第五十四話:孤児院
カトラ皇国の孤児院はおよそ120人の孤児からなる国際保護施設である。6階建ての歴史ある建物で、建造物の構造や外観で言えば一言で言えば「大型の学生寮」という例えが適切である。
120人の孤児は下は5歳から上は15歳まで。
寮はざっくりと年齢別に別れている。各年齢に男女各6名が定員であり、エスカレーター式に上の学年に行くため、通常なら追加募集はない。基本的に男子66名、女子66名で構成されている。
男子と女子とは階層で別れており、1階~3階は女子寮、4~6階は男子寮である。年齢が低いほど下の階を使う事となっているが、この世界には勿論エレベーターはないため、高学年の男子は6階建ての建物を階段で登る苦行を毎日受けなければならない。
部屋は学年毎の多人数部屋で、6人1組で1つの部屋で寝泊まりする事となっている。部屋には二段ベッドが3つ。学習机は廊下にあり、帰宅後の宿題は寮母の先生の監視のもと行われる。
食堂や風呂は1階にある。食堂は全園児共用、風呂場は男女は分かれているが、どちらも時間によって区分けされている。
この人数を捌くのは大変そうだ。
他にも1階には洗濯場や風呂を沸かすための火釜がある。
2階にはホールという体育館のような広いスペース。
3階には図書室、4階にはパブリックルームという談話室のようなスペースがある。
……と、以上がここの施設の紹介にあった説明。
寮母、というか寮夫といった方が正しいか。
かなり大柄な男性職員の付き添いで一通り施設を見学した。
俺は年齢不明なので体格から6歳の一番下の学年に配属となった。俺と同い年くらいの子供達は、今は夕食時のようだ。
それにしても、この孤児院…。
プールこそないが、大抵の機能は備えている、か…。
立派なものである。
勿論全ての孤児が拾われここに入れる訳ではない。
ある程度の選別がある。だが少なくとも、この国の児童福祉が一定水準あるという証明だった。少なくとも孤児奴隷制度があり、幼女売春が横行していたシンクバトラよりはマシである。
この機会に色々な質問をさせて貰った。
そして手に持つメモに記していく。
規則や炊事当番、掃除当番、年中行事など。
高学年と低学年の絡みも一応聞いておこう。
それにしても…養護施設、か。
懐かしいな……。
「それじゃあ、君の紹介をしに行こうか。」
男性職員に連れられ食堂へ。食堂では6歳~10歳までの子供達がワイワイとご飯を食べていた。高学年は後でご飯となる。
…が、入ってきた俺を見て、全員が固まった。暫くザワザワしていたが、職員の号令で面白いくらい静かになる。
「今日から新しく仲間になったファロイド君だ!皆、宜しく頼む!」
「皆さんこんばんは。初めまして。ファロイドと申します。宜しくお願いします。」
ここは簡素に。子供らしく。
子供達から一斉に「宜しくお願いします!」という挨拶が飛んできた。いや、子供らしく、挨拶というより力任せの騒音だ。元気が良くていい。
その後は質問タイム。主に女子からだ。
「ファロイドはおとこのこですか?おんなのこですか?」
「男です。」
「じゃあなんでそんなに髪の毛が長いの~?」
俺が知りてぇよ!
「女装してるの~?」
違ぇよ!!
「うわー女装してるーきもーい!!」
あーはいはい分かった。
ボーズだ!坊主にしてやる!!
質問コーナーは、ほぼ女子からの質問。
全て容姿の話題だった。
というか火葬されて髪の毛が全部燃えても生き返ったらロン毛だったのだ。どうせボーズにしても次の日にはロン毛だろう。髪に関しては半ば諦めている。
子供って大抵「チビ」とか「デブ」とか容姿の事からイジメが始まるからなぁ。今から憂鬱である。
その後は皆と夕食。
正直、人見知りの俺としては辛い。
子供達も質問コーナーが終わってから何故か急に警戒して俺に話しかけてこなくなった。チラチラ見られてる。目線が痛い。
明らかに省かれてる俺。
それが一番辛い。ぼっち寂しい。
もうやだこんな所…。
サバイバルでいいから野山で暮らしたい。
泣きそうになる。
孤立無援の孤独感。
それでも強くあれ。
会話のネタを求めて馬鹿を言う構ってちゃんはイジリとなり、そのイジリは常態化してエスカレートし、やがてイジメになる。かといって喋っても面白くない馬鹿はシカトされ省かれる。
ソレがイジメの本質。前世での教訓。
この世界も人間の世界である限りソレは変わらない。
進退極まった状況での微妙な舵取りが必要なのだ。
昔の俺は、皆の笑顔のために、わざと馬鹿言って弄られ苛められたっけ。俺が弄られると、皆が笑顔になるのだ。それは素晴らしい事だと自己暗示をかけた。どんなに悔しくて泣いても弟達や親が待つ家に帰るまでに笑顔になれる特技を持っていた。イジメられている自分を空から他人事の様に見る特技ができた。
机に落書き?
