第七十話:白髪の浮浪者
バルザと孤児院まで走って帰る。
道中、こんな話をした。
「なぁバルザ。うちの孤児院の院長って見たことあるか?」
「そういえば無いな。」
「学校の校長先生は?」
「それも無いな。噂では孤児院の院長と学校の校長は同じ人らしいぞ。」
ふむ…。どんな人だろうか。
思えばここに来たときから不在続きで会えてもいない。しかも兼任なのだから、さぞ偉い人なのだろう。王宮直属の大臣の天下りとかかも知れないな。しっかりとした規則があり、カリキュラムも組まれているのだ。さぞ有能な人物に違いない。
夕方のカトラは込み合う。
窪地にあるカトラは日が落ちるのが早く、壁面に日が入れば一気に暗くなってしまう。その分、夕方はギリギリまで展開し、陰ったら急いで店じまいをしなければならないのだ。
ただ満員電車のように身動きに苦しむほどではない。
区画整理が上手くできているからだ。
俺たちはその中を縫うように駆けていく。
駆ける、といっても全力ではない。
ぶつかったら危ないし迷惑だから小走り程度だ。
「ファロイド、これ、なかなかの鍛練になるな!」
「だろ?」
例え小走りといえど、人混みの中を走るには緩急を交えて縦横無尽に駆け、飛び出してきた人を反射的に避けなければならない。自然と動体視力が身に付き、体幹の筋肉がつく。
ただ単調にランニングするのとは訳が違う。
朝の東京都心の、渋谷や新宿あたりの駅の通勤ラッシュを早歩きで抜ける感覚に近い。より最短、いや、最適なルートで、上手く人の流れを見極め、隙あらば入り込まなければ、人の波に押し戻されて改札口に辿り着けない。慣れれば大したことはないが、実は通勤ラッシュはかなりの運動となり得るのだ。
通勤ラッシュを抜けている時、集中を高めていることで、普段なら気にもしないし見向きもしないような、特徴的な人が目に留まることもあるだろう。
そしてそれは異世界でも同じ…
「バルザ、ちょっと待った!」
「どうした?」
俺の目に留まったのは一人の青年男性。
見た目30前半といった所だろうか。
ボサボサの茶色混じりの、パーマがかった白髪。
汚ならしい無精髭。
白人のような赤みがかった色白で彫りの深い顔立ち。
ボロボロで乱れた白い衣装。
ビン底メガネ越に光るルビーのような赤い瞳。
ホームレスか何かだろうか。
街角の一角、家と家の隙間に蓙を敷いて座っている。
普段なら気にも留めないのだが、この日は何故か気になった。
相手も俺に気がついた様子。
こちらに対し、オイデオイデと手を招いている。
「お、おい…!行かない方がいいんじゃないか?」
「そんな気がするけど…ごめん、何か気になるから行ってくる!そこにいて!」
「おい、待てよ!」
バルザの静止を聞かずに手招きをする謎のオッサンのもとに歩いて向かう。好奇心、興味本位。児童誘拐など凶悪犯かも知れないというのに、何故か悪い気はしなかった。
「お嬢チャンら~、どうして来ちゃったの?オジサン悪い人かも知れないんだよ~?誘拐とかしちゃうかもだよ?」
「いや、多分アナタはそういう事はしないと思います。」
「ヘェ~…。そりゃまた、どうして?」
「ただの勘ですよ。」
「そうかィ…。なら遠慮なく……。」
「「!?」」
一瞬の殺気に押され、思わず構える。
様子を見ていたバルザが駆け寄ってきて俺の手首を取り逃げようとする。
「…なァんて、嘘だよ。嬢チャン坊っチャン。こんな人目のあるところで、日の出てるうちからそんなことしないって。」
「………。」
頬を伝う冷や汗を拭う。
どこまでが本気だ?
このオッサン、胡散臭さが半端ない。
「ファロイド、逃げよう。コイツはヤバい!」
バルザは撤退すべきとの判断だ。
その判断は正しい。目の前の怪しい男は冗談とは言え本気の殺気を子供に向かって放ってきたのだ。だが気になる。
「冗談は結構です。それより、用件はなんですか?」
「お、君は勇気があるねェ…。こちらの用件というか、用件があるのはキミなんじゃないのかい?君はオジサンのことが気になって仕方がない。違うかな?」
コイツ………。
「おじさん、一体何者です?」
「アタシは単なる浮浪者、ですよ。」
……嘘か、それとも本当か。
話を進めよう。
「名前を伺っても?」
「『ヴォルバタ』ってんですよ。宜しく、嬢チャン。」
「ファロイドです。そして俺は男です。」
「ヘェ~!男!!そりゃたまげたなぁ~!いや、スマンねぇ。それにしても『ファロイド』かぁ…。いーい名前だねェ。」
男が不気味にニヤリと笑う。
……。
「ファロイド!それ以上コイツと関わるな!行くぞ!」
バルザに手を捕まれる。バルザの顔は青ざめ、手には汗を握っていた。俺はそこまで感じないが、感性の強いバルザはこの男の異様な雰囲気に気がつく。それほどまでにこの男は異質で異常なのだ。
「行くぞ!!」
「ま、待てよバルザ、落ち着けって!」
「ククク…。どうやら今日は此処迄。土曜日にこの場所で待ってるよ。今度は一人で来なね。ファロイド君。」
「俺が来るとでも?」
「いやァ、きっと君は来るね。賭けてみようか?」
「何をです?」
「…そうさね…。それじゃ、『命』にしようか。」
背中を猛烈な悪寒が走る。ゾッとした。
コイツ……!
