第三十八話:病魔
雨の中を、走り。
走り。
やっと。
やっと宿に着く。
ジグが出迎え…弱りきった娘の姿に絶句した。
だが直ぐに我に返り…取り乱した。
「リリ…なのか…?そんな…そんな!リリ!リリ!!」
リリをベッドに寝かせる。
既に意識はない。
呼吸は浅く、速い。
感動の親子の再開、とはいかなかったな。
それはお前もだ。
「ジル!さっさと入ってきてリリの隣にピコを寝かせろ!」
ドアからジルが入ってくる。
その姿、その目にジグは気を取り戻し、再び言葉を失う。
「すまねぇ、ファロイド…久しぶりだな。父ちゃん。」
ジグは動けない。
ジルも動けない。
「ジル!そういうのは後だ!早くピコを寝かせろ!」
俺に檄を飛ばされ、ジルは我に返る。
そしてピコを横に寝かせた。
遅れてレイタを担いだセイラが入ってくる。
リリもピコも、顔色を見れば分かる。
かなり危険な状態だ。
全身が黄色く変色し、手足は浮腫んでいる。
肝臓、いや、腎臓もやられたか…?
もはやこれはただの流行り風邪ではない。黒死病や天然痘に並ぶほどの、かなり致死率の高い病気かもしれない。
現代医学でも、かなりの高等医療を必要とするだろう。
ジグも、ジルも、セイラも。
変わり果てたリリとピコの姿を見て涙する。
その姿には、それほどまでの絶望があった。
このまま死を待つしかないのだろうか…。
この世界に魔法があるのなら。
全身骨折した俺を3日で治せるような『奇跡』とも言える『回復魔法』があるのなら。
例え医療では不可能なことも。
『奇跡』を起こせるかもしれない…。
リリの胸に右手を翳す。
『回復魔法』とは、東洋医学で言う『気功』に近いものかもしれない。そういう考えはあった。
『気功』とは、息を大きく吸ったとき、全身の意識を、大体お腹のヘソの辺りにある「丹田」へ集中させ、ゆっくりと息を吐く際に、その集めた力を腹から胸へ、胸から腕へ、腕から手へ、ゆっくり、じんわり移動させて、掌から熱を放出する「イメージ」。それが『気功』の基礎と言われている。
『気功』なんてものは漫画の中やお伽噺のシロモノだ。
それでもこの世界は、漫画やお伽噺の世界そのものだ。
ならば不可能ではないのかもしれない。
勿論簡単でないことは分かっている。
そもそも、この病気が何が原因で、どういう治療をしたら治るのかすら分からない。だから魔法を使っても治せる原理が分からない。治るとも限らない。
そしてこの王国を以てしてたった三人しか医者がいないことからも、適性者の少なさ、修得難度の難しさが伺える。使いこなせる人間は殆どいないのだろう。
だが、俺は普通の人間じゃない。
不死の能力を持っているんだ。
やれるかも知れない。
やる価値はある。
大きく深く息を吸い、丹田に気を込める。
息を止め、丹田で気を練り合わせ、
ゆっくりと吐き、右手へ気を送っていく。
何度も繰り返す。
意識を丹田へ。
丹田から掌へ。
「何やってるんだよファロイド…。」
鼻水を啜りながら泣き止んだジルが質問してきた。
意識を切らさないようにしつつ、言葉を発する。
「お前らは…諦められるのか?」
「俺は…諦めるつもりは…ない…な…」
目線をリリに固定したまま、今度はジグに向けて。
「なぁジグ…医療魔法の適性があるかないかって、いつ分かるんだ…学校に入れば適性検査とかで教えて貰うのか…?」
「あ、ああ…そうだ…。学園に入学したときに先生が魔力を解析して教えてくれる伝統となっている…。」
「そうか…なら…俺たち子供は…適性検査をしてないから…もしかしたら医療魔法が使えるかもしれない、ってことだ…。」
その言葉に我に返ったのか、ジルとセイラとレイタもピコの周りに集まり、手を翳し始める。いい子達だ。
「そう…それでいい…。」
「だ、だがファロイド!医療魔法に適性があったとしても、どうやってその力を行使すればいいのか…どうやって治せばいいのかわからないんだぞ!それに体力の消耗も激しい!子供の体力では…」
ジグが反論する。
医療魔法の扱いの難しさが分かってのことだろう。
「それでも…俺は諦めない…。せいぜい抗ってみせるさ。ただ見てるだけ、ってのは性に合わないんでな…。」
「無駄だぜ。父ちゃん。ファロイドはな。本当に諦めが悪い奴なんだ!」
分かってくれたようだな…。
「そう言うことだ…ジグ…。そうだ…お前は忍び足が得意だったな…。なら…お前に命令する…。病院に侵入し、どんな風に魔法を使って治そうとしているか…見てこれるか…?」
「任せてくれ!悪いが医療魔法に適性がない俺の役目はそれだけだ!必ず遂行してみせよう!」
「無理をするなよ…必ず帰ってきてくれ…。」
「行ってくる。リリを…頼んだぞ。」
扉が閉まる音がした。
気丈に振る舞っているが、ジグもまた「死の病」を患っている。ついさっきまで多量の下痢と嘔吐で脱水を起こし動けずにいたのだ。恐らく立っているのもやっとだろう。
それでも、ジグは出ていった。
それがジグという男の行き様…
いや、一人の父親の姿なのかもしれない。
さて…
俺も。もう一度、集中するとしよう…。
意識を丹田へ。丹田から掌へ。
大きく息を吸い、止めて、ゆっくり吐いて。
掌から身体の熱を出すイメージで…。
ひたすら繰り返す。
何度繰り返しても、何もおこらない。
時間が長く感じる。
ダメ…なのか…?
