第六十八話:ラキからの手紙
孤児院に着いた頃には門限の18時を回っていたが、ルザルたちが寮夫に事情を話してくれたようだ。怒られることもペナルティを受けることもなかった。
バルザと少し遅めの夕食を食べる。
夕食を食べたら風呂。
孤児院の風呂は石造りの大きな風呂だ。
男湯、女湯と2つあり、時間毎で入る学年が決まっている。
風呂掃除は10歳以上の生徒が行うが、この広さは大変である。湯は天然温泉で、赤銅色でほんのり鉄の臭いがする。美容と健康によく、広いカトラ皇国の至る所から湯治を目的としてこの町に来る人も多いようだ。
あまり行かないが、東側の工業地帯の近くに温泉街がある。
風呂好きな日本人として温泉の存在はありがたい。
前世もスーパー銭湯に月1で行って疲れを取ってたっけ…。朝から並んで夜22時までスーパー銭湯で風呂入ったり岩盤浴したり、マッサージチェアでくつろぐのが好きだった。
まぁこの世界にマッサージチェアはないけれど。
今日は遅めに夕食を食べた関係で風呂もいつもより遅く、他の学年の子と入ることになった。皆、俺をガン見である。
どっからどう見ても女、膝まである金髪、華奢な体型の子供の下腹部にアレが着いているのだ。
そりゃ誰だってぎょっとする。
至るところから白い目と俺の話題。
俺は慣れているが、行動を共にするバルザは可哀想だ。
少し申し訳ない気持ちになる。
そして、俺の気持ちが分からないバルザではない。
バルザの表情を見るとこっちまで複雑な気持ちになる。
虐められる事にも白い目をされることにも慣れている。
昔は腹が立ったし、寂しかったし、悔しかったし、悲しかった。
今や虐められる事に何の感情も湧かない。
だが家族に影響あるなら別だ。
久々に虐められる事に怒りの感情が沸いた。
握る拳に力が入る。
「やめとけ。ファロイド。余計な事が増えるだけだ。」
「バルザ…すまない。俺のせいで…。」
「気にするな。俺も気にしていない。」
「く…。」
力があれば、黙らせることができるだろうか。
誰にも負けない力と技を身に付ければ。
不良のような問答無用の暴力を手に入れれば。
ひと睨みしただけで、あの不快な目線とあの減らず口を無くせるようになるだろうか。
……いや、なれまい。
俺はそんな自他共に非情な強さは手に入れられない。どんなに技を磨き、力が強くなってもそれは変わらないだろう。
いつもお気楽で、おちゃらけて。
そういう性分だ。
……。
…………。
風呂の時間はとても不快だった。
自習時間。いつもより短い。
今日はこれを学んだのか。バルザとソゥから借りたノートを自分のノートにしっかり書き写す。教科書の持ち出しが禁止されている以上、ここでの書き写しが何より重要となる。
……が、ダメだ。風呂での出来事や朝のバルザとのやり取りが頭から離れず全然集中できない。
とりあえず見本だけ書き写して…と。
ここで、先生が俺宛の手紙を持ってきた。
やけに豪華な封筒。やけに達筆な文字。
ひと目で分かった。皇太子のラキだ。
フ…ァ…ロ…イ…ド?
これが俺の名前のカトラ文字か。
そういえばマトモに自分の名すら書いたことなかったな。
内容は…もちろん読めない。
ソゥに頼んで、大体でいいから読んでもらう。
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親愛なる、我が友、ファロイド。
この度は会食の誘いである。
次の日曜日の朝10時、城門にて待つ。
使いを置いておくから、この手紙を持って来てくれ。
以上。ラキより。
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短っ!
それだけ?!
断るっていう選択肢ないやんけ!
