第六十七話:見も心も少し軽く
殴りあいの喧嘩して仲直りした俺達は、とてもそんな気分ではないのだが、それでも学校にいかなければならない。
だが俺は身体を起こそうにも起こせないでいた。
全身打撲。身体中が痛い。
起き上がろうにも足にキてて立ち上がれない。
ヤバい…。
「ホラよ。」
バルザが俺に手を差し伸べてくれた。
ありがたいな。
「これで喧嘩は俺の勝ちだな。」
ああ、お前の勝ちでいい。
俺の完敗だ。
身も、心も。お前には勝てないよ…。
バルザの手を取った…。
その時、急に全身が脈動したような感覚に陥った。バルザの手を離し、思わずその場に踞る。
心臓の鼓動が大きく聞こえる…。
「おい、ファロイド…どうし…。」
バルザが俺の方を見て驚いている。
おっ、これは…久々の…。
パアッと髪がレモンイエローに光って薄暗い広場を淡く照らした。瞳が輝いて踞った先の地面を灯す。
既にボコボコに腫れた顔はキレイサッパリ元通り。
『覚醒』か。
思えばカトラ皇国に来てから初めての覚醒だ。
「驚かなくていいよ。バルザ。これがさっき俺が言った能力だ。…あ、そうだ。ちょっとごめん。」
立ち上がってバルザの顔に手をかざし、白い光を放つ。
俺のパンチを受けて腫れた頬も切れた唇も、みるみるうちに治っていく。それから全身。一応、バルザの拳には俺の血がついてるしな…。はい、元通り。ツルツルの肌だ。
「すげぇな。まさに魔法だ。」
「いや、なんか魔法じゃなくて呪いの類いっぽいんだけどね…。よし、解毒も完了。」
「それが言ってた『不死』なのか…?」
「いや、それ以外にも色々ありそうだけどね。…それに何だか今ならできそうな気がするんだ……。」
「は?何をー」
言う前にバルザをお姫様抱っこし、大きく息を吸い、丹田で練って、息を吐くと共に足に魔力を集中させるイメージを浮かべる。そしてジャンプ!
地面から勢いよく飛び上がり、三階建ての屋根の上に余裕の着地。やっぱりだ。
バルザは目を丸くしている。
「じゃあしっかりしがみついててよ!」
「…え、ちょっと待てぇえええ!!!」
右足、左足…
跳躍の瞬間には魔力を足の土踏まずから爪先へ…。
着地の時は膝へ…。踏ん張るときは股へ…。
股から脹ら脛へ…。
右へ…左へ…。
屋根の上を、家を跳び越え飛び降り跳び上がり、獣のように超スピードで駆けていく。
そのスピードは全速で馬を駆っても出せない速度だ。
少なくとも60km/hは出ているだろう。
目に映る景色が飛ぶように流れていく。
通りはジャンプで飛び越える。
気分はスケールの大きい走り幅跳び。
ひとっ飛びで軽く10m。
力を込めれば20mくらいは跳躍できる。
バルザを抱く重みも大して気にならない。
思った通りだ。
やはり魔力による身体能力の向上は可能だ。
だが『普通の人間』にはこれほどの跳躍は無理だろう。
かなり疲労がキツイ。
1回の跳躍に大量の魔力を持っていかれる感じがする。
それを連続して行い、駆けているのだ。
以前試して昏倒した理由はこれだろう。
コスパが悪いのだ。
そして超人的な跳躍は肉体への負担が大きい。
生身の人間ではあり得ない動きなのだ。
物理法則すら侵しうる不可能な跳躍。
普通の人間では筋が切れ骨が砕けるだろう。
全てはこの『覚醒』した身体のおかげと考えられる。
だけど…いやしかし、楽しいな!
まるで猫のよう。まるで鳥のよう。
身も心も非常に軽やかだ。
イヤッホォオオ!!!
「止まれぇえええ!!」
バルザにはお構い無し。
そして最後の大ジャーンプ!!!
ビル5階の高さに相当する学校の校門…の屋根に見事着地である。
素晴らしい。
最高に爽快だ。
ドロドロした心がふっ飛んだ。
「ふざけんなバカ野郎!!降りろ!!」
バルザはカンカンだ。
はいはい。降りますか。
シュタッ!グキッ!
目がチカチカするほどの激痛に暫し悶絶。
ビル5階から飛び降りればさすがに骨折するか。
しかし覚醒状態の俺は超速再生により一瞬で完治。
痛みは残るが、軽やかに動く。
辺りを見回す。
この俺の超人的な跳躍力の目撃者はいないようだ。
残念なような、ラッキーなような。
時間は…おっと、もう1限目終わるところじゃないか。
でも2限目は間に合うだろう。
ダッシュだ。足に力を込めて…GO!!
……?
