第三十一話:思惑
~アルマン王視点~
不気味なレモンイエローの光を放つ長髪の幼女が玉間から去っていく。安堵で腰が抜けてしまいそうだ。
不死の能力を持つ可能性があると報告を受けた部下から聞いたときは、舞い上がる思いだった。
衝撃的だった。
胸を踊らせて、期待に溢れて。
見たい一心だった。
そして、不死を見た。
衝撃的だった。
感動はない。感激はない。
恐怖だ。
ただ、恐怖が身を焼いていく。
心臓の鼓動をここまではっきり感じたことはあっただろうか。即位以来、初めてかもしれない。
あれは、化け物だ。
神秘では断じてない。
悪魔の呪いの類いだ。
直感が言っている。
あの男は、いつか必ず災厄をもたらすだろう。
生かしてはおけない。
だが、あの男は殺せない…。
きっと切り刻んで燃やしても灰の中から蘇るだろう。埋めたら土から生えてくるかもしれない。沈めても恐らく平気で出てくるかもしれない。
そして、奴の考えが読めない。
何故自分を殺めた男を庇う?
何故自分を陥れた者を憎まない?
しかも自分がその罪を背負って自害するなど。
最早それは普通ではない。
偽善を越えた狂気だ。
自己犠牲的な聖人には会ったことはないが、あれは…
とにかく、爆弾を抱えて密室に籠るようなものだ。
あの男(女)は、この国にいさせては危険だ…。
「……下、陛下!」
呼び掛けにハッとする。
呼び掛けたのは軍務大臣だった。
彼もまた、顔色は優れない。
「このまま彼を自由にしておいて良いのですか!?彼はあまりにも危険だ!この国への不法侵入、王への無礼な物言い、捕らえようはいくらでもある!今すぐ彼を牢獄へ入れるべきだ!あんなものを放っておけない!」
他の大臣からも同意見が寄せられる。
やはり皆、感じたことは一緒だ。
ワシも同感に思う。
だが…
「…そうしてどうなる?彼はこの国に恨みを持つだろう。それにまだ、彼を利用するという手が残されているではないか。所詮は世間知らずな若造。武器もなく武道の知識もない若輩。何も恐れることはない。カトラ皇国に送るまで、適当に恩を着せて首輪をかけて、泳がせておけばよい。」
そう、彼に何ができると言うのだ。武道の知識もなく、この世界の理すら知らぬ若造ではないか。ただ子供にしてはあざとく、ズル賢い程度だ。前世では27歳だったと言っていたが、その年頃の人間は大抵、恩やら期待やらという言葉に弱い。
そう、所詮は青二才…。
~ファロイド視点~
「…なんて思ってくれていれば大喝采だ。」
ジル・リリ兄妹と別れたファロイドは中央通りを悠々と、そして堂々と歩く。相変わらず変な目で見てくる奴は多い…だが不思議と目線の質が変わったような気がする。この青い服がその理由だろう。人間なんて簡単なものだ。相手の立場や外見に左右される生き物だ。
この服以外にも、今回の交渉は概ね上手くいった。
立場や力を示せた。恐れを抱かせた。
だがその反面、俺をナメめているだろう。
実年齢27、どう頑張っても人生経験としても年齢としても王様には勝てない。ならばナメられているうちが華だろう。
あとは、「恩義は必ず返す」とか、「いつかシンクバトラ王国に戻って貢献する」とか言いつつ、貰えるものは貰えるだけ貰っておこう。
俺にこの国に従う義理はない。
そもそも不当な扱いをしたのはそっちだ。
勝手に奴隷の烙印を押しやがって。
この国の、いや、この世界の奴隷制度が気に食わない。
交渉はこれからも強気に上手く進めていこう。
そして今回、交渉し損ねたことがある。
それは金銭の確保だ。
兄妹と会って、一層強く感じた。
やはり働いて金を稼ぐ必要がある。
既に衣食住は確保することができた。
だが金がいる。
少しでも多くの金が。
しかもカトラ皇国へ出発するまでの短期間で。
この知恵を活かせる場は少ないだろう。
子供の身体ゆえに大人より効率が悪いのも事実だ。
前世の記憶など働きお金を稼ぐには必要ないものばかりで取るに足らないものかもしれない。
だが、やれることはあるはずだ。
いや、今やれることは1つしかない。
一通り王都の通りは歩いた。
急な崖を背にする王宮、長方形の王都の町並み、中央通りから左右対称に伸びる何本かの通りと平安京のような碁盤の目をした作り。中世ヨーロッパを彷彿とさせる石造りの外装を持つ家々。
景色だけを見ればうっとりとする。
芸術だ。溜め息が出るほど美しい。
景色だけを見れば。
路地裏では奴隷や孤児が太陽から身を隠すように小さくなっている。時々陽の当たる所に出てきては盗みを働く者、陽の光に晒されて干からびながら恵みを請う者。
これは芸術ではない。
夢心地が一瞬で泥沼の現実に引き寄せられる感じだ。
鬱苦死慰とでも言うのかな。
懐かしい感じだ。
『異世界転生』
言葉の響きはいい。
実質転生した世界が希望に満ちている世界なら。
自分が世界をまるごと救ってしまうようなチート能力を持っていたならば。
さぞかし素晴らしい世界なのだろう。
だがこの世界はどうだ。
確かに建物や文化は中世的で異世界だ。
元の日本で見たスラム街と対して変わらない。
言い様のない憤りを感じる。
いや、憤りかどうかすらも怪しい。
救えない哀しみ。
いや、救おうとするのはおこがましいかも知れない。
彼らは何故そういう人生になってしまったのか。
俺は何故そういう人生を回避できたのか。
生まれに恵まれ。
運に恵まれ。
親に恵まれ。
友に恵まれ。
俺は恵まれて生きてきた。
所詮、恵まれた奴が恵まれない奴の苦しみなぞ分かるわけがないっていうのに…。
何を救えるというのだろう。
何が分かると言うのだろう。
いや、分かりはしない。何も。
救えはしない。少なくとも俺は。
落ちたパンを砂ごと掻き取って食べる気持ちを。
この世界から見放された奴の苦しみを。
俺は所詮、何一つ分からないのだ。
賢君、良君による治世。
この世界でこの国はそう言われているらしい。
その側面に少しだけ触れて、俺は再び歩みを進めた。




