第二十五話:英雄の処断
「こやつの処遇を任せたい。そこの近衛兵よ。彼に剣をもたせてあげてくれ。」
王の一言で思わず固まってしまう。
これは全く予想していなかった。
そう、王は俺に覚悟を求めている。
王は俺の前世の平和さは知っている。
俺が人殺しをしていないことも。
それを知っていて、俺に処断を委ねた。
この王様は、慈悲深いようでその実、なかなか巧妙で、何より人が悪いようだ。
さっそく、首輪をかけてきたか。
王は殺された大臣を慕い、大臣は民からの人望がある。俺もほんの数時間の関係とは言え、色々な事を丁寧に教えてくれたり、俺の話を深く聞いてくれた大臣の事は悪くは思っていない。
そして、一時とは言え、俺の歯車を大きく狂わせ、差別や拷問を受けるきっかけとなったこの兵士はヘドが出るほど憎い。
しかし、だ。
殺せと?この場で?
…俺に?
凍りついたような感じだ。
剣をもつ手先が冷たい。
心臓だけが高鳴っている。
しかし、その心臓は冷たい血を運んでいるような感じで、胸だけ残して身体がなくなってしまったように…
今は少し気を紛らそう。
そして、これだけは聞かなければ。
「すみません、王よ。質問を。」
「何かね?答えてみよ。」
「失礼を。例えばこの場で私がこの男の首を切り落としたとして、私は殺人の罪に問われるのでしょうか?または王の間で死人を出すのは不敬罪に当たるのでは?」
「ソナタの身はワシが保証する。気になされるな。ソナタが罪に問われることはない。」
いや、所詮は口約束だ。
殺人を犯せば何をされるか分からない。俺とて庶民からあらぬ噂を立てられている身だ。同時に処分してしまえば民の指示も得られよう。身の保証は確かではないな…。
「王よ。もう1つ。この男の首を跳ねる前に犯行動機を聞き出してもよいでしょうか?」
「よい。許そう。」
俺は剣を手に取り、踞る男の首筋に静かに刃を当てる。重いから刃は地面に着けて。
…これが本物の剣か。
重いな…何もかも。
男は細かく震えている。
俺はあえて冷たく言い放つ。
「死ぬ前に、答えろ。裏切り者の護衛兵よ。貴方は何故、人務大臣を襲撃したのか。」
男は絞り出すように、そして…
「あぁ、答えてやるよ…!俺はアイツに…妻を取られたんだ!…全てはその…復讐だ!」
場がざわめく。
周りの兵士や偉そうな大臣格の表情は、困惑している人間と、何か後ろめたい事があるかのように静かに目を伏せる人間とがいる。王は、表情を曇らせ、頬杖をついてこちらを見ている。質問を続けよう。
「その証拠は?」
「見たんだ…!アイツと…俺の妻が路地裏で…口づけをしているのを…!妻はその日からおかしくなっていった。よく家を開けるようになった。夜も戻ってこないことがあった…。そしてある日俺と幼い2人の子供に置き手紙を残して…。『彼の誘いを断れない、彼の元に行く』と…。悔しかった!だがそれだけじゃない。数日後、妻は王都の外れの山で殺されているのが見つかった!!」
その瞬間、場が凍りつく。
「続けろ。」
「…アイツは夫が俺とは知らないようだった。唆した人妻の旦那がどんな奴かも知らず、その旦那が生きていると知らずのうのうと生きていた!俺はその日からアイツを殺すために生きようと誓った!…だが、アイツは権力者…、護衛に囲まれ隙は一切見せなかった。だから俺は憎きアイツの護衛に志願し、信頼を得るまで、気を許すまで、裏でずっと首を狙っていたんだ…!」
「そして、盗賊に協力を依頼し、金品を譲る代わりに復讐の手筈を整えたわけか。」
「そうだとも!俺は満足だったぜ!最後あのクソ野郎を追い詰め、俺の妻の名前を言ったとき、青ざめ諦める顔を拝めたからな!!」
周りはどよめく。
怒りではない。恐れでもない。
何年もかけて成し遂げた一人の父親の復讐劇。
人望ある大臣の裏の顔。
そしてこの結末。
誰もが何も言えずにいた。
ただ一人、王を除いては。
「ソナタの言い分はよく分かった。だが、それが何だ?ソナタはワシの友を殺めた。それに違いはないだろう?」
そう、極論を言えばこの男は国家反逆罪。どんな理由であれ即死刑、場合によっては公開処刑である。だが、その内容が…。
男もそれに関しては反論はない。周りの兵士や緒大臣は言葉もなく沈黙している。
