第六十六話:バルザ
俺の右拳がバルザにめり込み、宙を舞う。
「な…に…?」
◇◇◇◇◇
バルザは何が起きたか理解できない。
俺との距離は約5m。
一瞬で?
いや、一歩で距離を詰められた?
「クッ…」
反撃しようとしても視界が波打ち、回る。
くそ…頭をやられたか…!
地面に沈んだ。
起き上がれない。
足が、腕がガクガクして力が入らない。
一発で?俺が?
見上げれば涙で目が真っ赤に充血し、ボコボコに腫れ上がった頬っぺた、切れて腫れた唇のファロイド。
「クッ…そ」
「ハァッ!ハァッ!これで…どう!?」
「くっ…調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
叫び、勢いよく立ち上がる。
立ち上がってすぐ、右ストレートを振り抜き、俺を見下げているファロイドを再びぶっ飛ばす。
だが…立ち上がる。
さっきまでフラフラで、情けなさと悔しさで心が折れて立てもしなかったヤツが?
立ち上がって…向かってくる。
コイツ…意外と骨あるじゃん…。
「さぁ来い!俺はお前を認めてねぇぞ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
…無我夢中だった。
でも、追い付いた。
やっと一発、入れられた。
バルザ…。
お前に見捨てられたくない。
お前には…負けられない!
「おおおおお!!!」
殴られるけど、痛いけど、怖いけど。
それが何だ。
バルザに捨てられるよりマシだ。
殴り慣れてないならタックルして投げればいい。
殴るのが怖いなら蹴ればいい。
相手が俺を殴ってきたんだ。俺も殴っていいはずだ。
俺も全力で殴る。
殴るのが怖い。それはきっと同じだ。
相手も怖い思いをして殴ってるんだ。
俺だけ怖くて逃げ出すのは本当の負け犬だ。
バルザに失礼だ。
殴って。
ぶっ飛ばされて。
殴られて。
ぶっ飛ばして。
蹴って。
蹴り飛ばされて。
投げて。
投げられて…。
また殴って……。
何度繰り返しただろう。
最後はカウンターで同時KO。
俺もバルザも大の字で倒れていた。
馬車を飛び降りてからどれくらい時間が経っただろう。
遅刻は確実。
あーあ、真面目だけが取り柄だったんだけどなぁ。
「お前、ひょっとして今、学校のこと考えたろ。」
「え!?何で分かった?」
「分かるさ。こんだけ殴りあってればな。」
「そう…そんなもんかなぁ。」
「スッキリしたろ?」
「それも分かるの?」
「ああ。今のお前、スッキリした面してるぜ。」
そっか…。
バルザは分かってたんだ…。
なのに俺は…。
「なのに俺は心配かけてとか余計なこと考えたろ。」
「え、それも!?」
「お前、分かりやすすぎ。ちょっとはポーカーフェイス覚えないと、それこそ戦闘には向いてねぇぜ。…まぁ、個人的には分かりやすくて嫌いじゃないけどな。」
「えぇ~!それってモロバレってことじゃん!」
「ハハハ。」
自然と笑みが出てきた。
腫れた顔が引きつって今ごろ痛い。
でも、なんかスッキリしたな…。
結局、俺は俺なりに焦って、頑張ろうとして。
身の丈に合わないことやろうとして。
自滅して。
バルザは言わないけど、きっとヘトヘトになっていつも孤児院に帰る俺を見て、バルザたちは酷く心配したんだ。何かいつも考え事してる俺を見て、ついには唯一リラックスしてる馬車すら飛び降りた時に、バルザはこのままじゃヤバいって思ったんだって。
それでバルザも馬車を飛び降りた、と。
……本当、バルザには敵わないな。
これじゃどっちが子供か分からない。
全ては俺を思っての行動。
授業をサボることも厭わず。
リスクも承知で。
…バルザには感謝しかない。
そして、自分を深く恥じた。
「…バルザ。心配させてごめん。」
「全くだ。バカ。」
「…俺、焦ってたみたい…。」
「…。」
「…これからも、宜しくね?」
「あー、ハイハイ。ったく…。」
バルザに見捨てられたくない。
その気持ちは今も同じだ。
バルザは、いや、孤児院の仲間も、ジルたちも、俺にとってはかけがえのない存在。失いたくない。
でもそれはバルザも同じだった。
俺のことをかけがえのない存在と認めてくれているからこそ、こうやって俺を止めてくれた。
ああ、恵まれてるな…俺…。
ふと、バルザが口を開いた。
「お前、何で強くなりたいんだ?」
「…それは……。」
言うか?言ってどうなる?
