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煉獄世界の死神  作者: 敗北の貴公子
第3章 少年時代
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第九十一話:難民キャンプ




馬車がカトラ皇国を発って4日が過ぎた頃。


それまで広がっていた美しい草原は“荒野”に変わった。


砂利、あるいは黒っぽい土でできた地面が広がり、所々で地面は抉れ、削れ、大きな穴を空けている所もある。


瓦礫には住居の跡らしき残骸も混じっていた。


家々が立ち、数年前までは栄えていたであろう街らしき何かは完全に壊滅し、灰を被った黒い砂に埋もれている。樹木は当然生えておらず、草花すらも疎らで、苔が薄く覆っているだけの不毛の土地となっていた。

進めば進むほど、草木や苔すらも見えなくなっていく。



しばらくして、馬の口に覆いが着けられた。

俺たちも布を手渡され、口を覆うよう指示が出た。



そして、限界体制の中、俺たちは地獄の街道を通る。



一同、その光景に絶句。




大地を覆う黒い岩の世界。

それは、生命活動のない死の世界。



人工物は一つとして無く。

ここがまるで、別の惑星かのようで。



青い空は皮肉にも、黒い大地と合わせると視界でより蒼く見え、不毛な大地の上で白く輝く太陽は、死の権化として君臨しているかの様な錯覚すら覚える。



「ここは…?」


馬を操る男に聞いてみた。


「ここは、十年前の戦争の跡地で御座います。」




十年前。


当時の“グリムズヴォトン王国”と“ノバルプタ王国”の戦争は、やがて其々の親国である“カトラ皇国”と“カトマイ連邦”の大国同士の戦争に発展した。


半年続いた戦争は辛くもカトラ皇国が勝利し、戦地となったグリムズヴォトン王国とノバルプタ王国は“消滅”、カトマイ連邦は大きな代償を負い、その後解体され、“カトマイ共和国”となった。




…この、どうみても大規模自然災害か、はたまた核兵器による焦土にしかみえない黒の世界は、核兵器どころか火薬すらも存在しない戦争の、少し魔法が使えるだけで中世と変わらない文明が起こした戦争、その爪痕だというのだ。


そしてこの不毛の地を作り出した者こそ…。



「ここは十年前、カトラ皇国軍の大将を務めていた、まだ15歳の『ラキ皇子』と、その部下だった『ヴォルバタ』様が、“カトマイ十二神将”であり“ノバルプタ王国の王”だった『ノバルプタ』様と戦った後です。」



……ラキめ。

全然存在するじゃないか。大規模魔法。



これは見くびっていたかもしれない。

“異世界”というものを。

“魔法”という概念を。


これなら、火薬や爆弾、戦闘機に爆撃機なんて存在は大した問題ではないかもしれない。



そして上方修正が必要なのはもう1つ。

ラキとヴォルバタの本当の実力だ。

彼らは俺と同じアマニタ一族。

菌類とキノコの能力を使える亜人。


…ただそれだけの筈だ。

なのに、そんな存在が、こんな焼け(ただ)れた世界を作り出すことができるだろうか?

そして、それとやり合った『ノバルプタ王』。

この世界で膨大な魔力を有するのは亜人のみ。

そして亜人は“キノコ含む菌類の亜人”しか存在しない。

ならばその男は何のキノコの亜人なんだろうか?


謎は深まるばかりだった。




約二時間走り続け、馬車は地獄を抜けた。


その間、とてもこの世の景色とは思えない地獄絵図に、無邪気に興奮した子供はいなかった。


……俺以外には。

不謹慎だが…本当に不謹慎も極まるのだが。

俺は胸の高鳴りを感じていた。

知的好奇心のようなものだ。そして、この光景を作り出した“人外”の存在であるラキやヴォルバタより、さらに上位の“No.1”という己の可能性を期待した、


思わず口角が上がってしまう。

そんな俺を見たバルザは一言。



「…狂ってるな。」





地獄を抜けた先には天国…は待ってなかった。


そこに待つのは“まだマシな生き地獄”。


一面の煤汚れた白いテントの平原。

ボロボロの白い服を纏う多くの人々。



…これは、そう、“難民キャンプ”だ。


そしてここが『グリムズヴォトン自治区』である。





グリムズヴォトン自治区に入ると、すぐに俺たちの馬車を大勢の乞食(こじき)が取り囲み、一斉に食べ物をねだる。人々の顔は笑顔でも悲しみでも怒りでもなく、獣が獲物を狩るような鋭い目付きで、まるで威嚇するように物をせびる。


馬車を操る馭者(ぎょうしゃ)も分かっていたのか、馬の速度を落とし、余った食料や水の入った樽を、亡者と化した人だかりに投げていく。

あっという間に抗争が起き、そこらじゅうで物の取り合いが起きている。

馭者はそのスキに馬車を走らせた。

何人か馬車に牽かれた気がしたが気のせいだろう。


「あの…帰りの分は?」


「もう半刻も進めば、じきグリムズヴォトンの港です。そこは少し発展していまして、帰りの食料はそちらで確保することとなります。」


「帰りもここを通るんでしょう?」


「帰りは少し強硬に突破します。」


「そうですか。」



バルザとルザル、クヴァはまたしても絶句している。乞食たちの死に物狂いの取り合いに、バルザ達の顔には恐怖の表情が見てとれる。

ジャグラーは汚い物でも見るかの様な、酷く蔑んだ目で群衆を見ていた。俺はただドン引きである。


やがて投げた物の取り合いが終わると、さらに追加をと馬車を追いかける乞食が現れる。もう馬車には余分な物資は積んでいない。にもかかわらず、諦めがつかないのか、数十人の行列が馬車を追いかける。



