第八十三話:化け物として
孤児院に戻ってきたのは暗くなった後だった。
本来ならば遅刻もいいところで、重い罰も覚悟しなければならないが、ついさっきまで次期皇帝と会談をしていたのだ。当然ながらお咎めは無し。
バルザやルザル、クヴァ、ジャグラー、ソゥには「あの話」を避けて報告した。
「あの話」。……そう、俺は実は人外の、極めて危険な人喰いだった、ということである。
未だに実感が湧かない。
あんな話を聞かされて、ハイそうですか分かりましたと納得できるハズがない。今は普通の人間、というところが尚のことタチ悪い。だって、今は皆に危害が及ばない普通の人間なんだから……。
受け入れなければいけない。
俺の正体は化け物だと。
人から理解されない生き物だと。
でも…皆は受け入れてくれるだろうか。
家族同然の皆に、全てさらけ出して楽になりたい気持ちと、さらけ出すのが怖くて言い出せない気持ち。
受け入れられず居場所が無くなってしまうかもしれない。
きっとここには住んでいられないだろう。
でも…。
「何だファロイド。また変な考え事してるのか?」
「バルザ…。いや、何でもない。まー緊張したよ。」
「それにしても、孤児院に木剣の持ち込みが許可された、ってのは凄いことだな。大変な事じゃないか?」
「そうだね。怖い上級生がもっと怖い存在になるよ…。」
「ごめん、提案したの俺だ。」
「え!?」「「「は!?」」」
「またお前余計なことを…!」
「いやー、帰ってからも素振りくらいしたいなーと思って…。…まぁ言った手前、治安維持は何とか頑張るよ…。」
「頑張るな。お前が頑張ると悪い予感しかしない。」
「ハイ…。」
しょんぼり。
治安維持はとりあえず寮夫に任せることとなった。
でも、陰ながら誓う。
いざという時は、化け物の俺が皆を守らないと。
夕食の時間となる。
…が、食欲はない。二つの意味で。
昼間あれだけ食べたのだ。
既に満腹である。
あんなショックな話の後なのだ。
空腹だったとしても食欲はなかっただろう。
結局、スープを飲んだだけ。
風呂の時間。
……分かっている。今は覚醒していない。
だから俺は無害だ。
分かっている。毒なのは血だ。
血じゃなければ大丈夫。汗なら大丈夫…。
だから湯船に浸かっても大丈夫…。
……だろうか?
大丈夫と分かっていても、どうしても意識してしまう。
あのシンクバトラでの出来事が思い浮かぶ。
この能力がハッタリでないことはよく知っている。
結局、入浴後に何か変調を来した子供はいなかった。
今更だ。もし入浴すら感染経路になるならば、もう孤児院に来て1週間以上、とっくに子供たちは全滅しているだろう。
次覚醒した時は川にでも入ってみようか。
下流の魚は全滅するかな?
夜。
布団に入り、今日の出来事を振り返る。
もし俺に第二の人生があるのなら。
今度こそは、幸せになりたかった。
平凡な人生でいたかった。
普通の家庭。普通の暮らし。
普通の友達。普通の学校生活。
その日の夜は勿論眠れなかった。
どんなに世界が変わろうと、朝は必ずやってくる。
どんなに自分が変わろうと、朝は変わらずやってくる。
夜の大海原に一人放り出されたような心境とは裏腹に、今日も空は明るくなる。
そして、いつもと変わらない声が聞こえた。
「おい!ファロイド!起きろ!朝練行くぞ!」
「はいはい。とっくに起きてるよ。」
徹夜明けの気だるさと、二日目に足を引っ張りまくっている陰鬱な気持ちに対し、こんな俺にも変わらず声をかけてくれるバルザに、少し気持ちが和らぐ。
これから朝練だというのに、安心したのか、途端に眠くなってきた。
「どうした?具合悪いのか?」
心配して顔を覗き込んでくるルザル。
「腹一杯になりすぎて眠れなかったんだよ。」
「ならしょうがないな。じゃあ食後の運動といこう。」
「動けんよー。」
「いいから行くぞ!」
「ハハハ。」
今日もいつもと同じ体術の朝練。
これも近いうちには武器を使った実践訓練となるだろう。だが今は武器はない。「間合い」や「機先」、「受け」「攻め」「避け」の感覚を磨く時。
俺は天才じゃないから、羽が天高く舞い上がるように成長できるわけではない。凡才、いや、非才だからこそ、山を上るように、足を踏み外さないように一歩一歩登る必要がある。焦りは禁物だ。
少なくともここにいるバルザとルザル、そしてジルも自分より格上、更にいえば言えば彼らより武道に秀でた、この国きっての強者たちが集う「Aクラス」や「Bクラス」の子供達もいる。万夫不倒、天下無双の猛者になるには「才能のなさ」も含め全てが遥か彼方にあることは事実だが、それも認めて、せめて最低限は身に付けないとな…。
心が折れそうだ。武道の才能がないなら、才能が無いなりに大人しく他の道を選ぶという意味では、俺の幸せになるのだろうと思う。
まぁ、でも、バルザにあれほど語ったしな…。
今更か。
バシッ!
