第六十九話:朝練
カトラの夜明けは美しい。
だが見とれている場合じゃない。
時間は限られているのだ。一刻も惜しい。
ストレッチをするバルザとルザルに続いて俺も足腰肩肘を伸ばし、軽くダッシュする。
「まずはファロイドは見学。俺とルザルでやる。」
「分かった。」
「はいよ。」
バルザとルザルが向かい合わせになる。
そして組み手の練習。攻め手はバルザ。受け手はルザル。
最初はどちらもスローモーションで、相手の拳や蹴りに対する対処のおさらい。バルザの掛け声で段々速度を早めていく。先日授業で習った、基本中の基本の立ち回りの接続。
相手の間合いを見極め、相手のパンチやキックを時に避け、時に受け流し、時にカウンターを合わせながら対応していく。ゆっくりとした組み手だが、より自然体で、より一つ一つの動作を繋げて流れるように動くことが肝要だ。『こういう攻撃にはこういう動きで対応する』ということを身体で覚えていく。
…上手いもんだな。
ルザルの動きは実に丁寧だ。
一つ一つの対応方法は正に教科書通り。
ルザルも連続した動作になると一瞬硬直する。
次の対応を考えてしまうのだろうか。
攻め手のバルザも上手い。
フェイントは入れないが、マンネリ化しないように変則的にパンチやキックを繰り出している。
動きは徐々に早く。鋭く。
俺もしっかり『見学』する。
動きだけでなく、呼吸のタイミングも。
足の位置も。間合いも。
よく観察する。
「次!ルザル攻め!ファロイド受け!」
「応ッ!」
俺の番だ。気合いは十分。
さぁ!やるぞ!
……まぁ、できないんだよな。
そんなに簡単には真似できない。
行うは難し、というやつだ。
スローで飛んでくるパンチに対応したつもり。
その次にスローで繰り出される蹴りに対応したつもり。
ゆっくりな速度は何とか対応できた。
だが、次第に早く、しかも止めどなく連続で繰り出されると訳が分からなくなる。型を意識していられないのだ。型を意識しなければ組み手の意味はない。防御は出来ても相応に痛い思いをしたり、ロスが出てしまって次の動きに対応できない。上手く受け流してカウンターを合わせる程の余裕はない。
攻撃を避けるのは尚難しい。飛んでくるパンチやキックに集中するあまり足元が疎かになり、棒立ち同然だ。やってみるとなかなか柔軟に立ち回れない。
通常速度では飛んでくるパンチやキックへの恐怖で一瞬硬直し、防御がさらに遅れる。恐怖に支配された脳で次の動きには対応できず、マトモに攻撃を食らってしまう。
難しい……。
「まぁ、慣れればマシになるさ。」
バルザのアドバイスで、俺は当分の間はゆっくりとした組み手を中心に鍛練することとなった。
今度はバルザに対して攻撃。
パンチやキックを繰り出していく。
攻め手も考えるものだ。
パンチにもキックにも正しい殴り方、正しい蹴り方がある。
人を殴ったことも蹴ったこともないが、K-1やボクシングは見たことがある。ゆえに「こんな感じかな?」というのは分かる。イメージしやすいのだ。
一つ一つの動作に柔軟に対応していくバルザ。
打ち出すパンチやキックをを最小限のダメージで受け止め、最低限の動きや間合いで避け、最低限の動きでカウンターを入れてくる。戦闘中もリラックスすることを意識しているのだろう。
うーむ。
上手い…。
攻めているこちらが戸惑ってしまう。
焦りを感じるし、むしろ攻めるのに必死だ。
ここなら、と思ったポイントにも上手く対応している。
攻撃を受けるより疲れる気がする。
「どうしたファロイド!もっとしっかり当ててこい!」
やってるよ!やってるつもり!
どうしても人を殴ることに躊躇いが生まれるのは確かだ。
もちろん本気殴りではない。遊びの範疇だと言えども。
しかし、こんなに技術に差がつくものなのか?
だってまだ6歳だぞ?
劣等感からそう感じるのか?
