第九十二話:白鬼
俺たちの正面にいる大男。
身長にして2m?
体重100kgはあるだろうか?
ツンツンした白い短髪。
赤く輝く切れ長の瞳。
刺々(とげとげ)しい白い鎧から見栄隠れする筋骨粒々の肉体。
世はまさに世紀末ーーいや、
まさに鬼のような男だった。
「テメェらが手紙に書いてあるガキ共か!」
その大男は、とにかく声がデカい。
かなり威圧的な口調だ。
「手紙に書いてある内容を言ってやろうかァ?『ガキ共を送る。煮るなり焼くなり好きにしろ。』だとさァ!!」
大男は手紙を机に叩きつけた。その音は鼓膜を突き抜け、身体の芯まで震え上がらせた。
「サァて、どーしてくれようかなァ!」
大男は立ち上がり、俺たちの方へ近づいてくる。
あまりの恐怖に足がすくんで動けない。
「まずは…そうだなァ!おい、くそガキ、名乗れ!」
俺をご指名のようだ。
「…ファロイドです。はじめ…」
「次ィ!お前はァ!」
俺が差し出した手は軽くスルーされ、他の子供達に聞き取りを行っていく。
「…バルザです。」
「ルザルと申します…。」
「く…クヴァだ…です…。」
「フフフ…ジャグラーです…。」
こんな状況の中、ジャグラーはニヤッと大男に歪んだ笑顔を一瞬向けた。
こんな鬼を相手によくそんな顔ができるな…。
人格破綻者か何かか?
コイツ、本当に大物かもしれない。
鬼は大層怒るかと思いきや…。
「……ケッ。そういうことかよ。」
とボソッと言い残し、机に戻っていった。
机にドカッと座った大男は続ける。
「そこの金髪のガキィ!俺の名を言ってみろ!」
やはり俺を指名か。
「ノバルプタさん、ですか?」
あえて様は付けない。出方を伺おう。
「ハッ!上出来じゃねぇか!調べてきたってか?それとも誰かの入れ知恵かァ!?」
ご機嫌なようだ。
ギロリと睨まれた付き人がビクつく。
「だが残念だったな!ハズレだ!!俺の“今の名”は『アブルプタ』だ!『様』を付けて呼べ!クソガキ!」
……。
『アブルプタ』。
そう、大男は確かにそう言った。
赤い瞳で俺を射殺さんばかりに睨み付ける。
その瞳、その容姿。
そう、奴は間違いなく。
俺やヴォルバタと同じキノコの亜人。
テングタケ科の猛毒菌の一つ。
アマニタ一族No.7“Amanita abrupta”。
『タマシロオニタケ』の亜人だ。
「すみません、訂正を。アブルプタ様。」
「それでいい!」
「それで、アブルプタ様は私たちを…」
「…俺様がいつ質問を許したんだコラァ!!!」
その瞬間、一瞬で全身に鳥肌が立ち、長い髪は暴風を受けたように一瞬ブワッと舞い上がり、落ちた。
ビリビリと頬が痺れている。
額からは冷たい汗が垂れ落ちる。
これが本物の『威圧』?
それとも殺気…?
その一瞬の威嚇で、バルザやルザルはヘナヘナと座り込み、クヴァは尻餅をついてしまった。
ジャグラーは目を背けている。
「ハッ!流石ってところだなァ!そこのクソガキ二人はともかく、人間のガキ共は小便漏らしてもおかしくねェくれェの『威圧』だったってのによ!」
鬼はいっそう上機嫌になったようだ。
そして…
「イイぜ!乗せてやろうじゃねェか!!クソガキ共!明日は朝5時に港に来やがれ!以上だ!!!」
その一言の後、俺たちは退室を命じられた。
何だアイツ…。
部屋を出たとたん、バルザが呼吸を乱す。
上手く息を吸えていなかったかもしれない。
過呼吸のようになり、ジャグラーに背中を擦られている。ルザルとクヴァはヘナヘナと膝から崩れ落ち、女の子座りで床にへたりこんでしまった。
うんうん。
皆、辛うじて失禁しなかったようだな。
すげェよ。本当に。
いい度胸してる。頑張った。
俺は『威圧』の能力を知っていた。
だから『威圧』によって生じた“恐怖”の感情を、極めて客観的に、科学的に捉えることで難を逃れた。タネ明かしされているお化け屋敷の如く、辛うじて平静でいられたのだ。
それがなかったら俺は確実にお漏らししていただろう。
それほどの恐怖だった。
その後、俺たちは付き人の指示で宿屋の一室に案内される。小さいへや部屋だが身体を重ねず寝られるだけのスペースはあった。今日はここで泊まるらしい。
夕食と朝食も着いてくるようだ。
至れり尽くせり。これはヴォルバタ…、いや、あるいはアブルプタの配慮なのかも知れないな。
その日の夕食は皆、“最期の晩餐”とばかりに食べまくった…とはいかなかった。
バルザたちはほんの少し食べただけ。
不味そうだったわけではない。
空腹でないハズがない。
ただ、食べ物が喉を通らなかったのだろう。
あれほど恐ろしい出来事の後だ。
仕方のないことかもしれない。
俺とジャグラーだけ、普通に食べた。
普通にお腹が減っていたのだ。
皆が食べない中、不謹慎というか、空気を読まないというか。うん、そうだ。きっとこれが“マイペース”というヤツなのだろう。うん、そういうことにしよう。
◇◇◇◇◇◇◇
明くる朝。
バルザたちは今日も眠れなかったのだろうか。
疲労の蓄積でいよいよ危ない表情をしている。
