第四十八話:悪魔
夜。
燻っていた最後の火も鎮火し、跡には白い灰と炭が残る。
天からはポツポツと雨粒が落ち、熱された灰は雨粒に叩かれて煙となり風に流される。雨は次第に強くなり、未だに血生臭い処刑会場を洗い流していく。
王宮の一室から、ある男が処刑台を見下ろす。
その男の名は、カトラ皇国皇太子『ラキ』。
今回の騒動解決のためにカトラ皇国から派遣された者の最高責任者で、カトラ皇国の次期皇帝候補。齢20にして達人級の剣を修め、軍略の才能も秀でている。
何より『高等魔法』を使うことが出来るのだ。
この世界で高等魔法を使える者は、使うことが出来るだけで「特別な存在」となり、将来の安泰を約束される。それぐらい希少なのだ。
『魔法』の原理は、実はよく分かっていない。
空気中の「魔素」と呼ばれ正体不明の物質が関係しているのか、自分の中の生命力や気力を練り合わせて作られるとされる「魔力」が関係しているのか、あるいはその双方か。
原理も解明されていないほど希少なもの。
遺伝的要素も環境因子も関係ないとされ、発現した者はまさしく『天啓』『奇跡』と称えられるという。
謎に包まれているもの。
まさしく『魔法』なのだ。
中でもこの次期皇帝候補『ラキ』は、火と水の2つの魔法を使うことができる超希少な存在。しかも威力も家を燃やせるほどの炎と、人を押しつぶすほどの水流を作り出せるほど。ラキはその並外れた魔法の能力から、その存在そのものが神格化され、誰もが崇め、一方で畏れていた。
そんな彼は、冷たい雨が降る夜空と、眼下の処刑台を眺めて、今日のことを思い出す。
そう、ファロイドのことだ。
膝まで伸びる金髪と、深紅の瞳を持つ異様な子供。
転生者と称し、その幼い外見からは見当もつかないような大人びて常識的な発言をし、知的な見解を持つ異端の存在。そして『不死』の能力。
彼には思い当たる節があった。
赤い瞳を持つ、ある一族のことである。
だが、それでも『不死』の能力なんて聞いたことがない。
カトラ皇国にはもう一人異様な存在がいる。
彼と対を成す『カトラの女神』と称えられるその存在は、『天与』という能力を以て、致命傷や致命に至る全ての病を、原理や治癒過程を飛ばして一瞬で治すことが出来る『超回復魔法』の使い手だ。どんなウイルスだろうが病原菌だろうが、毒だろうが、彼女が『悪』と見なしたものは消滅し、『善』と見なしたものはその力を取り戻す。まさしく『奇跡』の力。
それでも、噂に聞く「死んだ胎児を『蘇生』した」というファロイドの力には及ばないだろう。そもそも、死んだ人間を蘇生するなんてことは誰も出来ないとされていた。死亡すると肉体と魂が解離してしまい、肉体は治癒出来ても目覚めないのだ。何より、そんな神をも畏れぬ行為を誰もしようとはしなかった。
「『不死』に『蘇生』……。『事象を歪める』、あるいは『因果操作』に近い『呪い』の類いの能力なのだろうな……。」
そう、それは魔法ではなく、最早『呪い』だ。
その『呪い』を執行する本人にもかなりの負荷がかかるに違いない。いや、もしかしたらその本人自身にも『因果操作』の呪いがかかっているから、『不死』なのか……?
そもそも死亡したら発動することなんて……。
まさか……。
その時。
処刑台に向けて猛烈な『力』の奔流を感じた。
大気中の『魔素』が、自分の中の『魔力』が、ファロイドを火炙りにした処刑台に向かって吸い込まれていく。
ファロイドを火炙りにした処刑台。いつの間にか、そこに白く光る『卵』が出来ていた。
ラキは剣を取り、慌てて部屋を出ていく。
興味本意、怖いもの見たさ。
雨のなか、彼はやみくもに走った。
そう、目指すは処刑台跡……。
処刑台跡を目指して走っていたのはラキだけではない。魔力の元となる生命力と気力を抜かれ、突然の強烈なダルさを感じた誰もが、違和感を感じ、ある疑問を持ち、そして興味本意から処刑台跡を目指して雨の中を駆ける。
ある者は寝巻きのまま。
熟練の兵士でも武器すら持たずに。
ジグも。
ヴェレリウス老医師も。
他国の大臣や医師団も。
夜中だというのに、雨が降っているというのに、大勢の人が処刑会場に集い、そしてそこに出来た1メートルほどの大きさの、うっすらと光る白い『卵』に注目していた。
柔らかい卵にヒビが入る。間もなくして卵は横一文字に破れ、縦に引き裂かれるように伸びていき…。
長い金髪の、深紅の瞳を持つ裸の少女が姿を現した。
その姿は美しくもあり、儚くもあり、畏れ多いものとして人々の心と瞳に強く刻まれることとなった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
目覚めたらそこは光る卵の中だった。
俺は鳥類か何かだろうか。
燃やされたし、不死鳥?
