第七十二話:ブランク
土曜日は選択授業である。
平日の決まった時間に確保されていて、週5時間の授業を行える言語学や数学と違い、土曜日は剣術や槍術、弓術や魔術などの、いかにも異世界らしい授業で、基本的には週1時間しかない。
だから他よりも成長というのは実感しにくく、ましてや先週できるようになったことが今週できなくなっている、動きを忘れた、なんてことは容易にあり得ることだ。
先週できたことが今週もできているといいのだけど。
そして懸念は当たることになる。
『剣術』と『槍術』。
懸念していた通り、先週のようにうまく剣を振れない。
何十回と素振りをしてようやくコツをつかむ頃にはヘトヘトになってしまった。普段使わない筋肉を使うため、疲れるのも早いのだと思う。疲れてくるとブレブレの軸がさらにブレ、剣を振るった身体を支えるのに必死といった感じになる。これでも子供用のサイズの木剣。これが何百回、あるいは何千回と難なく振れるようにならないと話にならない。木剣の貸し出しがないから常日頃の鍛練、というワケにはいかないのだけど…。
どうしたものかな…。
『槍術』に関しても同じ。槍術の授業は剣術の後のため、必然的に疲労した状態からのスタートだ。集中力も落ちている。立ち回りの際は更に疲労の影響が顕著に表れる。身体が重い。うーん。ダメだ。もっと体力と筋力が必要だ…。
そう落ち込んでいる横でヒョイヒョイと飛ぶように槍を扱うジル。コイツの体力は無限か!?俺がおかしいのか!?
「いやぁ、だって槍術楽しいじゃん!!」
ジルの言い分だ。
…なるほど。好きこそモノの上手なれ。好きで好きで、疲れていることにも気付かないのかも知れない。
『魔法学』。
今日で二回目だが、適性について分かったことがあった。
魔法は適性とイメージ力が必要となる。
まず魔力を持っているか、いないかの素質。
次に魔力がどんな魔法を使えるかの適性だ。
どうやら俺の魔力は火を着火させ燃焼させる性質は持っていないようだ。さらに言えば空気を冷たくすることもできないようだ。ということは火の魔法と水の魔法は使えないも同じ。
素質がないのだ。
しかし、全く水魔法を扱えないわけではない。
桶に入った水を魔力で少しだけ持ち上げることはできた。自分で水を生成することはできないが、そこにある水(液体)を操作することはできるようである。まだ浮かせるには練習が必要だが。
そして風魔法も不可。自分では風を起こせない。
自分では火、水、風の魔法をゼロから発動できない。
この時点で俺は魔法を学ぶ意味は半分ないようなものだ。
だが恐らく、いや、確実に俺に使える魔法が1つだけある。
『毒』だ。
血が既に致死性の猛毒の俺は毒魔法を使えてもおかしくない。
特性を示す人間が極端に少なく、まだ未知の魔法の1つ。
一歩間違えれば『死』。
何とかそれを習得し、扱えるようになりたい。
セイラは火の魔法に適性を示した。
先生の出した魔法を自分の魔力で増幅させることに成功したのだ。感激して調子に乗っていたセイラだったが、次第に消し方が分からないと焦り、アタフタしているうちに魔力切れとなってヘタリ込んでしまった。
なるほど、扱いが難しいみたいだな…。
一通り授業が終わり、補修の時間。
といっても先生はいない。
ひたすら木剣を振って、剣の重さに身体を慣らす。
怪我をしないように、休憩は適度に取りつつ。
フラフラしないように。ブレないように。
…まったく、こんなに剣を振るうことが大変だなんて、思ったこともなかったな…。腕はパンパン。おそらく軸を支えるためにしっかりと力が入っているのだろうか。腹筋も筋肉が張って痛い。
異世界転生したらソードマスター?