…いや、違う。
これはバルザやルザルの努力の賜物だろうな…。
バルザと俺の組み手が終わり、少し休憩。
バルザとルザルは俺ほど息は乱れていない。
対して俺は肩で息をして滝のような汗を流している。
本当、この差はなんなんだろうな…。
……。
努力、か。
思えば元の世界でも、6歳で凄い人はいた。
俺が6歳の時に通っていたスケートリンク。
俺はヨチヨチ滑りだったけど、当時2つ上の女の子が、毎晩父親に怒られながら汗を流していた。
子供とは思えない鋭く強靭な滑り。
その子はオリンピックのメダリストになった。
……。
………。
…正直言って、俺には戦いのセンスはない。
…それでも、バルザやルザルに追い付きたい。
努力だ。努力しかない。
鍛練の時は一秒たりとも無駄にせず集中しよう。
頑張ろう…。
それでも、本当は心の底では分かっていた。
努力が苦しく感じる時点で、いや、努力と思っているその時点で、既に才能がないということを。
本当の天才は、『天衣無縫』。
『好きこそモノの上手なれ』という言葉があるように、それこそ遊ぶように、尽きない好奇心のもと、知りたくて仕方がなくて、時間を忘れるほど楽しくて、成長する喜びを感じて跳び跳ねるように成長していく存在だと。
……。
『天衣無縫の天才』になれなくてもいい。
キレイな存在になりたかった。
…でも、俺にはなれそうにない。
…肥溜めの泥沼でいいじゃないか。
…道端で犬に小便かけられる雑草でいいじゃないか。
俺は無能。
ありのままではダメだ。
人一倍の努力を必要とする『敗北の貴公子』。
…それで、天才を蹂躙できたらどんなに幸せか。
そうだ。それを目標に頑張るとしよう。
「まーた、余計なこと考えてるな?」
「あ、やっぱりバルザは分かる?」
「しょーもない事で悩んでる面だ。」
「いつものことだな。」
「ルザルも分かるのか。」
「分かりやすすぎるんだよ。君が。」
どうも俺にはポーカーフェイスは無理らしい。
内心ルザルも心配してくれていたんだろうな…。
「さて、次、やるぞ!」
「分かった。」
「オッケー!」
その後2セットくらいして、そろそろ朝の鐘が鳴る頃だ。
上級生を刺激しないよう、そっと部屋に戻った。
その後、いつものように整容して、掃除して、ランキングして、朝飯を食べたのだが、凄く眠い。やっぱり結構な体力を持ってかれるなぁ…。
馬車は爆睡だった。
その馬車にて。
「フフッ…。寝ちゃったみたいだね。やっぱり、ファロイドくんはこうでなくっちゃ。」
「起こすなよソゥ。コイツはこれくらいで調度いい。」
「ハイハイ。」
「…フフフ…。本当に分かりやすい御方ですねぇ…。ファロイドより先に寝たクヴァと同じくらい単純明快です。」
「まぁ、だからこそ安心感があるんだろうな。」
「そうだね。ファロイドくんに人を騙したり嫌なことしたりとか悪いことはできなさそうだもんね。」
「安心感、か…。まぁ一緒にいて疲れるけど、そういう所は楽ではあるな。気を遣わなくていいというか。」
そんな会話があったことは露知れず。
爆睡したまま、いつの間にか学校に着いていたのだった。
今日もいつもと同じ教科というのはメリハリがない。
月~金は教科固定・時間固定というのは分かりやすいし集中的に学べるがどうもマンネリ化してしまいがちだ。
一言で言うと飽きやすい。
元々飽きやすい俺には苦痛に感じるほどだ。
でも大事なことだから集中して学ぶ。
今日も言語学を集中的に。
というかやはりこの世界の子供達は基本マジメだ。
学ぶことの大切さと貴重さを知っている。
誰もが平等に、誰もが当然に学べる世界でないことは、この世界の子供達は分かっているのだ。学びたくても学べない子供がいる。しかも身近に。
ジルもその一人だ。
性格上、授業中は爆睡するキャラだと思っていたが、意外にも居眠りすることなくマジメに取り組んでいる。今朝も早くから水汲みや家の手伝いで疲れているだろうに…。元ストリートチルドレンだけあって、学べることの幸せを知っているんだろうな。
セイラを見ると爆睡していた。コイツ…!
前言撤回。人によるかも知れない。
ピコは優等生で、先生によく質問する。
ピコのことだ。何か目標ができたのだろう。
武術の授業はいつも以上に熱が入る。
朝練の感覚のお浚いだ。
朝やったことの修正。
多少だが、周りより動けている気がする。
いやいや、そんな矮小な優越感を持つな。
もっと上を目指さないと。
今日もあっという間に一日が終わった。
基本的に、子供の一日は長いと言われる。
医学的にもそれは認識されているようだ。
俺も年を取るにつれて1日が早く感じるようになった。
子供の状態でこんなに猛烈なスピードで1日が過ぎていくように感じるのは、それほど充実した毎日を過ごしていると考えてもいいだろう。少なくとも前世よりは濃密な人生だと思う。
今日の帰りはバルザと走って帰ることにした。
昨日の約束。一人で無理しない。頑張らない。
一緒に強くなろうと言ったのはバルザだ。
とことん付き合ってもらおう。
俺たちは少し余裕を持って学校を出た。