でも鳥の卵のように硬い殻には覆われてない。
どっちかといえば「繭」に近い。
俺は蚕かなにかだろうか?
何やら周囲がざわついている。
出てみようか。
頭で卵の天井を持ち上げる。
外の世界は夜だった。
雨が降っている。
俺を囲むようにして、幾重にも人が折り重なっている。
誰も一言も発しない。
雨音だけが不気味に響き、暫く沈黙が続いた。
………気まずい。非常に気まずい。
何かお茶目なことを言いたくなる。
本当に沈黙は苦手なんだよな……。
ふと、自分を眺める。
見事に裸だった。しかも今は女の子である。
うわぁ…これはマズイ。尚更マズイ。
何とかしなければ……。
待てよ?この卵は俺から出来たものなのか?
なら…纏うこととか出来たりして?
そう頭を過った瞬間に、卵が薄い布切れとなり、身体を覆っていく。ワンピース?いや、どっちかと言えばローブのような服に、卵はたちまち姿を変えていく。ご丁寧にマフラー付きだ。
結 局 白 い 服 だ け ど な !
この国では奴隷は白い服を纏う。
たまたま作り出した服すらも奴隷と同じ白い服とは。
ご丁寧に靴まで白い。
奴隷根性が染み付いてきているな……。
観衆は大口を開けて呆気に取られている。
まぁいい。手品ビックリショーでもしたと思おう。
さて………。
「カトラ皇国の方とお見受けする。改めまして。ファロイドです。私が生還した暁には、私の身柄をカトラ皇国で保護する、その約束で宜しかったでしょうか?」
一番近くで自分の姿を見ていた男。カトラ皇国の…確か名前はラキと言ったか。次期皇帝候補に対し丁寧に挨拶する。
その男は動揺することなく、問いに答える。
その雰囲気は王の威厳そのもの。さすがだ。
「ああ。その通りだ。改めてこちらも自己紹介としよう。私の名はラキ。カトラ皇国の次代を担う者だ。約束の件、私の責任で必ずや叶えてみせよう。これから宜しく頼む。ファロイド。」
「ありがたき幸せに存じます。」
「今後の細かい予定はまた明日決めるとしよう。今日は…どうする?周辺各国の要人も交えて宴にでもするか?」
………。
次期カトラ皇国皇帝の誘い。
断ればどうなるか分からない。
これからお世話になる人だ。
だが、今は誘いを受けることは出来ない。
「お言葉ですが、今日は一緒に過ごしたい家族同然の者がおります。明日でも宜しいでしょうか。」
「いいだろう。お前の好きにするといい。」
「は、御慈悲に感謝します。」
俺は振り返り、ジグを見る。
「ジグ。心配させてすまなかったな。お待たせ。」
「お待たせ、じゃねぇよ……。全く。息子たちに何て説明すりゃいいんだ…。」
「お前がまだ俺との約束を果たしてないからな。お前がジルとリリに謝るのを見届けないと、と思って帰って来たよ。」
「あ~。そうだったな。まぁ心配しなくても謝るさ。」
お互いにフフッと笑みが零れる。
ジグに皆が寝ている宿に案内させて、着いていく。
モーゼが海を割るかのごとく。
人混みが左右に避けていく。
誰もが顔に恐怖を浮かべ。
誰もが俺に畏れ戦きながら。
俺がこの王国に来たときの「侮蔑」の目ではない。
俺が救い見捨てた時の「怒り」の表情ではない。
畏れだ。深く怯えている。
半分「いい気味だ」と思った。
半分「面倒くせえ」と思った。
ますます生き辛くなった。
俺の異世界転生は肩身が狭すぎる。
大きなため息を着く。
ため息は雨音に消され、他の人の耳には入らない。
俺達は足早に宿へ向かった。
◇◇◇◇◇
この日、人々にとって恐怖の対象が生まれた。
人々はその少女を『悪魔』と称した。
この世界の理を外れた存在であると。
少女は多くの人々を殺めた。
少数の人間を救った。
誰もが畏れ、恐怖した。
ファロイドが去って暫くの間、人々は動けなかった。
自分の見た光景を否定したいためか。自分の見た奇跡を受け入れるのに時間がかかっているのか。
雨は次第に強くなっていく…




