第四十三話:取捨選択
病院はまさに地獄絵図だった。
辛うじて布団をかけられてはいたが、廊下の端には多くの患者が転がっており、廊下は端から端までゲロと下痢と血ヘドまみれだ。
あちこちから「助げでぇぇえ!!」「死にだぐないいぃい!」という叫び声が聞こえる。
思わず吐きそうになる。
野戦病院よりも酷いのではなかろうか。
これを治療するのは、かなり手間と時間がかかる。皆見るからに重症だ。1人10分治療したとして、ざっと500人はいるだろうから5000分?
5000分って何時間だ?
60分で1時間?
600分で10時間?
6000分で100時間?
24時間で1日?
100時間÷24時間≒4日?
感染して平均3日で命を落とすと言われている病だ。俺が飲まず食わず寝ずでぶっ通し回復させ続けても、殆どの人は手遅れだ。
だからと言って、1人5分とかに時間を削って中途半端に回復させたとしても、2日1クールを2回となるが、最初に治療した人は、2クール目に入るときには5分間治療した分以上に病状が進行している可能性もある。
そして、同じ規模の病院はもう1箇所ある。
俺1人ではどう考えても足りない。
俺以外ではレイタも白い光を放てるが、レイタは恐らく『不死』の能力は持ってはいない。白い光を使用する反動が「脳出血」である以上、不死の能力を持っていなければ使えないのだ。
病院を一度出ることにした。
王宮に戻り現状を報告する。
王は一言。
「お主に任せる。」
………。
「では王よ……。」
王と大臣達に見解を話し、承認された。その後、死体の処分方法、除菌方法、隔離の仕方、初期段階は通常の回復魔法や浄化魔法で対応可能な事などを伝え、同じく理解と承認を得た。
再び病院へ戻る。
途中でジルは帰宅させた。
子供達が心配だったのだ。
また、王の親書をもらうことができた。内容としては、ジグ含む子供たちには宿で過ごす全ての自由を与えられた。
つまり念願の食事の確保ができたのである。
俺は単身、病院へ。
さっき行った東にある病院から。
土砂降りの雨の中駆け込んだ俺達を蹴り飛ばして追い払ったあの忌々しき病院だ。
今度は王宮の兵士を数人連れて上がり込む。廊下脇に寝かされている患者はゾンビみたいに手を伸ばしてきた。
無視する。
病院での処置だが、まず、女、子供、そして回復の見込みのある初期段階の者以外は全員2階に移して隔離した。
1階にはだいたい全体の1/3が残っただろうか。
移り終わったことを確認してから、2階に上がる階段に繋がる廊下に、王国から借りた鉄格子の柵を埋め込み、鉄製の棘がついたバリケードを張って出てこれないようにした。
そう、俺の判断は…。
確実に救うため。
多数を切り捨てる。
弱者を守るため。
強い奴を切り捨てる。
より多くの人を救うため。
もっと多くの人に死んでもらう。
貴族、平民。
商人、軍人、農家。
分け隔てなく平等に救うために。
救わない人を分けた。
情を捨てる。
心を無くす。
「人殺じぃいい!!」
「人でなしぃいい!!!」
「ここから出せぇええええ!!!」
「俺を治せぇええええ!!!」
バリケードの奥から断末魔が聞こえる。
「主人を!どうか主人を!!!」
「お父さんを救ってぇええ!!!」
「よくも旦那をぉおぉお!!!」
「私を死なせてぇぇえええ!!!」
残った人も阿鼻叫喚だ。
叫び暴れる者は王国の兵士に押さえつけさせて治療した。
…………。
その病院で治療に当たった時間はまる1日。
朝昼晩夜中。
おはようからおやすみまで。
憎しみの断末魔は止むことなく続いた。
だが、俺の耳には入らない。
……………。
治療を受けた人は王宮内へ一時的にかくまってもらう。病院や自宅に戻ったらまた感染する恐れがあるからだ。医師や浄化魔法の使える人間に撤退的に滅菌してもらうまで、自宅に戻らせない。
