第三十四話:薬草学入門
朝日で眼を覚ます。
ジグはいない。
テーブルにはメモ書きとパンが置いてあった。
どうやら眠ってしまっていたらしい。
ジグは朝早く清掃業者へ挨拶に行ったようだ。
今日から仕事が始まる…。
久しぶりだ。出勤なんて。
でも面白そうだ。
何と言っても薬草学。サバイバルキャンプ大好き人間の自分としてはたまらなく興味をそそられる。
ベッドから身体を起こす。
髪の毛は元の金色をしている。
股間には男児の象徴。
そして何より、お腹が空いた。
あの能力は眠ると元に戻るのか…?
眠らなくてよく、お腹も空かず、疲労もなく、致命傷も一瞬で治り、そもそも死なない能力。
昨日はほぼ気絶に近い眠り方をした。
限界が来ると自動的にシャットダウンしてしまう能力なら、かなりデメリットが大きい。
どれくらいの時間不眠不休不食で活動できるのかわからないが、発動させて限界を知っておく必要がありそうだ。
まぁ、意図的に発動できないんだけど。
パンを口一杯頬張り、噛み締める。
口の中いっぱいにパンの甘さが広がり、唾液は塊となったパンを包んで胃に運ぶ。そして胃は歓喜したように踊り、もっとくれと脳に訴える。
……ただパンを食べただけだというのに、空腹が満たされるのはこうも幸せなことだろうか。
久々の食事だったと思う。スープは飲んだけれど、随分とパンを食べてなかった。やはり人は食事はなくてはならない幸せなのだと心底思う。
満腹中枢が刺激され、横になる。
食休み。それは至福の一時…。
あぁ、このまま横になっていたい…。
…優雅な朝を送ってる場合じゃない。
金を稼ぎに行かなくては。
予約板を袋に入れ、宿を出た。
薬草採取事務所は王都の外れも外れ、城門の近くにある。既に何人かは集まっているが、全員女性、年齢にしてアラサーアラフォーのおば様方である。
自分は見た目は美少女(♂)なので、性別的には問題ないが(?)、いかんせんこの青い要人服、この幼く特殊な外見がとても悪目立ちする。
婦人方は噂話がお好き。
あっちでヒソヒソ、こっちでジロジロ。
まるで見世物である。
もう慣れた。
事務所へ入り、雇用手続きを行う。
応募理由としては単純明快「要人の娘としてこの地に来たが、盗賊の襲撃を受けて金品を奪われ、付き人を殺され文無し孤独になったから稼ぎに来た。」という内容にして、子供っぽい言い方に、そして言葉に熱を込めて主張した。
身分を怪しまれ、採用されない可能性が高かったが、なんとか採用されたようだ。
テーブルの上に薬草がいくつか置いてある。
この薬草を取ってこいとのことだった。
制限時間は夕方5時。今は朝9時。
8時間でなるべく多くの薬草を取る、と。
ちなみに土地離脱も可能。
文字が読めないので事務所にいた管理人に読み上げてもらい、簡単な薬草の特徴をメモする。
1、アザミ
紫色の綿毛のような花が咲き、葉はトゲトゲしている。
根を乾燥させて煎じる。消化器系に効く。
2、ヨモギ
言わずと知れたヨモギ。
花の部分が健胃の薬効がある。
数が多いため単価は安い。
3、フェンネル
枝分かれした先から黄色い小さな花が咲く。
セリ科。香料の原料ともなる。健胃の薬効。
若い葉が必要。
4、アロエ
トゲトゲした肉厚な葉が特徴的。
元の世界でも有名。整腸効果がある。
5、ディル
細い茎に細かく裂けたような柔らかな葉がつく。
香料にもなる
うん?
