第三十七話:疫病
ジグが倒れて半日。
何とかジグは意識を取り戻した。
元気なジグならば俺に何度も謝罪するか感謝しておでこを床に擦り付けることだろう。だが今のジグはそんな元気はない。「すまない」の一言を残し、水を飲んで再び寝てしまった。
下痢と嘔吐は出しきったのかもはや水も出ない様子だ。額には冷や汗が凄い。苦しいのだろう。
雨はまだ止まない。
衛生環境が悪いほど感染のリスクが高くなる。孤児達が気がかりだ…。
だが今ジグの元を離れるわけにはいかない。
そこから半日。夜になる頃にはジグはどうにか身体を起こせるようになった。
小雨が降っている。
ジグに状態を話し…謝罪する。
「すまん。俺の判断でこんな仕事に…こんな仕事に就くことさえなければ…お前は……」
「バカだな。ファロイド。お前は何でも救おうとし過ぎなんだよ…。むしろ謝るのは俺の方さ。またヘマしちまった…。」
…いいや、俺のミスだ。
甘い仕事だった。奴隷にも出来て、短期で、時給もそこそこいい。そんな美味しい仕事に陰がないハズがない。見通せなかった。そして何より、ここが医療の発展していない異世界であるということを忘れていたのだ…。
「俺はもう長くない。そうなんだろ?」
ジグのその言葉に、返す言葉がない。
何とか絞り出す。
「いいから、明日病院に診て貰いに行こう。」
だが、自分で言っておいて、返答は予想できた。
「奴隷なんて診て貰える訳ねぇだろ…。」
自分の甘い考えに歯噛みする。
ここは日本ではない。
誰もが、平等に。
身分などなく平等に医療を受けられる日本とは。
訳が違うのだ。
ダメ元で行こうと説得したが断られた。
明日、予想では体力が回復する。
コイツの考えそうなことは大体分かる。
「お前、明日働きに行くつもりだな?」
「何で分かるんだよ、お前は…。」
そう。最期まで。
コイツは義理堅く、恩を返そうとしていた。
衛生保全事業は、今必要とされていて、時給も高い。
自らの正義感のため、恩義のため。
……。
呆れた。
「お前みたいなのをバカ真面目っていうんだ…。」
明日はジグの好きにさせることにした。
どうせ俺の命令なんて聞きはしないだろう。
とりあえずジグが喋れるようになったのを確認できた。
孤児たちが気掛かりだ。
ジグを残し、宿を出て、雨の中をアジトへ向かう。
アジトの前でジルがウロウロしている。
こちらから声を掛ける前に、こっちに気がつき…
「大変だ!ファロイド!リリとピコが…!」
リリもピコも衰弱しきっていた。
リリは血を吐いて、顔色も真っ白。呼吸が浅い。ピコは血は吐いていないものの、セイラに抱き抱えられグッタリとしていた。
隣には嘔吐した跡…。
ヤバい…!
第三段階か…!
子供だから進行が早かったのか…!
どうする…?
とにかく医者に…!
ヤバい…!
どうしたらいい…?
「どうする!ファロイド!」
頭が真っ白で入ってこない…。
だが…。もはや考えてる場合じゃない!
「ジル!ピコを担げ!俺はリリを担ぐ!病院はどこだ!」
「いやでも…お医者様は…俺たち子供奴隷の事なんか…」
「行かなきゃわかんねぇだろ!!」
「…案内するぜ!ファロイド!!」
小降りの雨の中を、俺がリリを、ジルがピコを、セイラがレイタを背負って走る。ひたすら走る。
病院に着いた。
「開けてくれ!頼む!急患なんだ!子供が!子供を助けてくれ!」
「妹を見てくれ!頼む!」
「お願い!開けて!」
ドアをノックし、声を出し、ノックし…
〈ダァン!〉
乱暴に扉が開かれた。ドアの前にいた俺とジル、背負っていたリリとピコが飛ばされる。
出てきたのは如何にもなオバサン看護婦。
「何だい!うちは忙しいんだ。うわ!バッチぃねぇ。あっちへお行き。うちは忙しいんだ。あんたたちなんて乞食共を看てるほど余裕は無いんだよ!」
こちらの返答を聞かずして扉を閉められた。
腹立たしかった。悔しかった。
でも、今は全ての感情が『焦り』に負ける。
「ジル!他に医者は!?」
「こっちだ!ファロイド!!」
今度は王都の西にある病院へ。
30分くらいドロドロのずぶ濡れで雨の中を走り…。
「そんな孤児奴隷なんて診るほど暇じゃないよ!帰んな!」
同じように看護婦に勢いよく閉め出される。
同じだ。同じ目だ。
俺たちを見る目は等しく侮蔑に満ちている…!
