第三十三話:夜の散歩
部屋に戻るとジグが何とか意識を保って身体を起こしていた。
「すまん…ファロイド…夜まで寝てしまっていた。」
「気にするな。疲れが出ていたんだろう。そら。」
パンを渡す。
遠慮していたジグだったが、空腹には勝てず、俺の善意に根負けする。ジグも恐らくここ2日くらい飲まず食わずの寝ずの拷問を受けていたのかもしれない。
パンを食べ終えた頃を見計らい、就職の話を切り出す。
自分が寝ていた間に雇用主であるファロイドが自分の職を探していてくれたことに申し訳ないという表情だ。自分としてはそんなに気を負われると逆に気を使う。
「汚い、臭い、給料安いの三点揃いだが、一応奴隷のお前にも給料は出る。衣食住が無償で確保されている自分達にとっては立派な貯蓄になるだろう。頼めるか?」
「いやいや、清掃業しかないだろう。ファロイド、俺のために奔走してくれて、何と例を言えばいいか…。」
「お前のためだけじゃない。お前とその子供達のためでもある。昼間にまたジルとリリに会ってきたよ。」
昼間にジルとリリに会い、ジグの話を聞かせたこと、兄弟はジグの無念を分かってくれたが、それでも納得はしていないこと、孤児院に行く誘いをしたが、仲間を見捨てられないと断られたこと、などである。
「ハハハ。さすが俺の息子だ。義理堅い。」
話を聞いたジグは笑い声を上げているが、子供が立派に成長していたことに安心感したのか、涙を笑いで繕おうとしている。
そして俺の計画を話す。
『孤児仲間まとめて孤児院に入れてもらおう計画』だ。
そのための稼ぎであり、自分も薬草採取などで稼ぎを得る予定であることを話すと、なんとか笑いで取り繕っていたジグが感謝のあまり号泣する。
あんまり男に胸で泣かれても嬉しくない。
いや、女に泣かれるのはもっと嬉しくない。
泣いているジグには構わず、清掃業者の事務所と思われる所在地が書かれた予約板をジグに渡す。
「わかった。任せてくれ。」
そう言った男の眼には、涙はなく、決意の炎が宿っていた。
…さて、ジグも持ち直したようだな。
俺も行くとしよう。
休む暇なく木箱を持って部屋を出る。ジグは護衛としてついていきたいと懇願したが、断った。
今は子供たちに会う時じゃない。近くまで…とも思ったが、アジトが知られる可能性もあったので置いていく事とした。
さすがに正面玄関から木箱を持って出ていくのは気が引ける。木箱をカーテンが縛ってあった麻紐でぐるぐるに縛り、2階にある部屋からジグにそっと投げてもらうことにした。多少中身がグチャグチャになるが仕方がない。
見事丁寧にキャッチし、宿を後にする。
時間にして夜8時くらいだろうか。
今日は満月。いくらか明るい。
月明かりに眼が馴れてしまえば容易い。
そしてこの能力、俺自身が明るい。
髪も眼も、蛍のように薄ら光っているのである。
昼間や明るいところならさほど目立たないが、このような暗がりでは目立って仕方ない。
夜道で一番恐れていたのは賊による人拐いだったが、ここまで悪目立ちしていれば人拐いも寄ってこないかも知れない。
一番の問題は…
「ジグ!ついてくるなと言ったろう!」
建物の陰から奴隷の男が出てくる。ジグだ。
「気付いていたのか…」
そう、一番警戒すべきなのはこの男。
元護衛兵の元賊で、忍び足や潜むのはプロだろう。
常に気にかけていた。
というか気にかけても分からないので、頃合いを見て適当に言ってみたら、大当たりだったということだ。
「当たり前だ。(マジで着いてきてたとは)」
「すまん、どうにも心配で…。」
子供たちに会うという目的というより、身を案じての行動だったかもしれない。小学1年生の少女が1人夜道を歩いていたら、いくら不気味な雰囲気を放っていたとしても、いくら要人の服を着ていたとしても危険ということなのだろう。
「まぁいいだろう。だが、もう少しで着くから大丈夫だ。お前はそこで待機していてくれ。」
ジグを待機させ、通りを隔てたアジトへ。
