第五十三話:カトラ皇国
馬車に揺られて半日。
日は傾き、影が伸びる頃には、カトラ皇国領地の家々が見えてくる。とはいえまだカトラ皇国領地内の端で、都市部とは程遠い。家々は寒冷地のため大きな尖った屋根を持ち、壁は厳しい寒さでも冷気を中に通さないような煉瓦作りであり、吹雪の中でもよく見える様に黄色や赤、オレンジなど暖色を貴重として塗られていて色とりどりである。屋根には煙突が伸びており、プカプカと白い雲を作っていた。
道中、ある一件の家の前で馬車は停まった。
所々崩れた赤錆色のレンガ、色褪せた三角形の大きな屋根を持つ二階建ての家。小さい庭と、家の敷地ほどの大きさがある畑が着いている。
窮屈な日本の都会近郊なら、新築ならば5千万円ほどするだろうか。正直メチャメチャ贅沢である。
ここが、ジグたちの新しい家。
子供達は大はしゃぎで早速家に入って探検をし、ジグは感激のあまりラキの手を取って泣いている。
いいなぁ…正直メチャメチャ羨ましい。俺もこういう家で自給自足してのんびりスローライフを送りたかったな…。
しかし残念ながらジグたちとはここでお別れだ。
それは規定でもある。
今回の騒動に対する俺の貢献に与えられた恩赦。
それは嬉しいことだ。喜ばしいことだ。
でも羨ましくて妬ましい。
複雑な気持ちだった。
ジグたちは早速今晩からここに寝泊まりする。
食べ物に関しては一週間分の『配給チケット』が渡された。これを八百屋や肉屋に持っていけば食べ物と交換してくれるというシロモノだ。その後は主にジグが稼いで生計を立てていくこととなる。
尚、シンクバトラ王国からの道中、キャンプで自分達が使った布団はここに置いていって良いこととなった。新居を得たが雑魚寝となるのを可哀想に思ったラキなりの配慮である。これもありがたいことだった。
「ファロイド~うちに遊びに来いよ~!!」
「待ってるからね~~!!!」
「そのうちにな~!!」
子供達と約束を交わし、馬車は再び走り出す。
本当に…本当に濃厚な1ヶ月だった。だからこそ、アイツらには妙に親近感が沸いていた。またすぐ会えるとは言え、別れるのは寂しいものである。
馬車は都市部に向けて走り出す。最初はポツン、ポツンといった家々の間隔も、都市部が近くなるに連れて狭く、そして家の高さも高くなっていく。既に路地は整備されており、街道らしく、しっかりと土が踏み固められている。
1時間もしないうちに小高い丘に差し掛かる。
この丘を越えればカトラ皇国の城下町。
そして、程なくしてそれが見えた。
馬車は小高い丘の上で止まり、城下町を見下ろす。
カトラ皇国の城下町は四方を然程高くない丘や山で囲まれた広大な窪地にある。その広大な円形の窪地の中心には、これまた大きな円形の広場があり、八方から伸びる大きな街道はその広場に向けて走っている。家々は全て肌色や錆色のカラフルなレンガ作り、全ての家のトンガリ屋根は赤で統一されている。中でも広場に近い中心部は5、6階建ての比較的背の高い家が多く、中心部に向けて、まるで小高い丘のようになっている。
本当に美しい町並みだ。画像や旅番組でしか見たことがない、まさしく中世ヨーロッパの町並みそのものである。
町並みは国力の現れ。国の威信。
この世界の文明レベルで、この広大な円形の城下町を持っているのであれば、確かにシンクバトラの比ではなく、カトラ皇国がこの世界で5本の指に入る大国であるということも頷ける。
「どうだ。ファロイド。凄いだろ?」
いつの間にか俺の馬車に乗り込んでいたラキは自慢気だ。
これには感嘆しかない。ため息の出るような美しさだ。
「素晴らしいですね。ただ、感嘆の限りです。」
「そうかそうか。元の世界と比べてどうだ?」
「いえ、元の世界の私のいた国の首都にこれほど美しい町並みはありませんよ。」
「そうだろうそうだろう。この国の町並みは五国の中でも頭ひとつ抜けていてな。ミノア帝国の町並みもアレはアレで美しいが、それでも他国に引けは取っていないと自負しているよ。勿論お前の元いた世界にも、だ。」
元の世界の俺のいた国の首都、東京の事は伏せた。
考えを読まれない様、なるべく考えない事にしよう。
しかし…本当に美しい…。
「ファロイド、奥を見てみるといい。」
指を指され、奥を見る。
城下町を囲う小高い丘や山の一番奥…一番北側に、最初は遠くの方に靄がかかって見えなかったのだが…
靄が晴れたことで、そこに西洋の城が姿を表す。
青いトンガリ帽子、白亜の壁を持つ巨大な洋城。
城下町を見守る様に丘の上に建ち、臥せる龍の様に曲がりくねった城への道と、鎧のように山を包む白壁の邸宅。
これだ…。夢にまで見た魔法の城…!
