第四十四話:反英雄の目覚め
眩しい日の光で目を醒ます。
広いベッド。高い天井。
壁や柱には豪華な装飾。
ここは……。
「目覚めましたか。ファロイド。」
ここは王室の一間のようだ。
目の前の…この赤い髪の女性は……
……エメティカさん!?
大量の情報と懸念が頭の中でグチャグチャになる。いつか来ると思っていたこと、一番恐れていた事態となってしまったようだ。
そう、覚醒状態の活動限界である。
最後の方は無意識だった。
どれだけの人数を、どれだけの日数治療したのか、何日目で倒れたのか、倒れて何日寝ていたのか分からない。
そして俺は終結を確認していない。
それはつまり、俺が倒れた後、俺が治療するはずだった多くの人は治療出来なかったということだ。
………。
だがエメティカさんを見て、安心したのも本心だった。きっとシンクバトラの王アルマンが、その領土の辺境、フジの村に応援を求めたのだ。
俺を瀕死の重症から救ってくれたべリス婆さんが来てくれたなら、あの病もきっと……。
顔がニヤける。
そう、最初から辺境に応援を求めればよかったのだ。いや待てよ?俺の記憶には辺境へ助けを呼ぶという話は出ていない…。そもそも発症から3日で死に至る病では、辺境まではどんなに馬を飛ばしても……。
真っ青になり身体を起こす。
全身の骨という骨が軋み、筋が張る。
そうとう長い間眠っていたのだろう。
「ぐっ…あ…」
それでも何とか身体を起こし、今頭の中を埋め尽くす恐怖をエメティカさんに伝える。
「エメティカさ…、ぐ…。すみません!俺は一体どれくらい…」
「これから説明しますから、あなたは横になっていてください。」
エメティカさんに身体を支えられ、そのまま再びベッドへ沈む。頭はクリアだが、猛烈な身体の気だるさは取れない。髪は金色に戻っている。…もう、治癒の能力は…。
「まず、貴方は最初に友人の治療を開始してから7日間継続して特殊な能力を発動し、王と王妃、皇太子を治療し、王宮要人・王宮兵士約150名の治療をしました。その後、約6日間、飲まず食わず睡眠も取らず、延1000名程の治療に当たりました。」
……そうだ。だんだんと思い出してきた。
問題はその先だ。
「7日目の未明、恐らく友人が宿泊している宿へ向かったのでしょう。宿の付近で倒れているところを発見されました。すぐに王宮専属医が治療に当たりましたが、異常はみられず、ただ深く眠っているだけと診断されました。王のみならず総出で、少々手荒な手段を使ってまで貴方を起こそうと努力されたようですが、如何なる拷問にも全く起きる様子がなく、そのまま貴方は10日間眠り続けました。」
……。
「貴方が寝ている間、王は非常事態宣言を発令し、フジの村の我々やカトラ皇国に援助を求めました。そこにカトラ皇国への道中たまたま通りかかった、遠く離れたカトラの同盟国である『ラカタ王国』の医師団も加わり医師団は総勢20人になりました。今はヴェレリウス様やカトラ皇国の医師たちの懸命な治療や消毒により、ほぼ事態は終息したと思われるとのことです。」
………。
「ヴェレリウス様を以てしても、1日あたり治療出来る人数は2,30人程度。カトラ皇国から派遣されてきた医師は10人、その中で最も腕が立つモロカイ師という医師でさえ、1日30人程度しか治療出来なかったそうです。多くの医師は終末段階にある人の治療は諦め、まだ回復の見込みのある人を治療したそうです。」
…………。
それはいいんだ。エメティカさん。
俺が聞きたいのは……。
「……それで、何人死んだんですか?」
しばしの沈黙が流れた後、エメティカさんは口を開く。
「まだ不確定ではありますが……総数にして1万人を超えると思われます。」
俺が見捨てた人数。
5000人。
