八十七話:放課後の使い方
喫茶『パンザリナ』にて。
白髪の浮浪者『ヴォルバタ』から『キノコの亜人としての能力』の中の『子実体形成』について教えてもらい、赤髪の大人な女性『ムスカリア』さんから、この世界唯一の大陸『デカン大陸』にある五大国『カトラ皇国』『ミノア帝国』『カトマイ共和国』『ラカタ王国』『マザマ王国』の関係性や自然環境について聞いたところで…。
もうすっかり夕方になっていた。
危ない危ない。最近日が長いから、うっかりしていると門限を超してしまう。しっかりと時計を見るようにしないとな。
喫茶を出て帰路に着く。
学校が早く終わった後は、早く家に帰るもよし。
こうやって道草を食うもよし。
改めて補習がないことの素晴らしさを実感する。
この自由な時間は有効に使わないと。
喫茶パンザリナに出向いての情報収集は続けよう。
あとは剣や槍の修行、言語の勉強…。
それにカトラ国内を見て回りたい。
やるべきことはことは沢山ある…。
ちなみに10歳までの小等部はアルバイトが許可されている。カトラ皇国内では少年労働を禁止していて、中等部になれば一部の職業に限りアルバイトをすることができるようになる。
シンクバトラ王国は子供でも稼ぐことができたのだが、カトラ皇国が少年労働を禁止している意味は、子供を守るための法整備がしっかりしていることの表れでもあるだろう。
ちなみに。
酒場の仕事は中等部卒業まで禁止。
風俗の仕事は成人まで禁止とされている。
幼い児童に淫行した場合は罪を問われ、このカトラ皇国では厳罰に処されるのだ。だからこの国では児童買春する悪い大人はいない…ということもないのが実情だ。厳罰に処されることが分かっていても隠れて幼児に手を出す悪い大人はいる。だから子供もそういう誘いには乗らず、身を守らなければいけない。
そこは倫理の授業で教わるところだ。
セイラやピコとしては耳が痛いことだろう。
まぁ仕方ない。
セイラとピコを仕込んだ大人が悪い。
いずれ天罰が下るだろう。
孤児院に戻る。相変わらずギリギリの帰宅だ。
もっと時間に
夕食中にバルザに放課後は何をしているかと聞いてみた。
「俺はルザルとクヴァとカトラ皇国内の見廻りをしているかな。」
「へぇ。例えば?」
「人気の食べ物屋とか見たり、武具屋に行って鎧とか剣とか見たり、兵舎近くに行ったり、時には孤児院とは反対の方に行ったり…まぁ行ける範囲でだけど。あとは知らない路地裏に入ったり…。」
「おいおい、それ危ないんじゃないか?」
「危ないことしてる点に関しては、少なくともお前に言われたくないな。」
と横から優等生のルザルが割って入ってきた。
「カトラ皇国内のことを知ることは重要だ。僕たちはまだ小等部の最下級生。地図なんて貰えないから、自分たちで作ることにしたんだ。」
「へぇ。地図作ってるんだ?見せてよ?」
「オメーがオレたちの冒険団に入るってんなら見せてやるよ!ファロイド!」
クヴァだ。
クヴァとバルザとルザルはカトラ皇国の出身。
土地勘はあるかもしれないが、まだまだこの広い窪地の中に作られた都の全てを網羅している訳ではない。日々情報を得て、立派に研究しているのだ。
クヴァの問いに即答する。
「イイね。面白そうだ。でも俺も予定がある日があって…。毎日は参加できないけど大丈夫?」
「まぁ毎日じゃなくてもいいぜ。とりあえず明日は窪地の東側、工場地帯に行ってみるつもりだ。」
おお、工場地帯か。
行ったことがない。遠目では比較的大きな建物が煙を吐いているのを見たことがあるが、何を作っているのかは分からなかった。
「じゃ、よろしく頼むよ。ところでソゥとジャグラーは?」
「ボクは図書館で調べ物かな…。体力ないし…。探検中に何かあったら怖いし…。」
「ソゥは前に探検してて、たまたま倉庫を覗いたときに悪い大人に見つかってな。追っかけられてからトラウマになってるんだ。あの時はビビったな。」
「そもそも明らかに怪しい場所だったんだ。僕は引き返そうって言ったんだけど、クヴァが『行ってみようぜ!』なんて勝手に行っちゃって…。」
「いやいや、あれはオレだけのせいじゃあないぜ!バルザも共犯みたいなもんだろ!」
「まぁ『ああいう場所もあるんだ』ってことが分かっただけ儲けモノさ。捕まって殺されるか売り飛ばされなかっただけラッキーさ。」
カトラ皇国内にも治安の悪い場所があるのだろうか?
