第二十三話:再び王宮へ
夜。
激しい頭痛と腹痛で目を覚ましてから1時間、俺は部屋のトイレで下痢と嘔吐を続けていた。
時刻は夜中の2時。顔は血の気がなくなり、うっすらと汗をかき、手や足は感覚が鈍い。まさに二日酔いの症状だが、昨日酒は出ていなかったはず…。
クソ…。悪い食べ物に当たったかな…。
それと、今の俺はあの状態にある。
金色の髪の毛はレモンイエローになり、やはり暗がりでも淡い光を帯びている。鏡に映った自分の瞳はやはり薄く輝いていた。
そして、股間の男の子のシンボルはない。
前回拷問を受けたとき、及び賊の襲撃を受けたときは事態が事態だっただけに股間の事などロクに覚えていないが、やはり性別が反転されてしまうようだ。
生憎股間のイチモツが消える瞬間は覚えがない。特に昨日の、拷問を受けての覚醒は頭が朦朧として、よく覚えていないのだ。
暫くして少し吐き気が収まり、楽になる。
目眩が酷い。世界がクルクル回っている。
重力が強い…身体が重い…。
この身体で実験したいことは山ほどある。
しかし、今は猛烈に体調が悪い。
よし。寝よう…。
朝。
身体の不調は全快している。
身体の造形は元に戻っている。
昨晩アレだけ吐いたというのにダルさもない。
何も変わらない朝だ。
これだけの回復力、やはり能力によるものなのだろう。
やはり反動や代償が気になるところだが…
今の俺には魔術の知識はないので考えようがない。
実験は次の機会に持ち越しだ。
空腹はないので朝食は食べなかった。
2階から大通りを見下ろす。
王都の朝はもちろんフジの村以上に賑わっている。特に宿から王宮まで一直線で行ける中央通りには多くの店や行商の出店があり、我先にと、採れたての野菜や魚を求めて殺気立った民衆がごった返している。いくら中央通りが4車線相当の広い道幅をもっていても、そこにはまるでカーペットの様に人の頭が敷き詰められている。
正直、大通りを歩くのは気が引けるな。
1本隣の裏通りは大通りに比べて狭いが、大型車が悠々すれ違えるくらいの広さはある。主に喫茶店やバー、商人向けの宿が揃っていて落ち着いた雰囲気だ。普通、逆である。王宮の前は落ち着いた大通り、裏路地は庶民向けの商業施設や店があるのが普通なのだが…。
この町の景観とこの民衆の活気、様々な衣装を着た人が行き交い、様々な店が開かれている様子から、このシンクバトラ王国は商業国家であると予想できる。恐らく多くの商人が自由貿易を行っているのだろう。織田信長の楽市楽座に近いかもしれない。
だが…どんなに目を凝らして探しても、やはりこの世界の異端の象徴、奴隷の証明である、この真っ白い服装の人間はいないな…。いれば目立つはずなんだが…
昨日の俺は、こういう大通りの中を堂々と歩いていたわけか。差別に負けまいと意固地になっていたとはいえ、確かに異質だな…。
まぁ道すがら「ここはお前みたいな奴隷が通る場所じゃねぇ」とぶん殴られなかっただけマシか。今度から控えよう。
今日は裏通りから王宮に行くこととした。
宿を後にする。
裏通りはバーや喫茶店が多く、おそらく夜は裏通りの方が賑わうのだろう。朝の裏通りは人通りも多少はあるが、静かである。
裏通りにも真っ白い奴隷服はいない。ここでも周りの白い目は変わらないが…まあ数が減ったと思えばマシか。奴隷はこの町にはいないのだろうか…。
いや、いた。
裏通りから細く小さく伸びる路地裏の、家と家の隙間に踞っている人影が見えた。板でスペースを作って目立たないように。白い服だが、まるでボロ雑巾だ。移動するときは、極めて短い距離を、小走りで、隠れるようにしてササッと動き、また隠れる。
