第八十二話:世紀を超えて
円卓の間を出ると髪や身体が発していた輝きは消えていた。性別も一瞬で元通り。まぁまだ6歳児の身体なので胸などの変化はないが、不思議な感覚である。
食堂に着くと、真っ白なテーブルクロスが敷かれた縦長楕円形のテーブルの上に、蓋がされた料理が既に置いてあった。どうやらコース料理みたいだな…。俺が遠慮しないよう、俺の分をちゃんと食べられるような配慮かもしれない。
俺の席はお子様用の椅子。一目で分かった。
不恰好だが仕方がない。6歳児ですから?
席に座ると早速前菜の蓋が開けられる。
おおゥ…これは…。
高級チーズにキャビアか……?
思わず喉が鳴る。
いやだって、孤児院でこんな豪華な食事出たことないし?
というか前世でも結婚式くらいじゃないか?
銀行員とかゲーム会社に勤める友人の結婚式は、それはそれは豪華なもんだったなぁ。
マナーとか知らない。
この世界のマナーも知らなければ、下手をすれば前の世界すらマナーなんて全くしらない。あれか?ナイフを右、フォークを左とか?音立てないで食べるとか?
マナー以前に常識レベルだ。
ラキの方をチラッと見る。
『いいから気にせず食べろ!』という思念。
遠慮?ないない。
こういう時、子供の姿って便利よね。
早速前菜に飛び付く。
その後も次々出てくる料理をペロッと平らげた。
歓談の中でいくつか分かったことがあった。
まず、ラキもアイラ夫人も『転生者』だった。
ラキは本名『ラーカギーガル』。
転生前からの本名だ。
出身は第一次世界大戦時のイギリス帝国。
貴族の出にして、戦地の小隊の指揮官。
多くの部下に慕われた優秀な武人だったらしい。
ラキが王様らしくないのはこういう所もあるのかな。
必要以上に偉ぶらず、兄貴分的な存在にすら思える。
アイラ夫人は『指宿 姶良』。
こちらも転生前からの本名である。
昭和元年の、日本は鹿児島の生まれ。
どちらも共通することがある。
それは「死因」。
どちらも戦争により「戦死」しているのだ。
ラキは部下を守るため、囮となって敵軍を引き付け討ち死にし、アイラ夫人は戦時徴用により看護婦として沖縄に渡る途中、乗っていた軍艦が爆撃されて…。
「死ぬときは一瞬」「恐怖は永遠」。
未だに二人は悪夢を見る。
あの日あの時の記憶は心に焼き付き、心を蝕む。
気が狂いそうになるんだとか。
それでも第二の生を、精一杯生きていく。
それが自分が死なせてしまった人への償い…。
………。
俺はラキとアイラ夫人に俺の過ごした21世紀の平和な日本の話をした。戦争は終わり、ドイツも先進国として世界をリードする一員であること。日本も世界有数の豊かな国になったこと。
俺が戦争のない世界を、平和で豊かな世界を生きたこと。
ラキとアイラ夫人は泣いていた。
長いこと身を寄せあって泣いていた。
それは悲しい涙ではない。
安堵の涙だろうか。
その心は、…少しは救われたのだろうか。
招待された奴隷が、会談の場で次期皇帝と王妃を泣かせる。……かなりシュールな光景である。何も事情を知らない城内の人間がこの光景を見れば、俺は不敬罪では済まされないだろう。
幸いにも人払いはしてくれているが。
泣き止んだラキとアイラ夫人は、俺に深く頭を下げた。
とんでもない、俺は何もしていない。
至って平和で平凡な毎日を過ごしていただけだ。平和ボケという名の、生産性のない怠惰な人生を送っていたに過ぎない。
それでも、俺の過去は彼らの望んだ平和な未来。
彼らが望んでも手に入らなかったもの。
改めて、平和の尊さを知ったのだった。
……まぁ、そんな世界は滅んでしまったのだけれど。
地球による天罰で滅んだ後も、まだ人間が戦争を繰り返しているとはお笑いだ。歴史は繰り返されるというが、本当に何も学んでいない。欲望と利権。くだらない思想は、平和を望む人間を巻き込んで不幸へと導く。
…全く、愚かにも程がある。
俺は戦争を知らないけれど、戦争により命を経たれたラキやアイラ夫人には、この世界はどう映っているのだろうか…。
戦争のない世界に育った俺は、戦争の恐ろしさを知らない。
あまりにも「戦争」が漠然としているためか、「戦争モノのゲーム」がありふれたものになってしまっているせいか。
正直、俺は戦争というものが分かっていない。
人間の闘争本能故か。誰かと覇を競い合い、自分に仇成す敵を打ち砕く戦争モノのゲームはストレスの発散になるし、緊張感があって面白いと感じる。
恥ずかしながら、銃や剣を格好良いと思ってしまうし、銃や剣が出てくる漫画やアニメを面白く感じてしまう。
自分を卑下して生きてきたからか、自分は徴兵されてもいいとも思っているし、誰かに迷惑をかけて生きてきた自分が誰かのために戦って死ねるなら、悪くないかとさえ思ってしまう。
これぞ平和ボケというに相応しい。
甘いのだ。
戦争がどれだけ人を不幸にするか知らず。
戦場で死ぬ勇気もないというのに。