「アッハッハッハ!冗談だよ。坊っちゃん。とにかく怪しいオジサンに話しかけちゃダメってことだァ。また来な!」
……。
何だったんだろうな。あの男は。
バルザに手を引かれ町を走る。
こんなに焦るバルザも初めて見る。
しばらくして立ち止まり…
「馬鹿野郎!だからヤバいって言ったろうが!!」
「ゴメンゴメン。しかし変なヤツだったな…。」
「変なヤツどころじゃねぇよ!分からなかったのか!あの冷たい殺気が!それを躊躇なく子供に向けるような奴だぞ!」
「そりゃそうかも知れないけど…。」
「…いいか。今後一切、アイツと関わるな。」
「いや、それは約束できないかな…。」
「は!?」
「いやだって、変でヤバい奴だったけど、何か俺のこと知ってるような感じだったんだよね…。ホラ、俺の能力見ただろ?アイツ、アレについて何か知っているかも知れないんだ…。」
「……はぁ。まぁそうなったお前は何言っても聞かないんだろうな。」
「大丈夫!俺は死なないし!」
「いや、そういう問題じゃなくて…。まぁいい、それは後でじっくり考えよう。それより、急ぐぞ。門限に間に合わなくなる。」
「はいよっ!」
俺は再びバルザと走り出した。
いつの間にか、日はとっくに落ちている。さっきヴォルバタがいたところを振り返ると、そこには誰もいなかった。
孤児院には遅刻することなく帰宅できた。
といってもかなりギリギリだ。かなり走った。
バルザも俺もヘトヘトだ。
二人揃ってペナルティを受けるわけにはいかない。
帰ってからも頭の中はヴォルバタのことでいっぱいだった。
あのオッサンは何者なのか。
ホームレス?ではないだろうな。
あの不気味な殺気、あの威圧感は只者ではない。
ショタコンの変態か?いや違う。
性的な目線では無かったと思う。
だが、分かったことがある。
恐らく彼は悪い人間ではない。
殆どの人間は関わりたくないと思うのだろう。
飄々としていて明らかに怪しい。
殺気や威圧もハッタリで使ってしまう。
そんな彼に人は恐怖するのだ。
バルザも然り。
だが、何故か悪い人に見えない様な気がした。
全て演技に思えた。
何を考えているか分からない謎のキャラクターを演じ、殺気や威圧を混ぜて俺たちに『危ない大人に近付くな』と警告、いや、教育的指導をした様な気がしたのだ。
道化師?
いや、道化ほど能面ヅラではない。
チラッとジャグラーの方を見る。
コイツも『道化師』の類いだな。
いつもニコニコしている。悪く言えばニヤニヤしている。
その笑顔の裏にどんな感情があるのか分からない。
果たして言葉には感情が籠っているのかいないのか。
何を考えているのかまるで分からないのだ。
だが気付いたらいつの間にかヌルリと心の中に入ってきそうな、そういうよく分からない不気味さや危なさがある。
隙や弱味を見せられないというか…。
根がタチが悪い方は恐らくこっちだろう。
何より気になったのはあの赤い瞳だ。
この世界に転生して2ヶ月に満たないが、それでも多くの人間を見てきたつもりだ。髪の色は茶色、赤、栗色、金と様々で、瞳は茶色か青かグレーが大多数。欧風な顔立ちが多い。
だが、瞳の色が赤、というのは極めて稀だ。
思う限りでは俺と、レイタくらいしかいない。
そして、その二人に共通するのは『謎の白い光を出せること』そして『転生者』。同じ境遇で、同じ能力を有する可能性がないわけではない。
何か手がかりになるかもしれない。
もしかしたら俺のアテが外れて本当に危ない人かもしれない。それでも自分が何者かを知りたいという気持ちには勝てそうにない。バルザには関わるなと言われたけれど、今後もコッソリ関わっていこうと心に決めた。