あれが…あれがカトラ皇国の皇宮か!!
「いいね。その顔が見たかった!」
ラキも満足したようだ。
いや、正直驚いている。
夕日に照らされた巨大な魔法の城が、あまりにも幻想的で、あまりにも美しく、あまりにも畏れ多いものだったからだ。
そしてその城の次期城主。隣で俺に鼻高々に自慢してくる男、『ラキ』。年齢はまだ20程で若く、所々おちゃらけていてフレンドリーだが、その調子に乗せられてはいけない。何せ次期皇帝、この美しい国の長となる男だ。地に頭を着けて尚、敬い足りない程の男かも知れない。気を引き締めよう。
『まぁそんな堅苦しく構えないでよ。必要以上に敬われるのは好きじゃないんだ。』
これは本心だろうな。
まぁ、そう言って貰えると気が楽だ。
この関係、大切にしていこう……。
「ところでファロイド、あれを見てくれ。」
ラキは城下町の窪地の一番左端、西側の外れにある、1件の大きい集合住宅のような建物を指差す。少し古いがお洒落な6階建ての洋館で、横浜の赤レンガ倉庫を大きくした様な建物だが…。
「あれが孤児院だ。」
おや?てっきり一軒家を使うのかと思いきや、そうきたか。養護学校、保養学園のような感じかな?
「そして城の近くにある大きな建物が国立学園と国立図書館になる。」
指差す方を見ると、かなり奥だが、これまた巨大な建物がいくつも折り重なる様に建っていた。孤児院から遠いな…いや、俺はともかく、丘の外から通うジルたちは相当通学が大変だ。ここから学園までは馬を駆っても30分、いやそれ以上かかるかも知れない。子供の足ならこの丘から2時間という所か。ジグの家からここまで徒歩1時間、トータル3時間の通学時間だ。足は鍛えられそうだが、俺なら登校拒否のレベルである。合掌。
そこらへんをラキに聞いたところ、この丘まではスクールバスならぬスクール馬車が出ているとのこと。少しはマシになったが、それでも通学時間にして1時間半。大変なのは変わりない。
ちなみに、ありがたい事に孤児院にも馬車は来ている。これで通学に苦はないな…。
孤児院での縛りの多い集団生活というのは最悪に嫌いだが、通学時間の短さ、そこだけは救いだった。
ざっと町の紹介が終わったところで、また馬車へ。
これからはいよいよカトラ皇国の城下町。だが、そこに至るにはまずはこの小高い丘を降りなければならない。下り坂は綴を折るように何度も折り返し、鍋の底を目指していく。
途中何人も商人と思われる荷馬車とすれ違った。これから夜になるというのに街の外に出ていく様子からすると、恐らくカトラの周辺に建っている家の人が、昼間城下町に野菜や肉を売りに行っているのだろう。
鍋底の城下町には傾いた日差しは入ってこない。
既に薄暗くなっている城下町の家々には灯りが灯り、煙が窓や煙突から白い煙が上がっている。丁度夕食を作る時間かも知れない。
何より驚くことは…街灯がある!
中央広場に続く街道沿いから伸びるランプ。
…あれはガス灯だ。
夜の灯りが松明頼りだったシンクバトラとは大違いだ。
文明が200年ほど進んだような気にさえなる。
「このカトラ皇国は地下から可燃性のガスが沸いて出ていてな。街灯だけでなく、所によっては家庭にもガスが供給されている。」
なるほど。自然の恩恵を受けているのか。
日本でも長野県の諏訪地方は昔から、地下より涌き出る天然ガスを各家庭に供給していることで有名だ。江戸時代には越後の国で地面に竹を指してガス灯としたという伝えもある。
だがこの立地、鍋の形は鍋底の部分に空気より比重が重い天然ガスが溜まりやすく、住むにはあまり適した環境とは言えないのではないか…?そもそもこの地形は阿蘇山と同じ、火山のカルデラ……?
『まぁその辺りも追々解説するとしよう。さて、孤児院に着くぞ。』
色々と考え事をしていたためか、いつの間にか孤児院の近くまで来てしまっていたようだ。もっと色々と情報を得ておきたかったが仕方がない。
馬車は古びた、いや、由緒正しいと言うべきか。
趣を感じる大きな寮の玄関前に停まった。
ここが、カトラ皇国国立孤児院である。