だが、ここまでの迷惑と心配をかけたのだ。
今更隠すことはできない。
俺はバルザに、俺の秘密について少しだけ話した。
不確定な不死の能力、そして致死の毒血。
期待されている役割は『殲滅兵器』であると。
……暫しの沈黙。そして
「そうか…。でもな。やめとけ。お前にゃ荷が重い。」
「なんでそう思うんだよ。」
「人に弱いところ見られて、心配かけるようなヤツが道具みたいになれるわけねーだろ。」
「………。」
そうかも知れない。
「俺と喧嘩してどうだった?最初ヘナチョコなパンチでしか殴れなかったろ。あんなに優しいパンチを打つヤツが、『殲滅兵器』なんて立派なことできると思うか?」
「………。」
そうかも知れない。
「向いてねぇよ。お前には。戦いすら向いてない。」
「………。」
そうかも知れない。
「…いいかファロイド。お前がどういう生き方をしたいかお前の勝手、と言いたいところだけどな。そうはいかねぇんだ。親も身寄りもない俺達は家族みたいなモノなんだから…。」
「………!」
「孤児院は家で、俺たち6人は家族だと、俺は思ってる。だから家族を心配させるようなことだけはするな。」
「…………。」
「そして、死ぬな。」
「………。」
「中途半端に強くて、誰にも頼らず強くなろうとしていて、結局敵に対しても甘いお前みたいなヤツが一番早死にするんだ。だから、しっかり、ちゃんと強くなろうぜ。俺と。俺たちと。」
「………ああ。」
俺は…本当にダメなヤツだな。
自分が情けなくて。
自分に腹が立って。
悔しくて。
その一言に安心して。
……本当に、どっちが子供か分からないや…。
そうだな…。
確かにこれじゃ、『兵器』なんて俺には無理だ…。
その後、バルザは自分のことについて語ってくれた。
バルザは幼少気に母親を無くし、父親に育てられた。
カトラ皇国の南にあるミノア帝国との国境、つまり山岳でバルザと共に暮らしていたのだが、ある日のこと、誰が放ったか分からない一本の矢がカトラ軍の兵士に当たり、報復という形で軍事衝突が起きた。バルザの父親は前線に立たされ、懸命に戦ったが致命傷を負い撤退、何とか激戦地から逃げるも、バルザの目の前で追っ手の放った矢で殺された。
父親はそれはそれは優しい人だったらしい。
でも努力は怠らない人だったようだ。
いつもボロボロになって帰って来たという。
バルザは、父親が決して強くなかったことを知っていた。
それで結局、前線に立たされて…。
その姿から学ばないバルザではない。
強くなろうとした。
強くあろうとした。
率いる力を持とうとした。
………。
バルザの目には、俺の姿が父親と重なったのかもしれない。
黙っていられなかったのだろう。
………。
俺はバルザのように心が強くない。
喧嘩も強くない。
殴る勇気もない。
………。
それでも俺は…。
「…バルザ。それでも俺は、強くなりたいと思う。」
「…そうか。なら俺も付き合おう。」
「ん、ありがとう…。」
「死ぬなよ。」
「お互いに。」
こうして、俺とバルザには絆ができたと思う。
少なくとも俺はバルザを家族だと思うようになった。
俺の方が年上だけど、バルザを兄のように慕いたいと思う。
本当は「バルザ兄ちゃん」って呼びたいところだ。
凄く呼びたい。でもプライドが邪魔をして呼べそうにない。
ジルとかに見られたらドン引きされるだろうし。
………。フフッ。
心なしか笑いが出る。
これはどんな笑いだろうか。
あー、なんか疲れたな…。
何て一日の始まりだ……。




