第六十三話:奉仕
馬を駆る騎兵隊のジグに乗せてもらって孤児院に到着したのは17時55分。ギリギリもいいところだ。ジグのお陰でペナルティは回避したが、帰るや否や、疲れきって立つこともままならず、夕食どころではなくてすぐに寝込んでしまった。
熱も出ている。
脱水症状と、疲れが出たのだろうとのこと。
水を飲んで、夕食と自習の時間をすっ飛ばして就寝。
うーむ。
走りながら魔法放出して更なる加速に、膂力に、跳躍力に…というのは、さすがに無理があったか?
大して速く走れている気もしないし。
高く飛べたわけではない。
だけど確実に消耗している。
起き上がれないほど気だるく酷い疲労感だ。
全身の筋肉が軋み、悲鳴を上げている。
集中したことによる精神的疲労だけではない。
確実に何かが違ったのだ。
何が違い、何故こうなったのだろうか。
無駄が多かったのか?
いきなり応用に走りすぎたか?
疲労が酷く、過った考えは考察する前に霧散する。
ダメだ。今日は休もう…。
真夜中。
ふと、目を覚ます。
筋肉疲労が酷く、身体は重いまま。
状態異常が全快する『覚醒』はしていない。
このくらいボロボロなら発動すると思ったんだけどな…。
…というか、不死の能力無くなったんじゃ?
前はちょっとした風邪でも覚醒できたのに…。
不安定な能力過ぎる…。
とりあえずトイレに行こう…。
フラフラと蛇行しながらトイレへ向かう。
洗面台前の鏡を見てもいつものままだ。
疲労感で今にも吐きそうなのに変化はない。本当に不死の能力が無くなってしまったんじゃないだろうか。
ノソノソとベッドへ上がる。
「大丈夫か?」
「あぁ、ありがとうバルザ…。ちょい疲れただけ…。」
言葉少なく布団に籠る。喋る体力も回復していない。
再び深い眠りに落ちていった。
朝。
大幅に寝坊だが、体調不良ということで免除。
だが動ける。問題無しだ。
朝食時間に合流する。
今日はスクランブルエッグか。
んー、コショウがほしい。
「大丈夫?」
「大丈夫か?」
「まだ無理はしない方がいい。」
「変なモンでも食ったか?」
「寝癖ついてますよ…フフフ」
クヴァとジャグラーはスルーして、とりあえず大丈夫と言っておく。正直言うとまだダルい。
今日は日曜日。
学校はない。
だが孤児院には『社会奉仕』を行う日となっている。
『社会奉仕』は午前と午後の二部に分かれる。
午前中は街のゴミ拾いや排水溝掃除、公衆トイレの掃除など地域貢献を行い、午後は任意の場所で奉仕活動を行う。
任意の場所での奉仕活動とは例えば、自分と縁のある家の手伝いをしたり、工場や店で掃除などの手伝いをしたり、農家の手伝いをしたりすることだ。奉仕活動を行ったら管理者や家主にサインしてもらい提出しなければならない。
勿論俺の奉仕先はジグの家だ。
今日の地域貢献は街のゴミ拾い。
担当された地区の、裏路地や側溝のゴミも丁寧に拾う。
地域貢献の意味は『税金を使って孤児を養っていることへの感謝と還元』そして『子供達の社会参加と職業体験』の意味合いがあるのだろう。
この国、いや、この世界の子供たちは早い子で10歳から働く。古代日本でも班田収受法では6歳から一人前扱いされ田畑を任されたというし、12歳で元服し家督を継いだりしたのだ。異世界で少年少女が労働してても不思議ではない。
子供に遊びは大事だが、遊びは所詮余暇活動だ。子供だからといって、やることをせず、何時でも何時までも遊べる訳じゃないことを知っている。
だからこの世界の子供達は大人びて見える。
言動も行動も甘えがない。
…凄いな。本当に。
人間ができている。
俺とは天地の差だ。
奉仕活動に取り組む子供たちは皆真剣だ。
サボる子供はいない。
与えられた仕事はどんな仕事であれ忠実に取り組む。
何故なら『働かざる者食うべからず』という言葉をこの年にして知っているからだ。社会奉仕は孤児院にいさせてもらうために必要なことであると知っている。
俺も負けじと取り組んだ。
あっという間に掃除は終わった。
その後は孤児院で少し早い昼食を食べて各自別行動。
俺はサッと昼食を済ませ、足早に孤児院を出た。
向かうはジグ一家の住む家。
ジルやセイラ、ピコは学校で合っているが、年下で入学前のレイタやリリはもう数日会ってない。凄く会いたかった。