俺が倒れている間に失った命。
5000人。
俺が救った命。
1000人ちょっと。
……ああ、結局…。
結局、俺は失敗したんだたな。
最初にカトラ皇国やフジの村のべリス婆さんに援助を求めるべきだったのだ。重症患者は普通の医療魔法では治せず、俺の白い光でしか回復できないと思い込んでいた。
だが症状の軽い人や発症して間もない人は通常の医療魔法で治せることは知っていた。そしてこの国には三人しか治療魔法を使える医師がいないことも。ならば同盟国や周辺各国に助けを呼ぶことが最善だった。他国に借りを作ってでも、助けを呼ぶべきだった。
俺一人で救える人数などたかが知れているというのに……。
確かに、初日、俺が白い光に目覚めなければリリとピコは間違いなく死んでいた。いや、リリとピコだけでなく、初期症状が出ていたジグや、症状はないが確実に感染していたであろうジルやセイラ、レイタも危なかった。必死だった。焦っていた。
焦りが判断を鈍らせたのか。
確かにそうかもしれない。
心のどこかに下心があったのかもしれない。
良いところを見せて、あわよくば今後の人生を豊かにしたいと思った。子供5人、大人1人分のカトラ皇国への旅費、孤児院入り、学園入園などの補助や承認が得られるのではないかと。
恩を着せられる、と。
欲が出た。
その欲が判断を鈍らせたのかもしれない。
そして、どこかに自惚れや優越感があった。
認めなければならない。
俺は初めて誰かに必要とされている人間になったのだと。初めて異世界らしい燃える展開になったと。これは俺しか治せない病気、俺の見せ場であると。
結局のところ、俺は英雄になりたかったのか。
英雄になりたくて、失敗した。
『英雄っていうのはさ。なりたいと思った瞬間に、既に失格なんだよね。』…ってのは、誰の何の台詞だっけ。
自分で決めた勝手な価値観に基づいて。
救ってほしいと願った命を切り捨ててまで。
すがり付いて助けを求めた人間を振り払って。
多くの民を救い続けた。
そして、もっと多くの民を救えなかった。
俺は間接的に、直接的に。
1万の人間を殺した。
1人殺せば殺人犯だが100人殺せば何だっけ?
1万人殺せば何になるんだろうね。
いい皮肉だ。
…………クソッ。
沈黙は王が部屋に入ってきて破られた。
「お目覚めかね。ファロイド。」
「…………。」
応えられない。
口がワナワナと震えている。
声がでない。
「…よい。よいのだ。ファロイド。」
………。
「報告は、聞いているな?此度の疫病で、我が国は国民の1/3に当たる1万2千人の人間の命が絶たれた。被害者の多くは男や老人。国防の要、労働力の要である男、そして国の財産である知識の要である老人の命だ。」
…………。
「もはやこの国は崩壊したも同じだ。シンクバトラ王国は、ワシの代を以てカトラ皇国の統治下となり、消滅するだろう。ワシは責任を取って死罪となるのが筋であろう。」
…………。
「ファロイドよ。ソナタはよくやってくれた。本来ならばそのまま国民全てが感染し、命を落としかねなかった。一人で千人もの命を救い、予防策、対応策、感染拡大防止に勤めた功績は大きい。悪いようにはしまい。」
…………。
「最後に、私と、我が妻と子を助けてくれて、本当にありがたく思う。英雄よ。深く御礼申し上げる。」
「………違います!俺は…英雄じゃない…、…ただの人殺しだ!全ての責任は、目先の事しか見えておらず初動で周辺各国やカトラ皇国に応援を求めた方がいいと提言しなかった自分にあります!私にも……責任を取らせてください……。」
ジグがいる。
ジルやリリがいる。
セイラやピコやレイタがいる。
俺はそいつらの面倒を見なければいけない。
それでも、今の俺には…
のうのうと生きている資格がない…。