「痛ぁ!」
「ホラホラ、ボーッとしてると練習にならねぇぜ!」
対峙しているバルザに鳩尾に一発入れられた。おっと…考え事してたらいつの間にか準備体操を終えて組手に入ってたんだっけ…。
「相変わらず雑念の多い奴だ。」
ルザルは呆れ顔。
常日頃から雑念が多く物事に集中できないのは否めない。たまには頭カラッポにするのもいいかもしれない。
「っ!まだまだ!」
雑念は朝練で吹き飛ばしてしまおう。
朝御飯を食べ、今日も変わらない一日が始まる。
校門ではジル達が待っていた。
「よー!ファロイド!」
「おはよ。ジル。昨日は行けなくて悪かったな。」
「リリが怒ってたぜぇ?謝っとけよ?」
「うわぁ…。了解。」
「それで?昨日は何してたのよ?」とセイラ。
「いや、なんか王様に呼び出されたんだよ。」
「王様に??まーたアンタやらかしたの?」
「やらかしてるのはいつもの事だけど、昨日はフツーに話をしただけだよ。」
「ふーん?そう?何か寝不足の顔してるから、また何かやらかして叱られたんだと思ったわ。それとも…ショックなことでもあったのかしら?」
………。
俺が顔に出やすいのもさることながら、やはりセイラは人の心を読むのが上手い。そういう生き方をしてきたからだ。
「気のせいだ。とっとと行くぞ。」
適当にあしらってその場を後にする。
嬉しい反面、それでも、家族といえども…。
俺が教室に入ると、男子・女子共にサッと目を反らす。ワイワイと賑わっていた授業前の教室は一転して不気味な静けさに包まれる。
もう慣れた。
いや、生前からの経験で慣れている。
しかも、俺が嫌われる理由が、この『特殊な能力』と『忌み嫌われる存在』であるからどうしようもない。
ひたすら耐え、この空気に慣れるしかないのだ。
それよりも……バルサやルザル達孤児院仲間と、ジルにセイラ、ピコの家族はどう思っているのだろう。
悔しいと腹をたてている?諦めている?
イジメられっ子と仲がいい人間は、イジメられっ子と同じくくりとして、イジメられっ子と同じ扱いを受けるのは世の常。俺と仲良くするメリットがないのだ。俺と仲良くなければ、もしかしたら光溢れる学園生活を送れたかもしれない。たくさんの友達ができて、沢山の経験と知識を積めたかもしれない。
そこが酷く残念だ。
俺がイジメを受けるのは諦めがつくし、許せたとして、唯一許せない、腹立たしいと思う点がそこだ。
『イジメ』の罪深い理由の一つ。イジメに直接関わっていない人間にも悪影響を与えるところ。
バルサもジルも「気にするな」と言ってくれる。
本当に大丈夫だろうか?
大きく息を吸い込む。そして…
「みんなおはよーう!!!」
渾身の大声で挨拶する。
俺から目を背けていた子供達は皆びっくりして度肝を抜かれている。
まだまだだな。
イジメるからには肝が座ってないといかん。
少し間が空いた後、所々から「うるせーよ。」とボソボソと小言か聞こえる。
そうそう、それでいい。次はビックリするなよ?
真のイジメられっ子なら自分がイジメられている状況を楽しめるようにならないと。まるで他人事のように楽しめるようにならないと。たまにメリハリをつけてイジメる側を楽しめてやらないと。
…まぁ、それができるようになった時点で人格破綻者だ。何かしらの精神疾患を患うだろうし、その心の在り方は一生涯の深い傷になるだろう。その代償は大人になってから症状が出る。社会人なのにマトモな人間関係は作れなくなってしまう。
まぁ昔の俺は、そうでもしないとやっていけなかったのも事実。担任の先生もイジメを黙認し、傍観し、イジメを間接的に助長したのだ。俺の両親も教員だが、助けてはくれなかった。
下の学年には学年には弟もいたし?
笑うしかないのだ。ヘラヘラと。
積もった雪に生き埋めにされようと。プールの水中で頭を押さえつけられ息継ぎできないようにされても。
ヘラヘラと笑って笑顔で家に帰らなければいけないのだから。
…イジメられっ子どもには機会があったら鬼畜アレンジした絶望的な遊びを教えてやろう。王様ゲームとか。缶けりとか。
イジメっ子にとってイジメられっ子は化け物と同じだ。化け物だから皆で迫害するし、化け物だから皆で成敗する。
架空の化け物として生きた幼少期。
本当の化け物として受けた第二の生。
今度も他人事のように楽しむのだ。その状況を。