少し離れたところには、大きな荷物が積まれた貨車を引く奴隷の姿が見える…が、やはり動きはよそよそしい。運び終わると、すぐに裏路地に入っていった。
そうか。
これがこの世界の「奴隷」の暮らし方か。
人目を怖れ、隠れるようにして生きる…。
なるほど、確かに俺は異質だ。
異質だが…認めたくないな。
この王国までの道中、賊に殺されたスルツェイ大臣が言うに、孤児がこの白い服を着せられる条件は親の承認の有無によるらしい。必ずしも全ての孤児が白服になるわけではない。
親が死ぬとき、必ず子供に服を残す伝統なのだそうだ。
それが、どんなに幼い子であっても、だ。
だから病気や事故で両親を失っても紋は残る。
しかし、親が子供に与えるのを拒否する場合は違う。親に愛されず、もしくは犯罪を犯すなどして親に愛想をつかされ、捨てられたら奴隷となるのだ。まぁ幼少の身で捨てられることは、親も育児放棄や虐待の罪を問われるため、滅多にはいないのだが…
とにかく、親の服は孤児にとっては命綱なのだ。
ここからは推測だが…
親に捨てられた白服の奴隷孤児はその陰の生き方を「暴力」によって「教育」されるのだろう。そして学習し、このように人目を怖れ、コソコソと生きるようになる。
大人になって重い犯罪を犯した人間も同じ。俺がぶちこまれた様な牢で徹底的に「教育」され、出てくる頃には洗脳されている図式だ。そして人目を怖れてコソコソと生きるようになるのだ。堂々と町中を歩こうものなら、あらぬ噂を立てられ、いちゃもんをつけられ、濡れ衣を着せられ、再び牢で教育される。
慈悲はないな。
厳しい世の中だ。
そういう転生をしてしまうとは、俺も運がない。
いや、前世の行いが悪すぎたのか。
当然の報い、か。
だが、この世界の歯車に従う気はない。
だって、俺はここでは悪いことをしていないのだから。
王宮まではまだ時間がある。
こういった裏通りを散策するのもいいだろう。
裏通りを歩く俺を見る奴隷たちの目は…やはり異質なものを見る目だ。
強い疑問の目であるかもしれない。
いや、侮蔑の目でもあるだろう。
不思議なことにその目は庶民のそれと殆ど変わらない。
俺から奴隷に話しかけても、言葉は返ってこない。話そうとしないのか、話せないのか。とにかく関わりたくないと考えているだろうことは予想できた。
この白い服を着る奴隷は大人ばなりだが…。
あそこの家と家の隙間の影に踞る白い服を着た赤毛の女の子は…子供だな。見た目5、6歳。その身なりはボロ雑巾のようだ。少し眺めていると、女の子よりは少し年上だが子供、歳の白い服を着た赤毛の男の子が駆け寄っていく。手には少ないが食べ物を持っている。孤児の兄妹、か…。
話しかけてみるか。
「ねぇ、君たち。ちょっといいかな。」
うわぁ!と小さな悲鳴を上げ驚く兄妹。兄は腰が砕けたのか地面に尻餅をついてしまった。妹は足がすくんで動けない。
「いや、驚かなくていい。ちょっと話がしたい。」
話しやすいように、俺も狭いところに分け入り、家と家の隙間に入る。兄妹はメチャメチャ俺を警戒しているが、蛇に睨まれた蛙のように小さく震え、動けずにいる。
「さて、まずは自己紹介から始めようか。俺はファロイド。少し君たちと話がしたいだけだ。そう怖がらなくていい。」
妹が囁くように問う。
「お姉ちゃん…?悪い人じゃないの…?」
「お姉ちゃんじゃないんだけど…。まぁそこはいいや。変な噂が飛び交っているけど、俺は悪人ではないよ。」
すると兄
「男なの!?どう見ても女じゃん!」
おいそれは黙っててくれ!
切るよ!もう髪切るよチクショウ!