これが現実よ。
俺は輝かしい存在になれなかった。
ついでに言えば才能もなかった。
それから1時間ほど、今日は剣術だけ頑張った。
やはり槍術の練習は後回し。
というか、槍術を練習するほど体力は残ってない。
既にヘロヘロだ。
少し時間は早いが、今日は切り上げるとしよう。
そして、今日のもう1つの予定をクリアしなければ。
……そう。
今日は白髪の胡散臭い浮浪者『ヴォルバタ』との約束の日。
今日こそアイツと話してみたい。
片付けをして校門に向かう。
すると、そこにはバルザ達孤児院の仲間が待っていた。
ジャグラーはいない。
「やっと来たか。待ちくたびれたぞ。」
「バルザ…どうして…。」
「どうしても何も、この前のあの胡散臭いホームレスの所に行く気だろう?ファロイド。」
「…………。」
「聞いたよ。僕も反対させてもらう。危険なのは明確だ。」
「ルザル……。」
「ぼ…ボクも危ないと思う…。何か事件に巻き込まれたら大変だよ…。絶対誘拐とかそういうのだと思う……。」
「ソゥ……。」
「……で、オレたちがここにいる理由は分かるよな?」
「力ずくでも行かせない、とでも言うつもりか?クヴァ。」
「ハッ!その通りだ。オレぁ行かせねぇよ?」
「……心配してくれるのは嬉しいが、大丈夫だよ。きっとアイツは悪い奴じゃない。」
「何故そう言いきれるんだ?僕は納得いかないな。ちゃんと説明してもらおうか。」
んー…、ルザルを納得させるだけの理由、か。
そんなものはない。性善説主義者の俺の勘だ。
騙されやすい俺の勘。全く当てにならない。
だが…。
「理由…そうだな…。『好奇心』、とでも言おうかな。」
「「「はぁ?!」」」
一同絶句。
「いや…、まぁ、なんだ。理由は簡単。刺激的で、ワクワクするからだよ。こういう展開が。」
「お前…!ふざけているのか!こっちはお前のことを心配して…!」
「まぁまぁ。ルザル、落ち着けよ。死なないよ。俺は。あまり詳しいことは分からないし、今は話せないけど、いずれ必ず皆に話すよ。そして俺が知りたいことを知っているかも知れないのが、その『ヴォルバタ』なんだ。」
「お前…!」
「まぁ待てルザル。」
「バルザ…!」
「ファロイド。条件がある。どうしても行くというなら、俺らも連れていけ。」
「え、でもヴォルバタは“一人で来い”って…。」
「近くまで行くだけさ。俺らは見張ってる。」
「バルザ…。」
「さぁ、行こうぜファロイド!あのヤバイおっさんの元へ!」
結局、押しに負けて、1人で来いと言われたのに、4人でヴォルバタの所へ向かうことになってしまった。
俺より足が速いバルザとルザルがいては撒けない。
困ったな…。
いつもの路地より1本奥の裏通りからこっそり近付いた。
家の隙間から覗き見る。
ヴォルバタは道行く人には見向きもされず、家に背を預けて座っていた。相変わらずボロボロの白い服、いや、布を纏っている。寄付集めなのか帽子をひっくり返して前に置いているが誰一人として帽子に小銭を入れる人はいない。
「じゃあファロイド、俺たちはここにいる。気を付けて行ってこいよ。万が一のことがあれば大声で…。」
「はいはい、分かってるよバルザ。」
路地から出てヴォルバタの方へ向かおうとしたとき。
「やァ…坊っちゃん。一人で来てって言ったじゃないですか。それに…おやおや。これはこれは。」
寒気のするようなヴォルバタの声。頬を撫でる冷たい殺気。
瞬時に身を隠すバルザ達。ソゥの声が思わず漏れる。
バレていたか…。
やはりコイツ、只者ではない。
「すみません。どうしても、っていうから手前まで着いて来させました。迷惑でしたか?」
「マァ、別にいいんですけどね…。さて、場所を移しましょうか。立ち話もなんですし。」
場所を移すとバルザたちの目が届かないことになる。
「いや、俺はここで構わないですけど。」
「アタシに聞きたいことがあるんでしょう?それにこんな大勢の前で『僕は不思議な力を持った大量殺人犯なんです!』とでも言うつもりで?」
コイツ…。
「大丈夫。そんなに怖い顔しなさんな。坊っちゃんには危害は加えませんよ。坊っちゃんには。」
そう言ってヴォルバタは路地裏の方に目をやり、先ほどの冷たい殺気を放つ。たった一瞥で、バルザ達は出てこれなくなってしまった。
「やめろ!…アイツらに害はない。」
「『害はない?』。さァて…どうでしょうねェ…。」
「…?」
「場所を移しましょうか。坊っちゃん。」
仕方ない。バルザ達を警戒しつつでは話せないな。
「ヴォルバタ…1ついいですか?」
「何でショウ。」
「俺のことはちゃんと名前で、『ファロイド』って呼んでもらえますか?坊っちゃんってのは、何か腹立ちます。」
「ヘイヘイ。ではこちらへ。ファロイド。」
後を付いていく。
ヴォルバタが会談の場所に選んだのは、路地裏の人気のない位置にある古めかしい喫茶店。この喫茶店は2階にあるのだが、四方をピッタリと高い家に囲まれていて、真昼でない限り常に薄暗い。そんな場所のためか人気はなく、余程この町のことを知っている人間でなければ、わざわざこんな所に珈琲を飲みには来ないだろう。
埃を被った看板にはこう書いてあった。
『喫茶 パンザリナ』。




