第八十六話:世界情勢
自分たち『キノコの亜人』は『人間にキノコを寄生させ養分と魔力を吸い取る』ことができる。
まぁ、完全に悪役である。
悪役というか、外道である。
ど畜生もいいところだ。
ひたすらに気持ち悪い。
俺が健全な人間ならそう思うだろう。
何か疲れた…。
すっかり温くなったコーヒーを飲み干し、おかわりを貰う。この店での出費は全てカトラ皇国持ちのため、お金を気にせず飲めるのだ。この冷めても美味しいコーヒーだけが今の救い…。
「まァ、そう気を落とさんな。」
胡散臭いボロボロの身なりのおっさん、ヴォルバタが慰めてくれるが全然嬉しくない。同族嫌悪というやつだろうか?ウマが合わないというというやつだろうか?
「とりあえず今のが『根と子実体の形成』、『吸収』の能力サ。何か質問あるかィ?」
ここまで自分がド外道の糞野郎だと他人事のように質問が頭に浮かび上がってくるものだ。
「危険性はないんですか?例えば野山に血を撒き散らして、自分のキノコを生やしまくったとして…」
「『タマゴテングタケ』は周りにある木や草を枯らしたりはしないけれど、そこら中に沢山生えていたら不気味ではあるだろうねェ。あと、間違って子供が食べたりしないようにしないと。」
「死体には寄生できるんですか?」
「死体の方が『寄生』に成功しやすい。あんまり生命力が高いと寄生に失敗することもある…。死体の方が寄生しやすく、抵抗力もないから吸収できる魔力も多いのサ…。まァ死体は一回魔力を吸い尽くしたら終わりなんだけどねェ。宿主が生きてれば何度でも吸収できるってモンさァ。」
「分かりました。俺たち『アマニタ一族』は、寄生された方に何か恩恵はあるんですか?」
「アタシらに『寄生』された人間はアタシらの毒にほんの少しだけ『耐性』が付くってところかなァ。まァ耐性ができたところで致命的な毒だから、長く苦しむだけで結局死ぬんだけどねェ。」
「それは他のキノコの亜人も同じ?」
「まぁアタシらの持つ毒への耐性ができても、他の種類の毒への耐性はできないから、限定的で効果も少ないんだけどねェ。」
「寄生できないものとかは?」
「無機物。例えば金属からキノコは生えないだろう?他には水とか液体のものは根を生やせない。あと白骨化した死体とかは寄生しても殆ど養分が取れないねェ。」
「キノコの亜人に寄生することは?」
「できなくはないねェ。けどあまり意味がある行為じゃア無い。害ある菌として抵抗されるだろうねェ。」
「『子実体』は自分のDNAを含む『分身』みたいなものなんでしたっけ?」
「そうだよォ。」
「人型にできるんですか?大きさも。容姿も。知能とか付けれたり。それこそ本当の分身みたいに。」
「トレーニングすればねェ。でも容姿は『本体』に似かよったモノとなる。でもまだ早いかなァ?」
「何故です?」
「消費魔力が今の比じゃアないし、何より人間一人分の栄養を丸々消費するから、ってとこだねェ。今のファロイドじゃア無理無理。」
ふむ。
つまり人を殺さないと手に入らない能力か。
恐らく、『溶血毒』及び能力を反転させた『凝血』もまだ段階としては早いのだろう。
「今は子実体形成に慣れて、より多くの魔力を溜め込むことだねェ。」
「分かりました。ヴォルバタさん、ありがとうございました。精進に勤めます。」
「いいっていいって。」
正直いってヴォルバタは胡散臭い。
自然と警戒してしまう。緊張してしまう。
本当の事なのか、嘘が混じっているのか。
笑顔も何を考えているのやら。
でも、それとこれとは別。
知識を与えてくれたヴォルバタに深く感謝する。
「それじゃあファロイドくん、アナタが話してた『世界情勢』は私がお話するわね。ヴォルバタ、さっき使った植木鉢の中身を捨てておいてくれるわよね?」
バーカウンターを挟んで迎いにいる赤髪の大人の女性、ムスカリアさんがヴォルバタに指示を出す。
ヴォルバタはイヤイヤ片付ける。何か尻に敷かれている気がする。ヴォルバタの方がムスカリアさんより格上のハズなんだけどな…。
ムスカリアさんも同じアマニタ一族、『テングタケ科ベニテングタケ』の亜人だ。よく絵本やゲームに出てくる“白と赤のよくあるキノコ”のモチーフとなっているキノコで、嘔吐や下痢と言った典型的な毒キノコの症状の他に、神経系に作用し躁鬱になったり幻覚を見たりする毒を持つ。毒の含有量が少ないため命を落とすことは少ない。
そんなムスカリアさんだが、“趣味”で商人などから各国の情報を収集している。現在の世界情勢を聞くにはうってつけ、下手をすれば授業よりもためになる話が聞けるのだ。