まぁ子供はこれくらい元気な方がいいな。
「男だよ。一応ね。それより、どうしたんだい?君たちは。孤児奴隷なんて。何があったのか、事情を聞かせてくれないかな?」
兄が問いに答える。
「お前に答える義理なんてねぇよ!」
そりゃそうか。
そりゃ答えないわな。
「そうか。それならー」
そう言いかけた所で、大人の怒声が耳に入る。
「クソッ!あのクソガキどこいった!またウチのパンを持っていかれた!どこ隠れやがった!出てこい!」
…かなり怒っているな。
そして察した。さっき兄が持っていた食料は、やはり盗んだものだったのか。こうしなければ生き残れないとは言え、この年でこの生き方を学んだか…。
兄妹はなるべく小さく丸くなり、身を隠している。
だが白い服は家の影でも月明かりでもよく目立つ。
考えられているな。
このままでは発見は時間の問題か。
……。
俺は路地裏を出、足早に走っている男の前に出る。
男の足が止まる。
「どうしました?何か事件でもありましたか?」
ゆっくりとした口調で話した。
長い髪が風で靡き、大きく広がる。
鬣のようになっているかもしれない。
「こいつは確か…いや、何だテメェは!そこをどけ!」
「さて?退く義理はありませんが?」
奴隷がこの物言いをするとは誰が思うだろうか。
男が固まる。固まったところをもう一言。
「それで?何かあったんですか?」
次第に何だ何だと人だかりができる。
俺と男は人だかりに囲まれる。
路地裏に兄妹は…よし、逃げれたな。
さて、俺の役割は終わった。
男も毒気が削がれたらしい。奴隷なら、しかも大臣殺害の噂がある俺なら、このまま人だかりの前で公開処刑もあり得る話だが、男は「チッ!」と舌打ちし、去っていった。
今日の俺は運がいい。
人だかりも解散。
俺も堂々の凱旋である。
子供を危険から守ったのだ。
盗みを働く悪ガキだけど。
さっきいた裏路地に人影はない…が。
見つけた。
少し離れた別の裏路地にいた。
人目を怖れて見張る兄。
さっき盗んだパンを後ろで必死で食べる妹。
…。
再び声をかけてみよう。
「あの男は店に戻ったようだ。よかったな。」
「お前…何で俺らを庇った!」
「代わりにさっきの質問に答えてもらう。俺はお前らを庇った。これで答える義理が出来た筈だが?」
「くっ…そういうことかよ…。まぁいい、入れよ。」
路地裏に案内されたので着いていく。
さっきよりも更に狭い隙間だ。
子供一人分のスペースしかない。
その奥で立ち止まる。
「まずは自己紹介の続きだ。お前たちの名前は?」
「『ジル』ってんだ。こいつは『リリ』。妹さ。」
「改めて、ファロイドだ。」
「それで、俺らの事が知りたいんだってな?」
「あぁ、教えてくれ。どうしてお前たちは孤児奴隷をやっている?親はどうした?」
「捨てられたんだよ!大人…なんて…!」
「何があった?少しでいい。聞かせてくれ。」
「俺らは元々、普通の家庭に生まれたんだ…。でも、ある日母ちゃんが突然出ていっちゃって…残った父ちゃんも…人が変わっちゃって…俺らを親戚に預けて出ていったんだけど…親戚に捨てられて…」
なるほど、妻の不倫による家庭崩壊か…。
親戚に預けた父親としては不憫な事だ。
妻だけでなく、全て失うことになってしまうとは。
「そうか。悪かったな。辛いことを思い出させた。」
「いいよ…俺は約束を守る男なんだ。」
「これからお前らは…いや、聞くまい。俺はこの後予定がある。また会おう。元気でな。あの場所には当分近付くなよ。」
「分かった。お前の話もまた聞かせてくれ。」
「ああ、必ず。」
「さよならだ。ジル。そして元気でな。リリ。」
俺は兄妹と分かれ、路地裏を後にした。
急がないと。
人物紹介
○ファロイド
この物語の主人公。
だいたい年齢は6歳くらい。
金色の長い髪と、赤い瞳を持つ美少女(♂)
見た目は子供、頭脳はオッサン
○ジル
シンクバトラ王国の路地裏で出会った孤児奴隷。
芯のある男の子。7、8歳くらい。
主に盗みで生計を立てている。
◯リリ
ジルの妹。5歳くらい。
オドオドしている小動物系女子。




