第六十四話:差と焦り
あれから1時間かかって、2往復。
述べ約8リットルの水を運んだ。
ジルと合わせて約15リットル。
ジグのも合わせれば相当な量だが、それでも一家6人が暮らすとなると一日分でしかない。
井戸までは往復で2kmの道のり。
ジルはこれを毎朝述べ5往復、つまり10km重い水桶を担いで歩き、そこから登校するのだ。
朝はソゥに起こしてもらって、掃除して、軽くランニングで流して優雅な朝食を食べる孤児院暮らしの俺とは大違いである。道すがらお互いの生活についてジルと話したが「孤児院暮らしの方が楽でいいかもな」なんて言っていた。
それでも、家族と一緒に過ごせるのはかけがえの無いものらしく、替わるのは嫌だそうだ。
水を運び終わったら、一息ついて畑の土いじりである。今はまだ引っ越しして数日ということもあり、だいたい家の敷地面積ほどの広さがある畑の大部分は荒廃しているが、いずれ野菜を育てて生活の足しにしたいそうだ。
鍬を手に取り畑を耕すのが次の俺の最後の奉仕活動。まだ土は固いので、思い切り鍬を振り下ろし、鍬を差し込み土を掘り返す事から始まる。6歳児にとってはかなりの重労働だ。若さもあり腰が痛くならないのはせめてもの救い。ジルと共に、ただひたすら、淡々と地面を掘り返していく。
鍬を振りかざして、振り下ろして。
土を持ち上げて。また振りかざして。
ザクッ。ザクッ。ザクッ…。
二人がかりで1時間かかってほぼ耕し終わった。
疲労困憊。ヘトヘトだ。
立つと足がガクガクする。
…さて、俺は孤児院に帰らなければならない。
いかなる状態であれ。
今日は日曜日。町中に出ている馬車は運休。
馬車もタダではない。それに乗る金もない。
足がガクガクだろうと、ヘトヘトだろうと、歩いて帰らなければならないのである。時間も限られている。休めば休むほど走ふことになるため、長々と休憩しているわけにはいかない。
全然遊べなかったな…。
あわよくばジグに稽古つけてもらいたかったけど、とてもそんな時間はなかった。何とかしたいもんだな…。午前中の地域貢献清掃サボりたいくらいだ…。
少し物足りないし、寂しいが皆とお別れだ。
「じゃ、また来週奉仕に来るよ。リリ、レイタ、また来週な。セイラとピコとジルはまた明日。」
「むぅー。全然遊ぶ時間ないじゃんー。」
とぶーたれるリリ。
『土産宜しく!』
とレイタ。腹パンが足りなかったかな。
ジグに奉仕活動の証明のサインをもらい帰路につく。
時刻は4時半。日が長く、まだ明るいとは言え、孤児院の門限6時に間に合わなければならない。あの峠道の下りで走るのは危ないから、なるべく窪地の外壁までの間は走って時間の余裕を作る。魔力による加速とか試している場合ではない。目標はバテずに孤児院に辿り着くことである。
窪地にあるカトラ皇国を見渡せる丘に着いた。
相変わらず見事な町並み。
前に来たときは皇太子ラキにドヤ顔されて紹介された時だったな…。こうしてじっくり見ると、カトラ皇国の城下町は場所によって随分と違うことが改めて分かる。
孤児院のある西側は高さのある建物が密集している傾向だ。
対し東側は平屋建ての建物が多く、至るところで煙突から煙があがっている。恐らく工場があるのだろう。
南側はカトラ皇国と肩を並べるミノア帝国との貿易ルートとなっているため商業地帯が多い。通り沿いには行商が立ち並び賑わっている。建物も大きく、屋根まで豪華な様子を見ると、豪商でも住んでいるのかも知れない。
学校や城のある北側は政治家や他国の外交官が住むような更に豪華な建物が多い。遠くは霞んで見えないが、日曜日ということもあるのか静かな印象だ。
そしてその中央には広場があり、その広場から放射線状に通りが延びていて、幾重にも円形の通りが囲って町を綺麗に分けている、と。人の流れも南側や西側に片寄らないようにうまく分散できているようだ。
………。
本当に……。
本当に異世界に来てしまったんだな…。
元の世界はどんな町だったか。どんな世界だったか。
覚えているんだけど、思い出せるんだけど、ほんの1ヶ月そこら経っただけなんだけど、何故か遠い昔の記憶になってしまったようで…。
…おっと、いけない。戻らなきゃ。
下り坂。膝を痛めないように適度に駆け足で下った。
孤児院に着いたのは5時50分。相変わらずギリギリだ。