ならば俺から質問しようか。
「それで?お前の2人の子供はどうした?」
「答えるつもりはない。」
「名前は?」
「答えるつもりはない。」
「ジルとリリ、というのではないか?」
一瞬、男の顔が青ざめ、凍りつく。
「お前…何で…?」
「ここに来る最中に少しハプニングがあってな。その時にその兄妹と出会った。もう何年も会っていないのだろう?」
「アイツらは…元気にしていた…か?」
おそらくこれは、死刑より酷な宣告だ。
だが、嘘をついても無意味だろう。
原因の一端はこの男にもある。
慈悲はかけない。
「お前が預けた親戚に捨てられて、この白い服を纏って、ボロ雑巾のように路地裏で過ごしていた。兄が妹のために盗みを働いて辛うじて生きていた。」
男は泣き崩れた。
周りの誰もが目を伏せる。
周りの誰もが、悲しみに暮れている。
こんな末路があるだろうか。
妻を奪われ、殺され、復讐者となり、迷惑をかけまいと親戚に預けた子供は捨てられて孤児になって。
王はまだ友である大臣の不始末を認めていない。
沈黙を続けているが、王は怒っている。
目の前で泣き続けるこの男を許すことはないだろう。
俺もとても怒っている。
こんな感情は久しぶりだ。
世界を、滅ぼしたいと思う気持ちは。
まぁ学生時代、家庭内不和があり不登校になっている子供のボランティアをしていたことがある。家庭崩壊くらいはよくある話で、その度にこの世界と救うことが出来ない自分の非力さを憎んだものだ。
俺にも情はある。
目の前の男を可哀想だと思う。
不運だと、不幸だと思う。
だが…
「お前の犯した罪は国家反逆罪。それは変わりはない。そして拭う事も出来ない。お前がこの場で死ぬこともな。だが…敢えて聞いておこう。…生きたいか?」
男は答えない。
ここで生き永らえても、子供に会わす顔がない。
そんなところだろう。
俺ならそう思う。
男は最後の力で、呟くように、振り絞る。
「殺してくれ…」
「…だ、そうです王よ。しかし、どうか今のこの状況を見回して頂きたい。誰もが目に悲しみと慈しみを湛え、この男を憐れんでいる。この状況で怒りに身を任せ処断するのは簡単なことですが、それこそ王の名誉と信望に傷を付けましょう。公開処刑でもしようものなら国家全体の不信に関わります。」
俺の声に、王がその城門より固く閉ざした口を開け、低く重い声で唸るように言葉を発する。
「それで、ソナタはどうしたら良いと?」
「私は『この男に生きて罪を償わせるべき』と考えております。この男の望みは『殺してくれ』です。この男の命をここで消すことは、この男の望みを叶えるも同じ。この男は今、子供に会わせる顔がないから死にたいと逃げているのです。ならば、奴隷として解放し、子供に会わせ、謝罪させ、生き永らえる事こそ、死ぬよりも辛い生き地獄となるでしょう。」
「それで、友を殺されたワシの気持ちはどうなる?」
「王の寛大な一言で、この場にいる全ての人間の心が救われるのです。王よ。どうかご慈悲を。それでも怒りが治まらないのでしたらば、国家反逆罪の死罪、そして巻き添えになって殺された2名の兵士の無念とその罪、私が代わって受けましょう。」
王宮内は沈黙を保っている。
誰も、一言も声に出さない。
そもそも王の意向に逆らった時点で大罪なのである。
俺も覚悟ができている。
だが今は…非力な自分じゃない。
どんな拷問も耐えられる身体を持っている。
「もうよい。ソナタの意志は伝わった。ワシは我慢しよう。そしてこの男の弁を聞いた国民もきっと我慢してくれる事であろう。この中で人務大臣の死を我慢してくれるものは手を上げてくれ。」
間髪開けず、総挙手だった。
王の声で仕方なく挙手している人間は誰もいない。
本心からの挙手だった。
人物紹介
○ファロイド
この物語の主人公。
だいたい年齢は6歳くらい。
金色の長い髪と、赤い瞳を持つ美少女(♂)
正義感は強い方。
○アルマン国王
シンクバトラ王国の王様。
年齢50くらい。ガッチリふっくらした体格のオジサン。
ここにきて威厳がでてきた。
◯裏切り者の兵士
年齢30台半ばくらいのオッサン。
妻を取られ、殺され、親族には裏切られ、子供を捨てられ…と、あらんかぎりの不条理を経験し、復讐の鬼となる。
今は只、死を待つのみ。