「すみません、皆さん、これから私の言うとおりにして、馬車の後ろに立ってくれます?」


「え、いいですけど…。」


「では失礼。」


そう言って、馭者は俺たちに短剣を突き立て、言われるがまま馬車の最後部へ誘導する。


最早黄泉の亡者となった乞食は、短剣を突き立てられた奴隷装束の子供達(おれたち)を見るや、背を丸めて撤収していった。



そう、彼らは。


……いや、俺たちは彼らの同類だったのだ。



同類を見た亡者達は、この馬車の目的を悟ったのかもしれない。俺たちに同情の目を向け、去っていった。



ルザルがその光景を見て泣き崩れる。

今まで涙を我慢していたのだろう。

冷静なルザルが、声を上げて泣いた。


バルザは吐いた。

その光景に。その悲劇に。

自分の置かれている状況を重ねた。

一頻(ひとしき)り吐いた後、虚ろな目で現実を見ていた。


クヴァはへたりこんでしまった。

表情はそう、“怯え”だ。

まるで怖い夢でも見たかのように、びっしょりと冷や汗をかき、真っ青な顔をしている。


ジャグラーはそんなバルザやルザル、クヴァを見、ウジャウジャしている難民を見、面白くなさそうな顔をして目を反らす。最後に俺を見、満足して再びニヤニヤ顔に戻った。



…俺は、顔に当てた手の下で笑みを浮かべていた。


同類、そう、ここに群れる乞食と俺は同類。

ここまで堕ちたか。

ここまで腐ったか。

最早これを笑わずして何を笑う。

滑稽じゃないか。

最高に滑稽だ。



“異世界転生”。

前世で罪深い人生を送った自分に、神様がやり直す機会を与えてくれたのだと。

最高に心踊った。

フジの村でヴェレリウス老婆の治癒魔法を見たとき、更に心が踊った。俺は夢の世界に来たのだと。

異世界転生漫画のように、俺も最強になるのだと。

主人公のように、愛される人間になれるのだと。



現実は違った。



白い装束により貼り付けられたレッテル。

幸せな未来が来ない“奴隷制度の奴隷”。

盗んだパンで辛うじて生きる子供を見た。

性奴隷として愛と衣食住を手に入れる子供を見た。

そんな王国は自分のせいで滅んだ。


俺は、実は人外という秘密があったらしい。

忌み嫌われる能力を持っていたらしい。

無意識に、そしていとも簡単に人を殺せる能力と。

死にたくても死ねない能力を持っていた。


そして、この異世界と思っていた場所が、実は自然災害により現代文明と人類が滅んだ後の地球だったという衝撃の事実を知った。

栄えた夢の国で見た(スラム)

そして、それ以上の地獄絵図と亡者。



その亡者から同類を見るような目で見られたのだ。

笑い話この上ない。

俺たち「白い奴隷装束」の行き着く未来を見れたのだ。

あぁ面白い。面白い。



世界なんて滅んでしまえ。





ディストピアを抜けて。

荷が軽くなった再び馬車は駆ける。



ルザルは泣き止み、また遠くを見ている。

バルザとクヴァも落ち着きを取り戻した。


しかし、馬車の中はカトラ皇国を発った時よりも重苦しい空気が立ち込めていた。誰も。一言も。重い沈黙だけが続き、馬が蹄を鳴らす音と、積み荷が軽くなって一層大きな音を出すようになった馬車の車輪の音だけが耳に入ってくる。



さて、一眠りとはいかなくとも、目を瞑って休むか。

体力の温存は重要だ。




日が落ちる頃には、目的地である港町に着いた。


カトラ皇国とカトマイ共和国の国境であり、このドーナツ状の大陸『デカン大陸』の中央の湖『ラーハ湖』と外海を繋げる唯一の川『アリューシャン・リバー』、その(ほとり)にある貿易の要所。


それが『グリムズヴォトン・リバーサイドシティ』


その港町と川岸は周囲を高い塀で覆われ、何者の侵入も許さない堅固な要塞のようになっている。

まるで万里の長城だ。


重い鉄の門を開くと、要塞に囲まれた町が見えた。

先程の殺風景な難民キャンプとは違い、こちらは“普通の港町”だ。活気があり、レンガ造りのお洒落な家々の窓からは灯りが漏れている。


いい匂いだ。丁度、夕食時かな。



俺たちはここで馬車を降ろされ、ここまで馬を操ってくれた付き人と共に大きな洋館に入った。豪華と言うわけではないが装飾が施され、屋敷の中は綺麗に整えられており、床にはカーペットが敷かれている。

大使館か何かだろうか?



三階建ての建物の、最上階。

大きな扉の前で子供だけ待たされた。


暫くして、ドアの向こうから付き人から入って良いと指示が出た。恐怖からなかなか意を決せないバルザに代わり、俺が先陣を切ってドアを開ける。


「失礼します。」


入り、正面を見る。

重厚感のあるテーブル。

大きな椅子。


そこに座る“白い服を着た大男”


「そうか。お前が…。」


声は重く、凄みがある。

思わず身震いしてしまうほどに。

赤い瞳は刃のように鋭く、俺を射殺す。


バルザもルザルも、クヴァも、恐怖からその大男と目を合わせられない。下を向いている。




そう、その男こそ。


十年前の戦争の戦犯にして、敵国“ノバルプタ王国”の元国王、カトマイ連邦十二神将の一人だった男。


今はここ、『グリムズヴォトンリバーサイドシティ』の“市長”、そして“カトラ皇国海軍大将”を務める男。



『英傑・ノバルプタ=アブルプタ』その人である。



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