子供しか入れないような狭い路地裏の、家々が重なりあって小さなスペースを作っている場所。そこが孤児たちのアジトだ。
入り口の足元には樽が無数に転がっている。
人拐い目的で入ってきた人間に気付けるような仕掛けだ。眼に見える罠だが、子供にしてはよく考えた方だ。
目立たない程度に声を出す。
「ジル!いるか?」
すると奥から「合言葉は?」と聞こえてきた。
合言葉を言う。
「海老の尻尾、食べてはダメよ」
ちなみにこの合言葉はリリが考えたもの。
ジルは俺に特別にと教えてくれていたのだ。
奥に招かれ、路地裏を進む。
畳3、4畳くらいの開けたスペースに、これでもかと布団を張り、横になる孤児たち。リリともう1人の男の子は寝ている。ジルと同じ年頃の女の子2人が起きていた。
とりあえず挨拶から。
「おっす。ジルの友達のファロイドだ。宜しく。」
「セイラよ。宜しく。」
「ピコです。宜しくお願いします。」
セイラとピコとレイタは三人兄弟だ。
赤毛ツインテールのセイラと赤毛ポニテのピコ。
ツンツンした目付きのセイラと、タレ目のピコ。
ハキハキしたセイラと、おっとりした方がピコ。
双子のようだ。
リリと一緒に寝ているレイタが末弟にあたる。
初顔合わせも済ませたし、早速目的を果たそう。
「ほら、差し入れだ。ちょいと冷めちゃったけどそこは勘弁してくれよ。」
木箱を開けるとグチャグチャになった元ハンバーガーが散乱している。くっ、かたじけない。俺にもっと先を見通す目があればパンと肉や野菜は別にしたというのに!
それでも子供たちはおおはしゃぎだ。
「おい!起きろ!リリ、レイタ!ファロイドが飯を持ってきてくれたぞ!」
「すごーい!牛肉だぁ!」
「いい臭いがしますぅ…」
リリとレイタを起こし、飯にした。
ジルは自分の分を俺に分けようとしたが断った。
ホント、どこかのダメ親ににて義理堅い男である。
ジルとリリは、泣きながら食べている。
懐かしい味なのか、食べたことのない味だったからか。
感謝と、悔しさと、切なさと、ひもじさと。
どちらかと言えば悲しい涙だったが、それでもジルとリリは誰を責めるでもなく、一言目には俺に感謝の言葉を発した。
健気だな。本当に。
心が酷く痛む。
ああ、やっぱり俺には救済なんて向いてない。
食べ終わってすぐ、俺はアジトを後にする。
もっとゆっくりしていけよとジルが言ってくれたが、耐えられなかったのだ。人の不幸を見ることが。人の悲しい涙を見ることが。
だから悲しみから逃げ出したと言っていい。
また来ることを約束した。
路地裏を抜け、通りに出る。
ジグが待っていた。
「待たせたな。」
「待っていたよファロイド。心配したぞ。」
「あぁ。すまないな。戻るとしよう。今日は少し疲れ…」
言い終わらないくらいのところで、急に耐えられないほどの眠気が襲った。グルングルンと視界が回り、立っていられない。
その場に倒れ込んだ後も、地面がグルグルと回転しているようだ。ジグが必死に揺すっているが、音が聞こえない…
視界が夜の闇に呑まれていく…
人物紹介
○ファロイド
この物語の主人公。
だいたい年齢は6歳くらい。
金色の長い髪と、赤い瞳を持つ美少女(♂)
特殊能力『食べなくても大丈夫』
○ジル
シンクバトラ王国の路地裏で出会った孤児奴隷。
芯のある男の子。7、8歳くらい。
主に盗みで生計を立てている。
責任感と正義感が強い。
路地裏の子供奴隷ではリーダー格。
◯リリ
ジルの妹。5歳くらい。
オドオドしている小動物系女子。
心優しき女の子。
◯セイラ
赤毛ツインテールのキリッとした女の子。
年齢7、8歳くらい。
◯ピコ
赤毛ポニーテールのおっとりとした女の子。
セイラの双子の妹。
年齢7、8歳くらい
◯レイタ
セイラとピコの弟。
栗色の髪の毛をしている。
年齢5、6歳くらい。
◯ジグ
ファロイド専属の犯罪奴隷。
ジルとリリの父親。30台半ば。
心配性で義理堅い。
真面目すぎるのがタマに傷。
元護衛騎士、元盗賊。