全部前の世界で見たことある植物だ。
他にバジルやオレガノ、ローズマリーなんかもある。
ディルなんかも香料の1つだな。
以前星空を眺めて、星空が以前の世界と似通っていることから、ここはもしかしたら超未来の地球ではないかという仮説を立てた。あまり気にしなかったが、馬や牛、羊も対して変わらない。シンクバトラまでの道中で魚釣りをしたが、釣っていたのは紛れもなくヤマメだ。そして今回。元いた日本でもお馴染みの植物がこの世界で存在している…。
不思議で仕方がない。
謎は深まるばかりだった。
まぁそれはおいておこう。
それより薬草が皆「整腸効果」「健胃効果」のあるものばかりなのも気になるところだ。質問してみると、今シンクバトラ王国では胃腸風邪が流行っていて需要が高いとの事。
胃腸風邪、ねぇ…。
少し引っかかる事があるが、時間もない。
早速収集に行こう。
採取は王都の門外にある山や草原で行われる。
ここら一帯はシンクバトラ王国の土地で、誓約はあるが許可さえあれば採取に制限はない。そして俺はこの仕事に着く際に誓約を済ませ許可を得ている。
誓約とは、勝手に売り捌いて個人の利益としないということただ1つ。つまり私的利用は自己責任で可ということ。
この仕事に着いている人の中には「役得」と、今晩のおかずに一品薬味を入れている人もいるとか。ガバガバの誓約である。
だがデメリットもある。
山や草原で転倒・転落したり熊や野犬などの野性動物に襲われたりしたら自己責任となり保証や手当はでない。そう、当然のことながら『労災保険』なんて異国の世界にはないのだ。
だから大抵の人は数人でグループを作り、特に野性動物の危険に対処しており、遠くまで散策に出ていくことはない。なら野性動物をはね除けるくらい武道に秀でた者はというと、この仕事は傭兵や見張りほど給料はでない。日払い出来高の安い給料で、まったり草を摘んでいるだけの仕事故に、武道に秀でた者はやりたがらず、主婦のお小遣い稼ぎとして人気があるようだ。
俺はというと、ガチで稼ぎにきている。
金だ。金が必要なのだ。
ノーリスクで王都付近の草原を散策していては、いい野菜は取れない。かと言って遠くまで行きすぎると散策の時間が無くなる。
散策しながら目的地への移動を2時間、目的地での散策を3時間、帰宅に2時間といったところか。1時間は予備としておきたい。何が起こるか分からないからな。
早速薬草を取りに出発した。
予想していた通り、1時間歩いたくらいから目的の薬草が簡単に見つかるようになってきた。さすがにここから先はあまり薬草を取りに来る人はいないらしい。
道中岩場から染み出る湧き水を見つけた。
ここを拠点としよう。
草地にはアザミが多く咲いている。
日本の公園や野山でもお馴染みの花に、健胃の効能があったとは驚きだ。しかも食べられるらしい。今まで食べてなかったのが勿体なく感じた。
まぁ公園に生えてるアザミなんて、猫や犬のおしっこがかかってるかもしれないからあんまり食べたくないけれど。
ヨモギは日本でもヨモギ団子でお馴染み。灰汁抜きをして擂り潰し、餅米に混ぜて団子にする。あと天ぷらも田舎の方ではよく食卓に並ぶ。花粉症でお馴染みでもあるから嫌う人もいるかもしれない。ここでもかなりの数がある…が、単価が安く量のわりに金にならない。
アロエは日本では有名だけど、なかなか見つからない。
フィンネルとディルはあるにはあるが、数は少ない。
2時間ほど探し、採取した。戻る予定の時間まで結構あるが、もう持ちきれない。
大量のアザミと少しのフィンネルとディルを摘んで帰ることにした。
麻紐で束ねて背負うと如何にも旅人っぽい。
重さが結構あるな…帰りの方が辛いだろう。
早め撤収は正解かもしれない。
あと、持ちきれない分は明日のために草影に隠して、群生地などは敢えて大量に採取せず、メモで場所を記した。
採取生活は明日も続く。持久戦なのだ。
ちゃっかり自分の袋に全種類の草を入れておく。
私的利用、可なんだよな?(ニヤリ)
何か使えるものがあるかも知れないと思うと、すぐ手を出してしまうのは悪い癖だ。本当に、昔から「必要がどうかよくわからないもの」の衝動買いをしている気がする。
拠点に戻り、採取した薬草を提出して換金してもらう。
需要が高まっているだけあって買い取り単価は少し値上がりしていた。
結局この日の稼ぎは400エアだ。
10エア=キャベツ1玉、卵3個。だいたい100円の価値と考えると、今日の稼ぎは4000円。
子供1人、孤児院のあるカトラ皇国までの旅費は5000円。
微妙。
ジグの稼ぎには期待できない。所詮犯罪奴隷のトイレ掃除。出来高とは言えたかが知れている。
どうしたものだろうか…。
副業も視野にいれた方が良いだろうか…。
そんな事を考えながら、宿へ戻った。
人物紹介
○ファロイド
この物語の主人公。
だいたい年齢は6歳くらい。
金色の長い髪と、赤い瞳を持つ美少女(♂)
日雇いで薬草採取のお仕事に勤める。
薬草の他に毒草も大好き。
トリカブトとか。毒ニンジンとか。
◯ジグ
ファロイド専属の犯罪奴隷。
ジルとリリの父親。30台半ば。
心配性で義理堅い。
真面目すぎるのがタマに傷。
元護衛騎士、元盗賊。
日雇いで便所掃除のお仕事に勤める。
ある意味性にあった仕事かもしれない。




