第六十一話:無能
新しい朝が来た。
…いつものようにソゥに起こされて。
全く、どうしてこう朝に弱いのだろうか。
布団の寝心地が良すぎるからか。
あるいは疲れが溜まりすぎているのか。
夢を見ず一瞬で朝になる、ってのはノンレム睡眠で熟睡出来ている証拠だ。悪いことじゃない。
でも寝坊は避けたい。
何とか5時半くらいに自然と目が覚めるようにならないだろうか…。
「ほら!ファロイドくん、早く!」
あー、はいはい。
重い身体を無理やり動かして起床。
しかしあれだ。起きたとき身体が軋まないのは子供の身体だからだろう。腰痛もなければ気だるさもない。子供って素晴らしい。
「今日も1日宜しくお願いします!」
起床したらいつもの様に先生に挨拶をする。
もはや俺のせいで俺の学年が一番挨拶が遅いことはいつものことになりつつある。本当、申し訳ない。
トイレ掃除も慣れたものだ。毎日しっかり掃除してるから汚れも着きにくくなっている気がする。
今日は晴れているため朝に鍛練の時間がある。
朝のランニングは緩く。
身体をほぐし、暖める程度に。
でも少し緩急をつけて感覚を養う。ふざけている様に見られない程度に上半身の動きもつける。
こういう小さな努力が差になるのを信じて。
朝ごはん。
そろそろ和食が食べたい。
朝は『シャキっと炊いた米と卵かけ納豆、キャベツの千切り、ホウレン草のお浸し、鮭の塩焼き、赤だし味噌汁、浅漬け』という組み合わせこそ至高!だと個人的に思ってる。
まぁこの世界には和食文化はない。
この世界は基本洋食だ。
そして香辛料の流通も少なく基本薄味。
もっとピリッとした塩気と辛味が欲しい。
……永久に叶わない願いだろうけど。
いい加減飽きてしまうが、それしかないなら食べるしかない。そして朝からこの運動量。腹ペコもいいところだ。飽きたはずの食材もおかわりできてしまう。
まぁバランスはいいからな…。
いつもの様に登校。
走って下校ができたなら登校も…といきたいところだが、それで体力尽きて授業中眠くなってしまっては本末転倒。朝市の中を駆けるのは危険で、遅刻する可能性もある。
いきなりやってもダメなのだ。
もう少し体力が付くまで我慢である。
馬車に揺られると気持ちがいい。
雨が乾く土の臭いが風に乗って流れてくる。
……。
………。
「おーい、起きろー。ファロイドー?」
ん、う…。
バルザに起こされ、気がつくともう校門前だ。
うたた寝していたらしい。
だが、スッキリした。非常に頭がクリアだ。
ちょっと仮眠するだけでこうも違うとは。
朝鍛練じゃなくてうたた寝するのもいいな…。
「ファロイド!行くぞ!」
おっと、ボーッとしてる場合じゃない。
忘れ物ないか見て…と。
よし、大丈夫。
馬車を降りる。
今日は土曜日。選択授業。
『薬草学』『魔法学』『美術図工』『建築』『剣術』『弓術』『槍術』『短剣術』『隠密術』の中から好きな教科を専攻して習う。
俺やジル、セイラ、ピコはまだ選択授業を選んでないので、まずは特性検査をしたり、選んだりする所から始めなければならない。
別室に移されて『検査』を受ける。
頭に魔法をかけ、擬似的な体験をさせるのだ。
先日も少しだけ受けたが、これは面白い。
目を瞑れば頭にイメージが流れ込んでくるのだ。
人混みの中にいる「気がする」。
音や人の声も聞こえる「気がする」。
あくまで気がするのだ。
目を開くと静かな教室。不思議なものである。
そして様々な映像を見て…
検査は終了。
判定は10段階中…
剣術:2…瞬発力・瞬間的判断力に難あり。
槍術:3…立ち回り・広い視野に難あり。
弓術:1…重圧に弱く本番に弱い
隠密:1…臆病でせっかち
短剣:3…機動力を生かせない
精神:1…初動が遅くフェイントに極めて弱い。
この数値から分かること。
『俺に武術の才能は無い』
簡単にいえば、実は俺はメチャメチャ『ビビり』なのだ。
魔法で見せられたイメージは、例えば、体格のデカイ大男が大きな剣を手に絶叫しながら飛びかかってきた場面とか、動けば居場所が見つかり殺される状況で忍び込むとか。戦争の真っ只中の凄惨な光景とか。人殺しが人を殺している場面に偶然鉢合わせた場面とか。遠くの人を弓で射ってその人が死ぬ光景とか。抗えない状況で俺が斬った人が死ぬ場面とか。
およそ6歳児が見ていいシーンではない。
最もコレを見せられるのは武道武術を専攻する男の子のみで、人によってはトラウマになり、泣き出す子もいたり、二度と剣を持てない子もいるようだ。