シンクバトラ王国に他に病院はない。
いや、まだだ!
王宮になら…!
「王への謁見を通らせて頂きたい!」
「こんな夜更けに城門へ来るとは何事か!」
「この流行り病の正体を知っている!お目通り願いたい!」
「何?しばし待たれよ。」
何とか雨の凌げる場所へジル達を待機させ王宮へ入る。
まだ大丈夫…!
玉座に王が座っている。
丁度会議中だったようで、大臣が勢揃いだ。
議題はおそらく流行り病。
「来たか。ファロイド。何事かね。」
「はっ!王よ。夜分遅くに畏れ入ります!この私、畏れながらお願いをしに参りました!」
「願い?何かね?」
「は。つきましては今流行りの病にかかっている我が臣下ジグの子供とその友を救って頂きたい!勿論その暁にはこの病の真実を明かしましょう。」
「ふむ…。いいだろう。我々王族としても貴族としても、この流行り病には手を焼いている。既に多くの市民の命が失われた。このようなことは初めてだ。して、その真実とは何かね?」
「お教えするのは結構ですが、子供たち二人を救ってからにして頂けますでしょうか。危篤なのです。1分1秒を争います!」
「ふむ…ファロイドよ。貴様、偉くなったのう。」
しまった…。
焦って交渉の筋を間違えたか…!
「儂は『真実を教えろ』、と申したのだ。」
「ですから、お教えしますので、子供たちを救って頂きたく…」
「教えるのが先だ。」
「では約束してください。必ず子供達を救うと…!」
「早く話すがよい。」
焦っていた。
悠長に話していてはリリの命が危ない。
とりあえず知り得る限り、感染症の知識の全てを話した。
そして王は一言。
「ファロイドよ。大義であった。下がってよいぞ。」
ーーー!
しまった…!
「儂は一言もソナタの友を救うとは約束しておらん。そもそも、儂の家族も今流行り病に感染していての。儂としても貴重な宮廷医師をそのようなどこの馬の骨とも知らぬ子供に使っている余裕はないのだ。その情報、ありがたく頂こう。後日褒美を取らせてやる。」
「お気遣い…感謝します。では王よ…私は…これにて…。」
クソ…
…クソッ!
……畜生ッ…!
腹立たしい…。
完全に無駄骨だった!
完全にしてやられた…!
いや、俺が項を焦ったのが原因だ。
だからといって、あの場で感染症によるものという情報を明かさない訳にはいかなかった。恐らく明かさなかったら王は俺を拘束してでも口を割らせたかっただろう…。
クソ…!腹立たしい…!
城門へ走って戻り、ジルが俺を見る。
その期待の眼差しに、悔しくて、涙が浮かぶ。
「すまん…ジル…!」
「ちくしょおおおお!!!」
ジルが怒りの雄叫びをあげる。
セイラは泣き崩れてしまう。
その時。ジルにもたれ掛かっていたリリが。
小さく、本当に蚊の泣くような声で。
「ねぇ…おにいちゃん…パパに…あいたい…」
人物紹介
○ファロイド
この物語の主人公。
だいたい年齢は6歳くらい。
金色の長い髪と、赤い瞳を持つ美少女(♂)
元介護職。感染症対応はお手のもの。
○ジル
シンクバトラ王国の路地裏で出会った孤児奴隷。
芯のある男の子。7、8歳くらい。
主に盗みで生計を立てている。
責任感と正義感が強い。
路地裏の子供奴隷ではリーダー格。
◯リリ
ジルの妹。5歳くらい。
オドオドしている小動物系女子。
心優しき女の子。
流行り病が進行し、吐血にまで至ってしまう。
非常に危険な状態。
◯セイラ
赤毛ツインテールのキリッとした女の子。
年齢7、8歳くらい。
◯ピコ
赤毛ポニーテールのおっとりとした女の子。
セイラの双子の妹。
年齢7、8歳くらい
流行り病にかかってしまう。リリよりはまだ軽い。
◯レイタ
セイラとピコの弟。
栗色の髪の毛。年齢5、6歳くらい。
生まれつき言葉が喋れない。
◯ジグ
ファロイド専属の犯罪奴隷。
ジルとリリの父親。30台半ば。
心配性で義理堅い。
真面目すぎるのがタマに傷。
元護衛騎士、元盗賊。
流行り病にかかってしまう。




