第五十二話:旭日と剣舞
夜は鍋だ。
シンプルに肉や野草を鍋に入れて煮る。
この場に皇太子殿下がいようが鍋。
まぁそれは皇太子殿下の意向でもあった。
ラキは皇太子だがキャンプが好きだ。
豪華な料理はいらない。
野性的で質素な料理を好むという。
まぁ都心暮らしの人でキャンプに憧れる人と似た感覚なのかもしれない。非日常を楽しんでいるのだ。
鍋はキャンプの定番。
異世界でも。現世でも。
だが鍋と言っても異世界には醤油はない。
味付けは塩とコショウ。
まぁ水煮よりはマシだが、やっぱり醤油ベースの鍋が食べたいなぁ。ポン酢も欲しい。味噌ベースの石狩鍋やキムチ鍋が食べられる日は何時になるのだろうか…。
ちなみに鍋を吊るすトライポットは俺が作った。トライポットは木々を三角錐状に組むだけの簡単な仕組みだがロープワークにはコツがいる。
ラキのためにブッシュクラフトチェアも作った。
これもトライポットの仕組みを応用したもの。
木と麻紐と布で作ることが出来る簡単な仕組みだが、リクライニング効果は高く、かなり深々とした座り心地になる。ラキもその座り心地に感激したようだ。
子供達も座りたがっていたので作ってやった。
なかなかに丈夫で、座る分には子供程度なら勢いよく座ってもびくともしない。ものの数分で取り合いになって大騒ぎになったので俺が没収して座った。後で呆気に取られている大臣や兵士にも座らせてやろう。
その後は何気ない雑談。
子供達は早々就寝。
俺も覚醒状態でないので眠いことには眠い。
さっさと寝るとしよう…。
◇◇◇◇◇◇◇
朝。
まだ日が昇る前だが、ヒュンヒュン、ビュンビュンと何かが風を切る音で目が覚める。
まだ子供達は寝ている…が、ジグの姿はない。
テントを出ると、ジグと誰かが、テントから少し離れた丘の上で木刀で素振りをしていた。
あれはジグ…と…ラキか。
数十メートルは離れた距離だと言うのに二人の剣の風切り音がここまで届くほど、両者鋭く速い剣を振るっている。
ジグは直線的で鋭く、しかしリズムはバラバラで斬りかかるタイミングが図りづらい。戦闘中にかなり動くタイプなのか、相手を追い込むようにして自分の立ち位置を変えている。一太刀一太刀で深く斬り込むような激しさだ。武骨だが格好いい。
一方ラキはその場から殆ど立ち位置を変えず、その動きを例えるならば、まるで風に吹かれる柳の様というか、水の上を流れる木の葉の様な立ち回りをしている。柔軟的で一連の流れに身を任せる様な動きだ。動きは一瞬も止まることはなく、これはこれでタイミングが図りづらい。何よりその滑らかな動きは一種の芸術的な美しさを感じる。達人級と聞いていたが、これほどとは…。
二人とも目を瞑っていて、イメージした何かと戦っている。なるほど、これがジグが言っていた『動の瞑想による違い』なのかも知れないな。
やがて両者向かい合い、目を開ける。
試合をするようだ。
誰が号令を放つでもはい、互いに気を読んで打ち合いが始まる。様々なリズムで鋭く直線的に打ち込むジグの攻撃をラキは絶妙な間合いと神がかった反応速度で、そして流れるような足裁きで悠々と避けていく。そして剣と剣が触れた瞬間に、ラキが刃先をジグの剣に滑らせてカウンターを放つ。それをジグは力で叩き落とし、互いに元の立ち位置へ戻る。
ジグが斬ってはラキが避け、剣が触れたら受け流し、時々カウンターを繰り出す。それをジグは力で捩じ伏せ、再びラキを追い込むように囲んでは打ち込んでいく…。
背後に昇る朝日を背にした二人の試合は、もはや芸術の域だった。これが剣、か……。剣道なんてやったこともないし、それこそ剣と剣の打ち合いなんて映画やアニメの世界でしか見たことがないが、これほど美しく感じるのは、きっと『異世界』という、剣の道が生きる術である世界だからかも知れない。