現在カトラ皇国は南に隣接するミノア帝国・東に隣接するカトマイ共和国の双方と対立状態にある。かれこれこの関係は少なくともここ30年は継続しているようだ。何年かに一度小競り合いが起きていて、少数名の死傷者を出す。バルザの父親がミノア帝国の兵士に殺されたのが最近の衝突だ。
カトラ皇国はいくつかの小さな属国を持つ。中でも目まぐるしく情勢が動いているのが、つい最近滅んでしまった『シンクバトラ王国』と『グリムズヴォトン自治区』だ。
後者の『グリムズヴォトン自治区』は、カトラ皇国の東端、カトマイ共和国との国境に位置し、カトラ皇国の領地で今最も不安定な場所らしい。
グリムズヴォトン自治区の近隣には、十年前に起こったカトラ皇国と当時の“カトマイ連邦”との戦争の爪痕が未だ大きく残っているようだ。
その後も“グリムズヴォトン自治区”ではカトマイ共和国との小競り合いが何度も起き、未だに街の修復と発展には至っていないというのが現状らしい。
「大戦の後、今も続く小競り合い…。何らかの『聖地』があるか、それとも『資源』があるか…はたまた『要所』…、その両方か…。何か『金』が動いていそうですね。」
「あら…ファロイド、そういうことも詳しいのね。グリムズヴォトンには、世界で唯一の、この大陸の中央の湖と外海を結ぶ1本の大きな川があって、そこに大きな港があるのよ。」
「中央の湖と外海を結ぶ川…。」
「そう。このドーナツ状の大陸、『フレグラシア大陸』の中心にある大きな湖『ラーハ湖』と中心にある神聖な『キカイ島』は『どこの国の領土・領海でもない』の。いくつか港はあるのだけれど、外海・内海の両方に繋がる港はグリムズヴォトンともう1つしかないの。特にグリムズヴォトンの港は、外海とを回って外側から通商ができたり、中央の湖を突っ切って内側の町と通商ができたり、貿易において主要な役割を果たすわ。」
なるほど。
ヨーロッパ、特にドイツとフランスにおけるライン川のようなもので、領有権を争っているのかもしれない。グリムズヴォトンと川を挟んで対岸にはカトマイ共和国側の港もあるが、対岸に戦争中の国があるより対岸も制圧した方が戦況は優位に進む。最近カトラ皇国が奪還したのなら、暫く混乱は続くだろうな…。
「『カトマイ共和国』と『ミノア帝国』それから『ラカタ王国』ってどんな国なんです?」
「まずカトラ皇国の次に大きいのが、南に位置する『ミノア帝国』ね。乾燥していて暑い国よ。国土の半分が砂漠で覆われているわ。絶対帝王『エトナ』が治めていて、『帝王エトナ』は実力では世界最強と言われているの。暴君としても名高いのよ?他にも猛者揃いの国家なの。『カトラ皇国』と同程度の軍事力・経済力とされるわ。」
ふむ。エジプトやサウジアラビアみたいなものか。
ピラミッドやスフィンクスがあるかもしれない。
「次に覇権を争っているのが、東に位置する『カトマイ共和国』ね。総統『シベルチ』が治めているわ。軍事国家で情報統制がしっかりしているから謎が多いけれど、こちらも強者が揃っていることは確かね。カトラ皇国やエトナ帝国には兵力で及ばずとも、統率力や軍略は引けを取らないわ。最も、十年前のカトラ皇国との戦争で大分弱体化したようなんだけど…。」
どこかのお髭の独裁者が思い浮かんだ。
きっとイメージ通りなのだろう。
危ないということは確かなようだ。
「カトラ皇国の同盟国は?」
「『ラカタ王国』ね。湖を挟んで対角線上にあるわ。高温多湿な気候で、国土の大部分を密林が占めているの。『サマラス』という王様が治めているわ。ここも謎が多い国ね…。同盟を組んでいるからといって無闇矢鱈に情報は流さないあたり、何か思惑がありそうだけれど…。」
「なるほど…。東の果てにある大きな島…『マザマ島』でしたっけ?そこは?」
「『マザマ王国』こそ最も謎に包まれているわ。殆ど情報がないの。どこの国とも同盟を組まず、不気味に沈黙と鎖国を保っている国よ。」
ふむ、鎖国時代の日本みたいなものか?
どれ程の軍事力なのかはわからないか。
目下の驚異は隣国の『エトナ帝国』と『カトマイ共和国』だな…。俺は中等部を卒業したら一時的に『ラカタ王国』に貸し出されることとなっている。世界情勢は常に最新のモノを頭にいれておく必要があるな。生死に関わる。特に軍事力。
火薬の流通がないため重火器は存在せず、戦車や戦艦、爆撃機などの『近代兵器』は今はないとされるが、各国の『秘密兵器』は気にしておく必要があるだろう。ライト兄弟が世界で最初に有人飛行機を飛ばしたのが1900…1903年だったか?核兵器を積めるような大型爆撃機が大空を飛んだのはわずか40年後だ。
そう、軍事の進歩は戦時下においてはいつだって急速だ。武力の雄とならねば自国民を守れない。生きるために殺す力を磨く。簡単な理由だが強い動機となる。
平和な日本とは違うのだ。
よく意識しなければいけないな…。