その時、〈ポッ〉と掌に薄い光が見えた気がした。
目の覚める気持ちだった。
もう一度!もう一度…
焦らず、集中して…
掌から白い球状の光が、野球ボールくらいの大きさだが、確かに、微かに出ている。目に見える。それを見たジルとセイラは声を上げて興奮した。
来たぞ…!来た来た!
奇跡がやって来た…!
簡単なコツを教え、子供達もそれを真似をする。
もう一度…!
今度は左手も…!
白い光が掌から出ている。
白い光には強い熱を感じる。
少しずつ、左手も光を出せるようになった。
両手から白い光を出せるようになったところで、ゆっくりと左手を肝臓の真上へ。右手を心臓の真上へ。
もっと…もっと強くて大きい光を出せたら…そう思うと途端に光は弱くなってしまった。余計なことを考えていたら維持できない。
集中…集中……。
額に汗が滲む。
熱い…。身体が火のようだ…。
何分、いや、何十分、何時間経っただろうか。
最早時間の感覚もわからない。
リリは今や血色もよくなり、肝機能異常の証である黄色い肌が引いている。呼吸も眠るような穏やかな呼吸に戻っていた。
次は左手を腎臓へ、右手を肝臓へ。
身体が浮腫む症状の原因として、腎機能異常や循環器異常が挙げられる。とりあえず肝臓にやった事と同じ事を腎臓にもしてみよう。
再び気を送り続ける。
もはやコツは掴み、慣れてきた。
腎臓に手を翳してから随分と経った。手足の浮腫みは取れ、ブクブクしていた肌も元に戻っている。
いいぞ…。凄くいい流れだ…。
そして小腸や大腸、胃…。
最後に左手を心臓に、右手を首の付け根にあるリンパ中枢へ翳す。リリから汗が吹き出し、血色が良くなっていく。
とりあえず…こんなもんだろう。
その時、ピコの担当をしているジルが歓声をあげた。
レイタの手からも一瞬だが白い光が出たのだ。といっても、レイタは驚いてしまい、光が消えてしまった。
それからすぐにセイラの手からも光が出るようになった。
ただし白い光ではなく、薄い緑色の光である。
それをピコの身体の真上に翳すと真っ赤な光に変わった。
これは…、これは見たことある光だ。
そう、きっとこれが本来の医療魔法なのだろう。
入院していた俺の額にべリス婆さんや看護婦のエメティカさんがやっていたのと同じ光だ。悪いところに触れると赤くなるという特徴もそのままで。俺は解析魔法と称していたが、恐らくはその魔法自体にも回復能力はあるのだ。
光が赤くなる部分に手を翳し続け、時間が経つと黄色から緑色に変わっていき、その部分の血色がよくなる…。ただ病魔の根本を叩いていないから、少しでも光を当てていないと、すぐに色は元の赤色に戻ってしまうのだけれど。
セイラもレイタも、そして俺も、かなり汗をかいていて、酷く息を切らしている。頭がボーッとする感じだ。頭痛や目眩もする。
恐らくはコレが「魔力の消耗」というものなのだろう。
だが、甘えたことは言っていられない。
「セイラ!レイタ!俺と交代だ!リリは大分安定してきている!俺がそっちのピコを診る!」
そう言って立ち上がった時。
激烈の痛みが脳ミソを貫き、世界が暗転した。
人物紹介
○ファロイド
この物語の主人公。
だいたい年齢は6歳くらい。
金色の長い髪と、赤い瞳を持つ美少女(♂)
元介護職。医療知識に興味あり。
医療魔法(?)、見たこともない白い光が掌から出て困惑。
○ジル
シンクバトラ王国の路地裏で出会った孤児奴隷。
責任感と正義感が強い男の子。7、8歳くらい。
路地裏の子供奴隷ではリーダー格。
医療魔法の特性はなさそう。
◯リリ
ジルの妹。5歳くらい。
オドオドしている小動物系女子。
心優しき女の子。
流行り病が進行し非常に危険な状態だったが、ファロイドにより一命を取り止める。
◯セイラ
赤毛ツインテールのキリッとした女の子。
年齢7、8歳くらい。
身体を売り、生計を立てている。
ピコを救いたい一心で医療魔法が開花。
◯ピコ
赤毛ポニーテールのおっとりとした女の子。
セイラの双子の妹。年齢7、8歳くらい
姉同様、性的接待をしてお金を稼いでいる。
流行り病にかかり生死の境をさ迷ってしまう。
◯レイタ
セイラとピコの弟。
砂色の髪の毛。年齢5、6歳くらい。
生まれつき言葉が喋れない。
ファロイドと同じく、謎の白い光を掌から出すことができた。
◯ジグ
ファロイド専属の犯罪奴隷。
ジルとリリの父親。30台半ば。
心配性で義理堅い。
真面目すぎるのがタマに傷。
元護衛騎士、元盗賊。
流行り病にかかるも気力で任務を遂行する。