「どんな場所だったんだ?」
「明日行く東の工場地帯の一角に、出稼ぎ労働者の地区みたいな一角があってな。奴隷出身のヤツとかも多く住んでる。見るからに怪しいぜ。明日行ってみるか?」
「バルザ…、また悪い顔になっているぞ…。」
ルザルが大きく溜め息をつく。
ふむ…。例えば横浜の寿町、大阪の西成あいりん地区みたいなものか。どれだけ華やかな街でも、そういう場所があり、そういう人もいる、ってことなのかもしれない。
そも、俺も天涯孤独、奴隷装束(風の白いローブ)を纏う身だ。一寸先は“貧困の(ああいう)未来”が待っていてもおかしくない。というか、この孤児院に住む誰もが頭を過ったことがあるはずだ。バルザもそういった興味から見てみようと思ったのかもしれない。
だが、治安が悪いことは事実だ。
何かあったらタダでは済まないだろう。
そもそも子供が立ち入っていい場所なのか?
もっと言えば、そんなスラム街をうろつく様子を憲兵に見つかって捕まったら、下手に浮浪者に追いかけられて身ぐるみ剥がされるよりも厄介なことになる。孤児院はおろか学校まで連絡が行くだろう。
お説教は免れず、最悪退学処分等も考えられる。
大丈夫なのかと聞いたところ、確かに憲兵の見廻りは多いが、検問所があるわけではないため普通に入ることができ、裏道を通れば問題ないとのこと。
「バルザ…デメリットの方が大きくないか?落ち着いて考えてもみろよ。俺たちは『奴隷』の身分で、国から衣食住を貰っている身だ。万が一にも何かあれば、タダではすまされないぞ?ルザルはどう思う?」
「大丈夫。皆立ち寄ろうとしないだけで、『行ってはならない』って決まりは…多分ない…と思う。…まぁ、『若気のいたり』ってことで、軽く説教で済むんじゃないか?」
「いやいや、絶対ダメだろ。」
そこで、バルザが一言。
「ならファロイドは残りな?」
「ぐ…。」
それも不味い。
なにかあった時…例えばスラム街の無法者にバルザ達が殺されてしまうかもしれない。かといって俺がそこに加わることで何かかわるわけではない変わるわけではない…が。
それでも…。
「…わかった。行くよ。」
判断ミスだったと思う。
それでも、俺は反対できなかった。
泣きわめいてでも反対しなければいけなかった。
皆の命がかかっている。皆の未来がかかっている。
でも…。
最後の最後に、俺は『仲間外れ』を嫌った。
「明日はワタシも着いていって宜しいでしょうか?」
今まで静かにニヤニヤとそのやり取りを眺めていたジャグラーが割って入ってきた。それにバルザが反応する。
「珍しいな。今まで俺たちと探検なんてしたことなかったお前が着いてくるなんて。そういうことに興味がないものだと思っていたんだが。」
「いえ、ただの気まぐれですよ。フフフ。宜しければソゥもいかがですか?フフ。」
「ふぇっ!?ぼ、ボクはいいよ…。嫌な予感がするもん…。」
「大丈夫だろぉ!滅多にないって!あーいうことは!」
「クヴァ…それを“フラグ”というんだ…。」
クヴァのせいで妙なフラグが立った気がするが気にしないでおこう。気にしたら負けだ。
でも、どこかで、少し、かすかに。
『嫌な予感』が『確信』に変わった。
◇◇◇
次の日の放課後。
学校を終えたバルザ、ルザル、クヴァ、俺の4人は、鞄を持ったままいつもの帰路とは違う道に入っていく。
ジャグラーは?って?