甘いな。
机に花瓶?
甘いよ。
机のモノ全部ゴミ箱に入れられてランドセルの中に犬の糞入れられ初めてからが本番だ。
雪合戦でターゲット?
甘いな。
雪に犬の糞混ぜて当てられる?
甘いよ。
雪穴の中に手を縛られて生き埋めにされて近所のおばちゃんに助けられてからが本番だ。
それを楽しめない奴は絶望する。
それに耐えられない奴は自殺する。
周りに助けられない奴は殺される。
助かっても俺みたいに壊れるヤツもいる。
…何が言いたいかって?
それをされても尚、シカトには耐えられないって事だ。
人間は孤独には耐えられない。絶対に。
大抵イジメで殺される奴は俺と同じ考えだと思う。
イジメは止まらない。苛める側はやめられない。
だがイジメられる側もやめられない。
イジメられないと構って貰えなくなるからだ。
イジメられていないと寂しくなるからだ。
寂しさに耐えられなくなるからだ。
素晴らしい構図だ。ヘドが出る。
……あぁ思い出してしまった。
だからこういう所は嫌なんだ。
幼少期とかトラウマでしかない。
…だが。
ここで立ち止まることが一番いけない。
俺から壁を作ってしまってはいけないのだ。
結果としてイジメられてしまったら仕方ない。
自慢の特技で乗り越えればいいだけだ。
何事も初期対応が大事。
これは俺自身の売込だ。営業だ。
営業には初対面の印象が大事。
孤立無援でも強くあれ。
ぎこちない笑顔かもしれないが笑顔を作り、同じテーブルの子供達に向かって、控えめに、下から…
「…改めまして、ファロイドです。どうぞ宜しく。」
俺以外で盛り上がっていたテーブルの人達が固まる。
暫しの沈黙。
でも俺には無限に感じる沈黙。
そして…。
「おう!俺からも宜しく!!」
「私からも宜しくね!ファロイド!」
「僕も宜しく頼むよ!」
他のテーブルからも人が駆け寄ってきた。
子供ながらジュースで乾杯。皆笑顔である。
そう、邪気のない純真な笑顔だ。
怖かった一歩を踏み出して。
ようやく掴んだ一筋の糸に感じた。
大袈裟かもしれないが、人見知りというか集団恐怖の俺にとってはそれほどオオゴトなのだ。泣きそうになるのを堪える。
その後は質問攻めだった。
「ねぇねぇ?どこから来たの!?」
「んー、フジの村、あたり?」
「あたりってなんだよ!(笑)」
「いや、空から降ってきたらしいんだけど。」
「えー!どういうことなのそれー!?」
「ファロイドほんとに男なの?触っていい?」
「だーめ!やめなさい!」
「ホントにチンチン付いてるか触ってみようぜ!おい!そっち腕掴んでろ!」
「ご飯の席ではしゃいだら怒られるから!転入早々に怒られたくないから!」
大騒ぎである。
とりあえず、よかった…。
掴みはオッケー、まずは一息。
安堵感から泣きそうになる。
だけど、これからが戦いだ。
そう、長い戦い。
決して休まることのない戦いの始まり。
辛いとき甘える場所もなく。
息抜きすることもできない生活。
辛いとき一人で過ごす場所はなく。
逃げ隠れすることもできない戦い。
そんな事を考えると泣きそうになる。
だが、今は悟られるわけにはいかない…
顔を振り、無理やり笑顔を作る。
今は自分の売り込み中、俺は営業マンだ。
より自分の原価を上げておくチャンスだ。
「そういえば皆の名前を聞いていなかったな。皆の名前を教えてくれよ!自己紹介といこう!」
苦痛で仕方なかったハズの夕食は、徐々に、ゆっくりと肩の力が抜けていき…楽しいとは程遠いが、悪くない一時へと変わっていく…。