丘の上で呆けていたとは言え、行きに1時間半、帰りに1時間20分。幾分遠すぎる。何とかならないもんかな…。
他の皆も今着いたらしい。
先生に活動内容を報告する列ができていた。
バルザとルザルとクヴァは兵舎の手伝い。
ジャグラーは喫茶店、ソゥはパン屋で働いていたらしい。
…ふむ。
夕食を食べて風呂。
風呂から上がるとドッと疲れが出た。
自習時間や就寝準備は眠気で記憶もない。
仲間たちとの言葉も少なく早々と就寝した。
朝。
いつものように起こされて起床。
今日はバルザに起こされた。
たまには、ということらしい。
いつものように寝ぼけながら整容して挨拶。
疲れが残っているのかボーッとして清掃にも身が入らない。
そしていつもの朝のランニング。
いつものように流して……。
………。
思えばいつもジルはこの時間、あの重い水桶を運んでいるんだっけか…。
……ジルは日々生きることが既に鍛練なのだ。
水桶の運搬と農耕は、並大抵の筋トレに勝るだろう。
例えば、誰よりも強くなりたいと目標を立てても、今のままではジルとかなりの差ができてしまう。ジルに勝つためにはジル以上の努力が必要だ。ジル以外にもそうやって朝から大変な思いをしている子供がいるかもしれない。温室育ちの俺がどうやってジルの様な子供達を越えれるというのだろうか。
………。
ちょっと目が覚めた。
ぬるいランニングをやっている場合じゃない。
「どうしたファロイド。考え事か?」
「バルザ…ちょっと競争しないか?」
「…は?」
「いいからいいから。やろうぜ?」
「…いいね。朝飯前にひと勝負と行こうか!クヴァ!お前も来い!」
「俺かよ!なんだなんだ!お前ら朝から元気いいな!おいルザル!オメェも来いよ!」
「いや。やめとくよ。勉強に支障が出そうだ。」
「あぁ?ノリ悪ぃなあ!ジャグラー、ソゥ!やるよな!?」
「フフフ…。バルザもクヴァもいつもより尚暑苦しく…。ワタシは遠慮しておきますよ…。」
「ぼ…ボクもやめておこうかな…。」
「おい、クヴァ!やるぞ!」
「あーもう!やってやるぜ!!」
………いやー、朝からバカみたいだ。
バカみたいに猛烈なスピードでランニングをし、俺ら三人は大人げなくダラダラ走っている集団をゴポウ抜きし、大人げなく大の字になって寝転んでいた。まぁ、こうやって周りの目を気にせずバカできるのも子供のうちだけ。
まぁ子供からしても「なんだあいつら」って白い目をされるくらい、俺ら三人だけガチで走ってたんだけど。
いやー、でも、目の色を変えたバルザは速かった。
年の割りに大人びたリーダーって感じの印象だったけど、こいつ かなりの負けず嫌いで、闘争心の塊だ。
クヴァは途中ついてこれず。まぁガタイの大きいクヴァはパワーは凄いがスピードは並みといったところ。
そう、クヴァは並みなのだ。学校の、そこそこ頑張って走らないと先生の激が飛ぶランニングでも真ん中より上。
俺やバルザやジルは上位陣。
俺も『D』クラスでは速い方なのだ。
だが『A』クラスで体験授業を受けたときはまるで着いていけずドベだった。他にも『B』というスポーツ特化のクラスがあると聞く。俺とバルザがどんなに『D』で速くても、上には上がいる…。いや、たかだか6歳でそんなに差がつくものなのか?この差は何だ?
……。
日々の鍛練の差、なのだろうか…。
ならば孤児院のこの朝のランニングも、バカにはできない…。
「…スッキリしたか?」
「まぁまぁ。付き合ってくれてありがとう。バルザ。」
「まぁ、お前が何を思っているか大体分かるけどな…。でも、楽しく日々を過ごすことも大事だぞ。」
……。
やはり俺と同じ、闘争心の強いバルザは察するか。
俺の感情。それは焦りだ。
強くなりたいと心から願うが故の焦り。
追い付け、追い越せ。引き離せ。
……。
焦燥感は人を強くするが、幸せにはならない。
心の疲れが残るのだ。今のように。
楽しく強くなる方法はないのだろうか…。
「ほら、ファロイド。飯に行くぞ。」
バルサが寝転がっていた俺に手を伸ばす。
「ああ、行くか!」
手を取り、起こしてもらう。
それだけで、何かがちょっと満たされた。
少しだけ、心が軽くなった。
一人での鍛練はきっと辛いものだ。
対して仲間と研鑽するのは、きっと楽しい。
俺の救いは、仲間がいることなのだろうな…。
俺達は足早に食堂へ向かった。