「すみません。用事を思い出しました。フフフ。」
とかいって俺たちと別れた。
うん、アイツはそういう男だ。
テンプレ通りのトンズラだ。
誰も特になにも言わない。
誰も期待していない。
そういう男だと知っているからだ。
あくまで今日はふらっと立ち寄って帰るだけ。
あくまで団体行動で。
あくまでチラッと見て帰るだけ。
何かあったら直ぐに逃げる。全力で逃げる。
それが今日の活動目標だ。
カトラ皇国東側の工業地帯は、有事の際の兵器・兵装から衣服、日曜雑貨まで全てを満遍なく取り扱っている。
カトラ皇国内の土木・上下水道・鉄鋼・建築業などの管理施工・製造会社や清掃業者がほぼ1地区に集まっており、ここからカトラ皇国のある窪地の各所に人材が派遣される。働いている人間は上層部の人間から下は日雇い奴隷まで幅が広い。
そんなカトラ皇国の東側の工業地帯の一角。
日雇い労働者及び低所得労働者居住区域。
貧民街“ギャオ”。
治安がいいとされるカトラ皇国内で最も治安が悪い地区であり、華やかな都を冠するカトラ皇国の“影”であり、栄華の波に乗れなかった落武者の居場所であり、不出来で不器用な人間の溜まり場でもあり、しかし見えないところで礎となっている人達の集いの場なのだ。
しかし残念ながらここで働く人の所得は低い。
シンクバトラ程では無いにせよ、ここカトラ皇国も一応、身分制度がある。例えば元罪人や元囚人、他国の奴隷などは当然、世間一般の人間が敬遠しがちな職業に暫定的に着かされることが多い。
シンクバトラでジグが行ったトイレ清掃なとがそれに当たる。ここカトラでは労働の対価として賃金が支払われるが、一般所得の平均に対しあまりに差があるのが現状だ。
所得の低さは人間の幸福度に関係することがある。心が荒み、自分の扱いを嘆き、世間の目を恨み、他者との違いに絶望する。日常には暴力と略奪が幅を利かせ、頼れるものは強力と権力のみ。
そんなスラムの世界の波に揉まれに揉まれ続けた結果として、擦りきれた心と強靭な肉体を手に入れる。
それがスラム街に住む人間。
アラクレということだ。
学校からは馬車で20分、徒歩で1時間ほど。
まぁ通学意外で馬車に乗るお金はないので当然ながら徒歩で行くことになる。帰る時間も考えると、30分程度の見学が可能だ。
東に進み、工業地帯に入っていくにつれ、街の景観と空気は変わっていく。次第に壁の煤汚れが目立ち始め、路地は華やかさを失う。
行き交う人は建物から建物への、目的を持った直線的な動きをする人が殆どになり、その表情も無機質なものになっていく。臭いも鉄が焼けるような焦げ臭い臭いに混じって、何とも言えない、どこか鼻につくような臭いと、タバコの臭いが鼻につくようになった。
さらに行くと、通りに普通にゴミが捨てられていたり、通りの端っこに昼間から大の字で酔い潰れたオッサンが目につくようになった。若い女性は殆どおらず、街行く人は皆、ゾンビのように活気なく背を丸めて歩いている。
そう、ここは貧民街“ギャオ”。
華やかな楽園、カトラ皇国に存在する“失楽園”である。