しかし、家に行くにはこのカルデラ壁を登る必要がある。
幾重にも続く綴折りの峠道をひたすら登らなければならない。軽く登山である。
全く、何て立地だ。
普通こんな土地に城は立てないだろう。
カトラ皇国の城と城下町は、まるで隕石が落ちたかのような巨大な窪地の中に収まっている。見映えはよく、高所から見れば宝石箱のような綺麗な町だが、如何せん不便で高リスクなのだ。
例えば洪水が起きたら水没の可能性もあるし、この窪地が火山のカルデラ火口なら、噴火でもしたら全滅である。
いざ戦争になって内地侵略を受けたら、山の上から弓で狙われるわ退路絶たれるわ、交易も物資も絶たれるわで格好の的になる。逆にこれだけ戦争に不利な土地なのにこの世界で1,2を争う大国ということは、それだけ軍事力が高いのか、ここ暫くは平和だったのか…。
ヘトヘトになりながらひたすら峠道を登る。
綴折りのお陰で斜度はそれほどでもないが距離がある。
カトラ皇国の窪地から外に出る道は三本。
今登っているのはカトラ皇国の南側にあるシンクバトラやミノア帝国との流通に使われている大動脈。昼夜を問わず人が行き来し、大きな荷台を引いた牛が、子供が歩いて坂を登るよりさらにゆっくりと、時々休みながらのんびりと登っていく。
なんとまぁマッタリとした光景だろうか。
だが俺はマッタリしている時間はない。
走ったり歩いたり。山をランニングなんて野球部時代だし、舗装されてない砂利道の峠をこんなに走るのは初めてだ。
1時間ちょっとかけてやっと丘の上へ到着。
既にヘトヘトだ。達成感すらある。
山の上から見るカトラ皇国はやはり宝石箱だ。美しい。
一休みしたい所だがその時間はない。
ジグの家まではまだ距離があるのだ。
少し下って、また住宅地。
家々は窪地の中のように密集しておらず、中には拾い庭を持つ家もある。玄関前の、現代なら駐車場があるスペースには車の代わりに馬が繋がれている。1つの家に一匹。近郊住宅街だが経済水準は高いようだ。
その住宅街の外れ…あったあった。
着いた。ジグの家だ。
ここまで1時間半。遠すぎだ。
庭ではセイラとピコが埃まみれになりながら布団を叩いていた。リリとレイタは洗濯物を取り込んでいる。
リリは俺に気づくと手を振って
「みんなー!ファロイドがきたよー!!」
大きな声で皆に号令。
「ファロイドぉ!?おそい!」
「こんにちは。昨日ぶりです。」
『オッス!相変わらず腑抜けた顔してんなぁ!』
「ひさしぶり~。」
うん。みんな久しぶりだ!
再開の腹パンをレイタに浴びせる。
『ぐへ…スンマセンした…。』
本当、調子いい奴だ。
「さて…奉仕活動しに来たよ!」
とは言ったものの、ジグとジルの姿が見当たらない。
ジグとジルは?
「おとーさんとおにいちゃんは水くみに行ったよ!」
なるほど。
いくら家々が発展していても上下水道完備とはいかない。
聞けば近くに井戸があり、そこに水を汲みにいったとのこと。
見当たる仕事もなかったので、さっそく見に行ってみよう。
井戸までは家から1キロほどだ。
ジグとジルはそこへ毎朝、一日に必要な分を汲みに行く。
今日は洗濯や農園の水撒きに使っていつもより多く使ったようなので、その補充と、ついでに明日の分の備蓄らしい。
…と、噂をすればジグ親子だ。
「おおファロイド!奉仕に来てくれたのか!」
「おせーよファロイド!あ~しんど!」
ジグは両肩の上にそれぞれ棒をかつぎ、そこにぶら下げた桶4つ分。ジルは首の後に棒を通し、その棒の端に桶2つぶら下げて水を運んでいる。
桶1つで2リットル分ありそうだ。
桶自体の重さもあり実際はそれ以上の重さなのだろう。
とりあえずジグのを持ってみる…重っ!!
鎖骨が折れそうだ。
どう持てば楽だろうか。
ジルみたく首の後ろで支えて…
…く、バランスが難しいな…。
腹筋背筋に強い負荷がかかる。
一歩一歩が重く、足が地面にめり込みそうだ。
「どーよ!辛いだろ!」
「ジル…毎日これやってんのか…尊敬するわ。」
「だろぉ?」
まだ話し相手がいるだけマシだ。
だがジルは毎朝一人でこれを何往復もする。
そりゃ剣振ってもフラつかないわけだ。
日常生活を営むだけで最高のトレーニングになる。
「まだまだ、辛いのはここからだぜ!」
奉仕活動は続く。