狙いは武術がそのまま戦争や人殺しの道具になり得る現実を教えるため。悪ふざけで面白可笑しく学ばないよう中途半端な志にさせないため。向き不向きを見極めるため。…など様々あるのだろう。
そして、その見せられたイメージでの心拍数や脳波を魔法で解析し、ストレス度合いを判定する。
そして俺は『才能無し』と判断されたのだ。
俺は、イメージの中の出来事とは言え、大男が飛びかかってきたとき、腰を抜かして地面にへたりこんでしまった。
見つかれば殺される状況下で足がすくんで動けなかった。
ビビらない子供がいるのだろうか。
否。いるのだ。
ジルの判定。
剣術:6
槍術:6
弓術:1
隠密:7
短剣:5
精神:5
ジルは頭の中のイメージで大男が飛びかかってきたとき、迷わず身を引いたそうだ。
そしてジルは元ストリートチルドレン。見つかればリンチにあう状況下で、時には見つかって大男にボコボコにされ、しかしそれでも生きるためにパンを盗んで生きてきたのだ。
しかもジルの父親ジグは元近衛兵。
家での鍛練を見ているのだろう。
動きがより鮮明にイメージできるのだ。
場数が違う。肝も座っている。
対し俺はどうか。
今まで、いや前世も含めた28年間、平和な日本で戦争も経験せず、グレず盗みもせず全うに生きてきた。人殺しの経験なんて勿論ない。武術は子供の時に柔道を遊びでやっていた程度。ゆとり教育では剣術なんて習いすらしなかった。
経験といえば、イジメにあい、無抵抗なままリンチされ、生き埋めにされたりプールに沈められたりと殺されかけた経験は数知れず、といった程度である。
だが武術はどうだ。素人どころではない。
同じ『異世界転生者』なら幕末の大乱の中育った子供の方が強いに決まっている。今も戦争下にあり幼い頃から武器を手にしている少年兵の方が肝が座っているに決まっている。
もっと言えばかの有名な武将や天下の名将だって転生しているかもしれない。
宮本武蔵が転生してこの世界にいたら?
呂布がこの世界に転生してきたら?
服部半蔵が転生してきたら?
そいつらと戦うことになったら?
勝てるわけない。
まして俺は今は6歳ということになっているが、昨日のエリート達を見て痛感した通り、生まれてからこのかた武道の英才教育を受けているエリートに、現時点で勝てるわけないのだ。
スタートの時点で既に途方もない差がある。
28年間、俺は全うに平和な世界を生きてきた。
それは紛れもなく素晴らしいことだ。
しかし異世界では通じない。重火器や戦闘機や戦車もなく白兵戦が主体のこの世界では尚更に。ただ無力なのだ。
……。
『才能なし』か……。
……それでも俺は……。
使命を全うしなければならない…。
俺は…。
「どうでもよくね?才能なんて。」
「ジル…。」
「戦うことから逃げちゃ強くなれねぇだろ?要は戦う気持ちじゃね?何度ボコボコにされようと死ななきゃいいんだよ。で、お前は死なねぇじゃん?最高だろ!」
ジルの一言が折れていた心を支えてくれた。
そう、どんなに才能ある戦士も死んだら終わり。
それに対し俺は死なない。
今は天地の差があったとしても、いずれは追い付ける…。
「まぁ躊躇なく殺せるのは才能なんだろうけどな。」
ジルの言うとおり、殺すとなると別。
戦争ではより残虐で冷酷な人間が強いのだ。
より人の命をモノとして扱える人間が最後の最後に強い。
…まぁ俺はある意味経験済みなんだけど。
シンクバトラ王国で多くの人の助けを求める声を無視し、駆け寄る人を切り捨て、見殺しにしたという点ではある意味クリアしている。
耐性はあるのだ。きっと。
直接自ら人を殺したことはないけど。
殺し殺され続ければ肝も座るってもんか。
頑張るんだ…。
心が折れようとも。
才能がなくても……。
戦場で貢献することが俺の使命…。
『不死身の身体』と『致死の毒血』を授かった意味…。
多くの人を殺した俺を匿ってくれた恩返し…。
…他の道もある。
知識を生かして文明の発展に繋げることも可能だ…。
そうすれば恩返しにもなる…。
痛い思いや怖い思いをしなくて済む…。
…でも、昔から憧れていたのだ。
誰にも負けない強さに。天下無双の武に。
愚かだと思う。
憧れで武器を取り、憧れで人を殺すのだ。
幼稚だと思う。
無双ゲームのような感覚で人を殺すのだ。
俺がいれば。
俺が戦場に立つことで戦争を止められるなら。
それもいいと思う。
俺は『剣術』『槍術』『魔法学』の3つを選択した。
後悔はなかった。