まぁ皇太子様のお誘いなら断れないけど。
「すごい!ファロイドくん!王様直々の招待状だよ!」
「ソゥ…。嬉しいけど、何の用だろうね。何かお叱りのような嫌な予感が…。それに…社会奉仕の時間と重なるな…。」
「それは何とかなるんじゃないか?王様の召集だぞ?」
「ルザルの言うとおりだな。要件は…」
バルザと俺は分かっている。
十中八九、覚醒体で実験したお叱りだろう。
はぁ~。また悩みのタネが…。
まぁ自業自得だ。仕方ない。
今週の日曜日は心して待つとしよう。
あー、しかし、何て月曜日だ…。
自習時間を終えて、瞑想の時間。
瞑想は机が一直線に並んでいる廊下の壁を背に立って行う。
直立不動で静かに瞑想をするなら何をしてもいい。
神に祈りを捧げる者。
精神を落ち着ける者。
組み手のイメージを振り返り脳に焼き付ける者。
今日一日を振り返る者。
様々だ。
今日…今日は本当に色々なことがあったな…。
トータルで見れば嫌な思い出の多い日だった…。
……。
いけないいけない。病みそうだ。
こういう時はいいことを思い浮かべるに限る。
俺は今日は瞑想の時間を使って屋根から屋根へ駆け抜けた時のことを思い返すことにした。
あの感覚を思い返すとゾクゾクする。
本当に猫のように跳ね、鳥のように空を飛んでいた。
それはそれは夢心地。またいつか跳びたいなぁ。
瞑想の時間はあっという間に終わった。
着替えてベッドメイクして就寝。おやすみなさい。
……まぁ寝られるわけがない。
今朝のバルザとの喧嘩のことだ。
スッキリしたけど、やはり心には残る。
結局、武道の才能がない俺が、戦いに向いてない俺が、自分に無理なく、他人に心配をかけず強くなるにはどうしたらいいだろうか。
どんな努力をして、どんな工夫をすれば。
何を練習して、何を努力すれば。
どうすれば、せめて人並みに強くなれるのだろう。
それはきっと、いきなりやってもダメなんだ。
自分もボロボロになるし、周りに心配をかけてしまう。
皆に頼られたいとは最早思わない…。
…いや、心の底では頼られたいと思っていて、だから俺は頑張ろうとしているのか…?期待に背かぬよう、期待以上の成果を上げようとして頑張っているのか…?
でもそれの何が悪いんだ…?心配をかけること…?
ダメだ。分からない。
気付くと皆の寝息が聞こえる。
結局寝付くのは俺が最後か……。
考えても分からないなら、考えない方がいい、か…。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
誰かに揺すられて目を覚ます。
いつの間にか辺りは少し明るい。
ん、朝か?それにしては早いような…。
「ファロイド、起きろ。修練に行かないか?」
「バルザ?修練って…どこへ?」
「いいから。着替えて降りてこいよ。」
言われるがままに着替えてベッドをそっと降りる。
起きているのはバルザとルザルと俺だけだ。
「……なんだ。嬉しそうだな。ファロイド。」
「あ、やっぱ分かる…?」
「お前が分かりやす過ぎるんだ。」
三人で廊下へ出る。
「…えっと、これは規則違反じゃないの…?」
「問題ない。朝4時から6時までは自由時間になってる。」
「なるほど…。って、ルザル、上の階は上級生が…。」
屋上は上級生のナワバリ。
ソゥ曰く、入り口に不良が中腰で座っているらしい。
入ったら…あとはお察しだ。
「それも問題ない。」
「…どういうこと?」
「僕たちは規則に守られている。下級生への暴力は寮夫が黙っちゃいないさ。」
「そんなもんかなぁ…。」
ルザルの話は理にかなっているが、そもそも不良自体が理不尽な存在なのだ。規則?そんなことは関係ない、単に不良が朝弱いだけだろう。
まぁ、でも大丈夫か。万が一絡まれても俺らは子供だし。同僚の小学1年生を大人げなくボコボコにする中学生はいないと信じたい。
階段には…誰もいないな。
上級生の廊下はまだ暗い。
寝ているのだろうか?
誰もいないと分かっていても、規則があるから堂々としていいと分かっていても、それでも忍び込むように、足音や気配に気を遣いながら、そーっと登っていく。さすがのルザルやバルザも大手を振って階段を登ることはしない。
上級生を起こさないように。
刺激を与えぬように。
先頭をいくルザルの手で屋上の扉が開かれた。
屋上には…誰もいない。走り回れるほどの広さはないが、それでも教室2部屋分の敷地面積はあるだろう。約半分は雨水を貯める水槽になっている。
見上げれば、オレンジ色の空。
まだ日が登っておらず、窪地にあるカトラの市街地はまだ暗い。
光と闇のコントラストが実に美しい。
「さて、見とれてる時間はないぞ。」
そうだった。俺は鍛練に来たんだった。
バルザに発破をかけられて、俺も準備運動に取りかかる。