多数の抗議の声が上がった。
多くの人が家に帰らせろと言った。
だが俺には聞こえない。
翌日。もう1つの病院へ。
そこも同じように、救うつもりのない人間と、救う対象とに分けて互いを隔離した。
「ありがとう」という感謝の言葉のウン十倍の怨念と怒りと悲しみの叫びを聞きながら。
丸1日。リリとピコの様子を見に行く時間を除いて休むことなく。
ただロボットの様に治療し続けた。
次の日。最初の病院に戻る。
続々と新たな患者が運ばれてくる。
新たな患者が増えようと何であろうと、1日目と同じく女・子供を優先して治療した。
「何で俺を治してくれないんだよぉおお!!」
「俺には妻と子供がいるんだ!!養わなくちゃいけないんだ!!!頼む助けてくれぇええ!!!」
「死にたくないぃい!!!」
「ワシを助けないとどうなるか分かってるんだろうなぁああ!!ワシはこの国イチの貴族の……」
「頼む!!!金ならある!!!いくらでもやる!!!ワシを助けてくれぇええ!!」
「人でなしぃぃいいい!!!」
………。
叫べる元気があるのか。
なら、大丈夫だろう。
翌日、再びもう1つの病院に赴き。
やはり続々と新しい患者が運ばれてくるけれど。
変わらず女・子供を優先させて治療した。
亡霊の様にすがり付いてくる男ども、いや、もはや死人と言った方が正しいか。俺が治さないと決めた以上、コイツらの死は確定しているようなものなのだ。そいつらを振り払って、救うと決めた対象だけを治療した。
ただ、淡々と。
最初に王と王妃を救って5日。
少し、病院内が静かになった。
その変わり、臭いがキツくなった。
そう。死臭が、である。
飛びかかってきた人も、足にまとわり着いて来た人も、罵声を浴びせてきた人も、脅してきた人も、金をチラつかせてきた人も、皆、もう静かになっている。
永遠に静かになってしまった。
……………。
今日も変わらず、女・子供を優先して治療する。
6日間の治療の結果。
俺が救った人数。
1000人ちょっと。
うち女子供は800人くらいか。
俺の判断で殺した人。
5000人ちょっと。
殆どが男や老人である。
初期に感染した男性ほど死亡率が高い。
後から運ばれてきた男性患者はまだ初期段階のため俺の治療を受けることができた。
俺の判断は間違っていただろうか。
いいや?何も間違ってない。
美男美女だけを治療したわけではない。
金持ちの貴族だけ治療したわけではない。
片方の病院の患者だけ治療したわけではない。
自分に助けを求めた人だけ救ったわけではない。
国に貢献し功績を残した人を優先したわけではない。
全てを平等に死に至らせる病から。
なるべく平等に救い。
なるべく平等に切り捨てた。
その点では不平等にしたといえる。
平等でなかったのはただ1つ。
俺は弱い存在である女・子供を優先した。
何故女子供を救ったか。
理由は簡単だ。
異世界転生のみならず。
第二次世界大戦下の日本も同じ。
戦争ではよくある文句である。
『男は女子供を守れ』
この世界でもその価値観は変わらない。
男は女子供を守るため、兵役に課される。
女は家庭を守り子供を育てる。
男女平等?
とんでもない。
ここは異世界だ。
そんな価値観はない。
そして『ソレ』は、俺の価値観でもある。
…ああ、そうだ。
『ソレ』は俺の価値観だ。
俺の価値観が、5000余名の尊い命を奪った。
それだけの話だ。
俺の治療を受けられた人は、運がよかった。
王と王妃を救って7日目の深夜。
間をみて久々に宿に戻ったファロイドは、ジル、リリ、セイラ、ピコ、レイタの安らかな寝顔を確認し、宿を出た。
その朝。
ファロイドは宿から500mほど離れた所で、ボロ雑巾のように道端に転がって、前のめりに倒れていたという。