試合は長く続き、お互いに息が切れ始める。どちらかと言えばジグの方が疲労の色が強く肩で息をしている。打ち込みの回数で言えばジグが圧倒的に上だし、相手を囲い追い込むようにして動くジグの方が立ち回る範囲が広い。そういったところから差が出るのだろう。
最後は疲労で一瞬の虚を突かれたジグの喉元にラキがカウンターの剣を当てて試合終了である。
「おお…、ファロイド…。来てたのか…。」
ジグは座り込み、ヘロヘロになりながらも俺に話しかけてきた。あのジグがここまで……。
「ジグ、凄いな。流石元近衛兵だ。その上を行くラキは相当な手練れなんだろう?」
ラキを見る、と、そこには息1つ乱れぬラキ。
「まぁ型の違いさ。ジグの剣は自分より弱い人間を、より多く、より速く殺すことに特化している。対して俺の剣は個対個の対人向けで持久戦に持ち込むことを前提としている。その違いだよ。」
いや、それでも尚、ラキは相当な強さだ。
無駄を全て省き、一切の心の迷いを消したその動き。
感嘆である。
…そして、強く憧れた。
そういう剣を振るえるようになりたいと。
いっそこのままラキに師事したいくらいである。
まぁラキは皇太子、それどころではないだろうけど。
よく目に焼き付けよう。あの流れる様な動きを。
あの剣技をモノとしよう。極めよう。
そう強く思った。
『まぁ気が向いたら練習に付き合ってあげるよ。』
ラキからのテレパシーだ。
そう言ってほくそ笑むラキ。
くそ…相変わらず人の心を読みやがって……。
『ん?』
ん?テレパシー?
今の俺は覚醒状態ではない。
それなのに、テレパシーが聞こえる?
どういうことだ…?
『ふむ…どうやら今初めて覚醒状態以外でテレパシーを使った様だね。』
『その通りだが…どういうことだろうな?』
『不完全な能力が定着してきた、とかかな?』
それが一番しっくり来るだろう。
俺の能力は全て覚醒を前提に成立していた。だが、白い光に関しては、あの火炙り以来、覚醒していなくても大きく強い光を出せるようになった、という方が正しい。白い光もテレパシーも、慣れてきたのか、定着してきているのか…。
『……よく分からないけど、それはひとまず置いておこう。話を戻して、俺の強さの種明かしをすると、俺の強さはこの『読心』があるに他ならないんだよ。常に機先を制すことができる。君がこの剣を練習したとして、俺と同じ技量に至ったとして尚、俺には勝てないよ。』
そうだろうな…。あのジグの不規則なリズムで斬りかかる動きも全て見切られていた。それはつまり、ジグが斬りかかろうと考えた瞬間を全て見透かされていたという事で…。
まぁ何かと心労の絶えない『読心』の、利点の一つと言っていいのだろう。人の心を見透かす能力は、戦闘中にはこの上ない武器となる。ラキに取っても日々の苦労が報われる唯一の「何か」が「剣技」だったに違いない。
ヘロヘロのジグの手元に落ちていた剣を手に取り、何となくラキの見よう見まねで剣を振るってみる…も、ぎこちなく足取りも覚束ない。
「あはは。まぁそう一朝一夕で出来るもんじゃないよ。」
ラキが笑って答えた。
くそぅ……いつかこの剣技を覚えてやるぞ…。
テントに戻ると皆起きており、朝御飯の支度をしていた。
子供達は朝露で濡れないようにテントに入れていた薪を取り出して焚き火に火をくべている。今朝はパンとベーコンエッグ、塩とハーブで味付けしたスープ。充分すぎる朝食だ。シンクバトラ王国への道中のキャンプで、魚1、2匹で頑張っていたことを考えると、随分と豪華に感じる。
朝食の後はいよいよ出発。
テントを片付け、焚き火を砂で消して埋める。
カトラ皇国領内への到着は夕方。
まだまだ時間はある。
その間は『動の瞑想』をして、さっきの戦闘を思い返すとしよう…。




