。
大海原の夜と同じだ。
でも、今はこの歓迎ムードに身を浸そう。
バカ騒ぎしなければやっていけないのだ。
船は真っ暗な闇夜に向かい、静かに進んでいく。