重苦しい雰囲気となってしまったため話題を変える。
二人に現代文明の話をした。
二人は当然「ITテクノロジー」なんて言葉を知らない。携帯電話の話をしたときは目を丸くして聞いていた。たった十数センチ、たった数百グラムの「機械」と宇宙にある人工衛星さえあれば、地球の裏側にいる人間とも対話が可能だ。
19世紀の人間であるラキからすれば、まさに魔法。
ラキがこの世界に来て驚いたことは魔法の存在だったようだが、高度なテクノロジーはそれに匹敵するのだろう。
アイラ夫人には洗濯機や掃除機の話をした。
昭和初期の生まれのアイラ夫人の日常は、当然のことながら家事三昧である。中でも洗濯は一番の重労働。洗濯桶の中で叩いて揉んで、洗濯板に擦り付けて汚れを落とすのだ。そしてよーく絞って洗濯物を干す。その手間隙を全て機械が自動でやってくれる上に、洗剤の進歩でシミは殆ど残らない。女性にとってこれほど嬉しいことはない。昔の人間の、なんと逞しいことか。
ラキもアイラ夫人も『電気』の存在は知っていた。
生きてきた時代には既に電灯がある。
だが生憎、二人は科学に精通していない。
どうやって発電するのか、発電させるにはどんな物質が必要なのかを知らなかったのだ。かく言う俺も知らない。琥珀やプラスチックを擦れば静電気を発電させることができるという程度だ。
残念ながらこの世界には琥珀を発掘する技術も、そもそも石油が存在しないためプラスチックという物質も存在しない。
カトラ皇国が有する天然ガスを利用して火力発電、というのは非現実的だ。安定的ではないし、地盤沈下や地下に眠る火山への影響も考えられる。天然ガスの消費によりガス灯など生活にも影響を及ぼすかもしれない。
そもそも戦闘において銃火器の存在すらない文明レベルの世界なのだ。電気の流通など不可能だろう。
ただ、今後、この世界のどこかに石油の埋蔵が発見され、科学者が異世界転生してこの世界にやってきたとしたら、この世界の均衡は大きく崩れるだろうな。
ラキに確認したところ、今のところ化石燃料の発見はなく、硝石、つまり火薬の素となる鉱石とともに調査中なのだそうだ。
話は電気から飛躍して娯楽の話に。
この世界の娯楽と言えば、酒を飲みながらダーツをしたり、トランプゲームをしたり、チェスをしたり、踊り子の踊りを見たり。あとは剣闘士による武術大会の観戦と言ったところだ。他には温泉があるので湯治や岩盤浴、マッサージなどのサービスであったり、農家を中心に行われている祭がこの国、いや、この世界の娯楽となっているとのことだ。
娯楽に溢れた現代からすれば、何と面白味のない世界のことか。しかしそれは先に述べた「電気」あってのこと。電気がない世界の娯楽が限定的であるのは必然である。テレビゲームがあり、パソコンとインターネットがあり、遊園地に行けばジェットコースターのある現代社会とは違うのだ。
では現代社会にもあって、この中世と同レベルのこの世界でも通用して、広まりやすい現代の娯楽は何だろうか…。自分の知識を何とか活かしたいものだけれど…。
考えた結果、ラキに「スポーツ」の話をした。
さらに言えば、俺が話をしたのは野球やサッカーの様に、ルールが決まっている競技ではなく、もっと身体機能を使うシンプルなもの。そう、それは「アスレチック競技」である。日本でも大人気の「SAS○KE」にあるようなアスレチック競技を取り入れるのはどうかとラキに提案したところ、ラキは目を輝かせて聞き、賛同を得ることができた。
せっかく21世紀の現代日本から転生してきたんだ。
俺がラキに伝えられることは限られている。
何かしら役に立ちたい。
手始めは「娯楽」だと思った。
何故なら、娯楽の充実は心の充実に繋がると思うから……。
あっという間に会談の時間は過ぎ、別れの時となった。
もっと色々と話したかったな…。
あまりの衝撃的な告白で、とても異文化交流ができるほど心に余裕がなかった。次回の会談は1か月後。次はもっと建設的な話をしたいし、もっと深く掘り下げた話をしたいものだ。
城を出る。
日は傾き、カトラの窯の中を薄暗く染める。
見上げれば燃えるような美しい夕焼けだ。
見下ろすと夕焼けでオレンジに染まった遥かに続く白い回廊。
これをまた降りるのか…。
正直、気疲れしたのか、もうヘトヘトだ。
『それもトレーニングだ。頑張って降りるんだな。』
『…承知。』
ため息が出る。
「では、またな。ファロイド。今日はいい話を聞かせて貰った。次回も頼む。何か用があったら何時でも手紙を出すといい。手紙は着払いで大丈夫だ。」
「分かりました。もっと精進します。……ラキ殿下。」
「何だ?」
「剣の基礎を学校で納めたら、俺の剣の師になって貰えませんか?」
「…まぁ俺も忙しい身だ。確約はできんが、考えておこう。」
「ありがとうございます。では、また1ヶ月後に。」
そうして、カトラ城を後にした。