心配だ。
俺はよく寝た。
もうこの悲惨な状況が他人事のようで、なんか妙に実感がないのだ。悲しさはなく、目覚めから高揚した気持ちで朝を迎えた。
今日は昨日以上に波乱となるだろう。
何が起こるのか、むしろ楽しみだ。
顔を洗い、朝御飯を食べ、歯を磨く。
ゆったりと過ごす…時間はなかった。
朝から戦争のようだった。
何せ集合が朝5時。朝御飯は寝起きで働かない胃を無視して無理矢理詰め込んだようなものだ。
付き人の案内で港に向かう。
すると…。
「「「おおー。」」」
貫禄ある木造の帆船が停泊していた。
大きさで言えば現代社会で言う貨物船よりはるかに小さいが、それでも木造の帆船としてはかなりのもので、この世界の文明レベルで考えれば、技術の粋を上げた巨大建築という他なかった。
そして、その特徴。
素材である木材は腐食防止の黒いコーティングがなされており、朝日を浴びて艶やかな輝きを放っている。
側面には複数の“窓ガラスの無い覗き窓”。
帆は年期が感じられ、所々穴が空いていたり継ぎ接ぎした跡がある。そして帆にはその威を示すドクロのマーク。
バルザとクヴァは「「スゲー!!!」」と大ハシャギだ。ルザルも感嘆の表情でその帆船を眺めている。
皆、これほど大型の船を見るのは初めてだという。
ジャグラーはいつも通りニコニコ、いや、ニヤニヤと。
今日は何時もに増してニヤニヤしている気がする。
……この中で俺だけが。
これから起こるであろう出来事を察した。
バルザ達は“船旅”気分なのだろう。
初めての船旅にワクワクしているかもしれない。
俺はその船を見たとき、初めて自分の置かれている状況が飲み込めた。浮き足だった気持ちが、地に足をつけるどころか地獄に落ちた。
これは豪華客船の船旅ではない。
これは至れり尽くせりの楽しい旅ではない。
これから乗るのは遊覧船ではない。
“海賊船”だ。
そしてその船に「乗せてやる!」と、まるで自分の船かのように言い放ったあの大男の着いている職業は勿論…。
「おお!来たかクソガキ共!!!」
船の先端からその大男がこちらを見下ろしている。
鬼のように刺々しい、白い鎧を纏う大男。
アブルプタだ。
「お早うございます!アブルプタ様!」
大きな声で挨拶し90度お辞儀。
バルザ達は立ちすくんでいる。
うん…これは…まずいな。
礼儀正しくしないと海の藻屑として消されかねない。
「皆も挨拶!」
「「「お早うございます!アブルプタ様!!」」」
呆気に取られていたバルザ達に挨拶を促し、我に帰ったバルザ達はそれに倣う。よしよし。いい子だ。
海賊って上下関係厳しいんだよ?生意気言ってると雑魚なんて戦死扱いで海に捨てられちゃうよ?
「おう!弁えてるじゃねぇか!乗りな!!」
船はもう荷物の積み込みを終え、既に出発できる状態にある。船の甲板には大勢の男達がイソイソと作業をしていた。男達の腰には湾曲した短刀が下げられている。戦闘をするのだろうか?
男達に続いて、俺、バルザ、ルザル、クヴァの順に、甲板の手すりに繋がるロープの梯子を登っていく。最後にジャグラーが梯子に手をかけたかけた時…。
「オイ!テメーは残りだ!!」
アブルプタに乗船を拒否された。
いつも糸目でニコニコしているジャグラーの青い瞳が初めてキッと開き、アブルプタを見つめる。
「なんだ?やんのか?●●●!!」
その部分は、出港準備完了を知らせる鐘の音に気をとられて聞き取れなかった。何と言ったか分からなかったが…ジャグラーの本名だろうか?
そもジャグラーとアブルプタは知り合いだろうか?
昨日のアブルプタの反応からも…。
「お前は残って“副業”でもしてやがれ!!」
「…ハイ。分かりました。」
そんなジャグラーの素っ気ない態度にアブルプタは反応しない。お互い引き下がり、アブルプタは船の先端に移動、ジャグラーは梯子を降りて桟橋に戻る。
「なんで…」
梯子を登りきったルザルが呟く。
アブルプタには言えないので、呟いただけ。
「あいつ、昔から変なヤツだったけど、帰ったらキッチリ聞いてみよう。」
と、クヴァ。
「…帰れたらな。」
とバルザ。
バルザはこの状況を理解したようだな。
俺たちは大勢の男達に囲まれていた。
汚ならしい服装の男達は皆、頭に皆ターバンを巻き、腰には短剣を携えている。まるで品評会でもしているかのように、俺たちを視線で嘗め回す。
朝から一杯やってきたのだろうか?
それとも服に染み付いているのだろうか?
男達は既に酒臭い。
そんな男達に船のうえで上で囲まれてると具合が悪くなりそうだ。
「うへへ、子供だ。可愛いねぇ。」
「コイツら好きにしていいって親方がよォ。」
「どうする?非常食にしちまおうか?」
「コイツら売ったら10年は遊んで暮らせるぜぇ?」
俺たちを囲む男達はジリジリと距離を詰めて…
「おいテメェら!持ち場に戻れ!!!」
アブルプタの一言で解散する。
そして船は風を受けて港を発った。
男達とのむさ苦しい“海賊船の旅”が始まった。