あれ?何も起きな…
突如視界が歪み、崩れ落ちる。
あれ…ヤバ…調子乗りすぎた…。
髪の毛の輝きは無くなった所を見ると、覚醒終了。
いつもの猛烈な眠気が襲ってきた。
このままでは…せめてバルザに…
「バルザ…遅れた理由は…具合悪くなった俺を介抱したとでも言ってくれ…くれぐれも…この能力は…」
「お、おい!ファロイド!しっかりしろ!!」
「後頼むわ…」
そして俺の意識が途切れた。
次に目を覚ますと、そこはベッドの上。
差し込む西日からして、もう夕方か。
結局ほぼ半日寝込んでしまったか。
覚醒した時間が短かった分、反動も短かったのだろう。
ここは…孤児院じゃないな。医務室か。
「今ごろ気付いたかよ。」
隣でバルザが座っていた。
「あ……バルザ……おはよう?」
「おはよう、じゃねぇ!!!バカかお前は!!」
痛い!叩かれた!
「いやー、実験失敗。ダメだったかぁ。」
「お前…意外と後先考えないタイプだったか。」
「いや?ソンナコトナイヨ?」
「はぁ~。まぁいい。それよりコレ、今日の二限目からの授業のノートだ。」
「ん、ありがとう。俺の考えた言い訳は通じた?」
「まぁ何とかな…。ルザルたちには気付かれたが。」
「そっか…。」
そうか、皆、分かってたか。
後で謝らないといけないな。
「それよりすぐにファロイド、もう帰らないとヤバいぞ。ホームの門限に間に合わなくなる。起きれるか?」
「ああ、平気。行こう。」
立ち上がると若干よろけた。
それをバルザがとっさに支える。うーん、イケメン。
バルザって顔立ちはかなりのイケメンだ。
成長したらかなりの美青年になるだろう。
その上に「心」もイケメンとは。
うーむ、俺では辿り着けない境地だ。
最も、今の俺も『美少女』風の『男の子』なんだけど。
膝まで伸びる金髪。華奢な体格。
角のないツルっとした顔。大きくて赤い瞳。
まぁ見た目完全に女子ですよね。男子にモテそうだ。
そんな俺がイケメンに支えられてるのは絵になるな、と、医務室の姿見に映る俺らを見て思うのだった。
と、その時。
バァーンと医務室の扉が開く。
「ファロイド!!大丈夫か!!!来てやったぜ!!……あ、いや、その…そういう…」
「違う!違うんだジル!誤解だよ!!」
「いや明らかいい雰囲気だったぞ!!」
「何で男同士でそうなるんだバカ!!!」
「お前見た目ほぼ女じゃねぇかよ!!!」
「…おい、二人とも、医務室では静かに。」
「バルザも何とか言ってくれ!」
「ハハハ。まぁ元気になったようで何よりだ。」
「…ジルも、来てくれてありがとな。心配させてごめん。」
「…ま~、最近のお前、何か変だったしな。お前の事だから、また何か変なこと考えてんだろ、って感じだったけど。お前らしくはなかったぜ。」
「なるほどね…。でも大丈夫。サンキューな。」
「いいってことよ。俺達は『家族』だからな。」
ジルも…俺を家族と思ってくれている。
出来の悪い年長者ですまない。
見本になれなくて申し訳ない。
でも、それでも家族と思ってくれていることが、涙が出るほど、本当に、本当に俺は嬉しいよ…。
「さて、帰るぞ。本当に大丈夫か?」
「平気平気!走って帰ろうか!?」
「「やめなさい。」」
ジルとバルザの息の合った一言。
馬車で帰ることになった。
ジルにセイラとピコに宜しく伝えるように言って別れる。
この時間に馬車で帰るのは初めてだな…。
夕方のカトラ皇国。
窪地にあるため日の入りの時間が早く、オレンジ色の空とは対照的に街中は既に薄暗い。日光は既に地面の中だ。
ガスを燃料とした街灯。
それに登り、ロウソクで火を灯す商人たち。
家々の灯りも徐々に点いていく。
松明を灯す飲み屋の店員。
店じまいをする八百屋のおっちゃん。
帰宅途中のガタイのいい兵士らしき大男。
それを勧誘する美人のねーちゃん。
……。
「飽きないだろ。カトラって。」
「そうだな…。俺がいた元の世界とは全然違う…。違うけど、どこか似ているというか。」
「元の世界?」
「いいや、こちらの話さ。気にするな。」
「お前…まだ俺に秘密あるのか。」
「話したって仕方のないことだよ。」
「まぁいいさ。話したくないなら聞かねぇよ。」
「じゃあ今は秘密ってことで。」
「今は、って何だよ。勿体振るな。」
「ハハハ。」
馬車は夕暮れのカトラを駆けていく……。




