第二十二話:俺の価値
シンクバトラ王国は小さい王国なのだと思う。
王都外れの城門から王宮まで一直線に続く大通りは幅にして4車線、距離にして2kmほどしかなく、他の家々よりも高い位置にある王宮から見下ろしても、現代の近郊住宅街ほどの規模はない。規模で言えば神奈川県は江ノ島のある市町村より、いや、実家のある長野県某所、湖のある市町村の市街地よりぜんぜん小さい。
だが、とても美しい町だ。
町全体が芸術作品のようである。
中世ヨーロッパの様な石造りの家々。石畳の路地。
家屋は密集しているが乱雑ではない清楚な街並み。
様々な模様の衣服を来た人々が行き交う大通り。
街は活気で溢れている。
指定された宿へ向かう。
今俺に付き添いはいない。
「ーーーーーーー。」
「ーー。」
「ーーーーーー。」
足を進める度にざわめきが起こる。
あちこちで緊急の井戸端会議が開かれる。
追いかけるもの、先回りするもの。
見て見ぬフリをするもの。
じっくり見つめるもの。
だが歩みを妨げる者はいない。
モーセが海を割るかの如く。
俺が歩けば、人混みが割れる。
この街には色々な人がいる。
色々な髪、色々な服の模様、色々な装飾。
背の高い人、背の低い人。
女の人、男の人。
高貴な人、貧相な人。
様々な人が行き交い…俺を見る。
その目は同じような光を宿している。
よく知っている。
それは俺の価値を値踏みする目だ。
よく覚えている。
それは俺の価値を暴落させる目だ。
よく分かっている。
その目には悪意が籠っている…。
その目線には「俺に近寄りたくない」という強い意志を感じる。「近寄れば厄を移されそう」とかそういう目線でもあるだろう。
噂話に耳を傾けると、一部では俺が「大臣一行を殺した」とか。また一部では「黒魔術を使う」とか。噂は止まることを知らない。
面白いものだ。人の想像などというものは。
こんな無能な俺を黒魔術使いなどと。
これも一種の黒魔術なのかもしれない。
幻覚、幻惑。この正体なのかもしれない。
だが元々そういう人間の心理現象は存在する。
人というものは、他者を評価する時、目立ちやすい特徴に意識や注意が引き付けられ、正当な評価にプラスまたはマイナスの補整がかかってしまう。これを後光効果という。
汚い身なりで面接に行ったら、身なり以外もだらしない人間なのではないかと面接官にマイナスの印象を与えやすいという例がそれだ。
自分でも思う。
今の自分の姿は異質だ。
まぁ黒魔術師くらい言われても仕方がない。
殺された人務大臣はかなり人気が高かったのだろう。
さぞ民衆から慕われていたのだろう。
俺に向けられている蔑意の目が、それを物語る。
大切な人を失った悲しさ。悔しくてやりきれない思い。
せめて誰かに敵意を向けたいという思い。
それが生き残った人間に向けられる事はよくあることだ。
だが俺は恐れず堂々と歩く。
俺は悪くない。俺は無実だ。コソコソと申し訳なさそうに歩いたのでは、俺に非がありますと認めるようなものだ。
冤罪で処刑は後免被る。
だから敢えて、堂々と振る舞う…。
心が折れそうだ。
宿は豪華そのもの。インテリアは国力の証。様々な装飾品や芸術品が飾られているところを見ると、この宿は王国の客人接待用に用いられるようだ。
だが、宿に着いても、その目線は変わらない。
ウェイターも丁寧な対応だが、やはりどこか冷たい。
客である俺とも最低限のやり取りに済ませている。
まぁ相手もプロだ。
プロだが、おそらく、奴隷と同じ衣装を着る者に最上級のおもてなしをする接待は初めてなのだろう。
何せ衣服で奴隷から王族まで階級が分かってしまうこの世界、今の俺はドレスコード必須の高級なホテルにステテコパンツと肌着で乗り込むようなものだ。
俺が王の勅令による宿泊で、王の客人であっても、身に染み付き心に焼き付いた奴隷制度は簡単には抜けない。
プロであれ、変えられないのだ。
それを考慮しても、ここの職員はよくやっている方だ。
部屋につき、とりあえず横になる。
おかしい…。
ここ数日の絶食と不眠と数々の拷問。
その疲労は抜けないはずだ。
だが今は疲労を感じない。
普通の午後だ。普通の体調だ。
髪を見る。相変わらず鬱陶しい長髪だが、あのレモンイエローの髪ではなく、いつも通り金色をしている。
つまり、恐らく今は能力は発動されていない。
今現在、疲労なと身体の異常が全快し空腹すらも消失しているということは、さっき発動した時の影響と考えた方がいいだろう。
ここ数日の経験から、ある程度の予想がつく。
恐らく、これはとんでもないチート能力だ。
だが、チート能力にも代償や穴があるもの。
それが分かるまでは、多用はできない…
いや、そもそも多用の仕方も分からないんだけど。
今まで記したノートは没取されている。
しかし、ノートには貴重な情報もある。
忘れないようにするべきだ。
部屋のメモに記しておこう。
そしてメモは携帯しておこう…。
夕食。
大広間に案内され夕食を食べに行く。
コース料理のようだ。
俺の席は一番後ろの右端。
察し。これは現代社会でもよくあること。
どんな事があろうと、舐められてはいけない。
特に食事は。
コース料理の1品目、前菜が来る。
だがフォークやスプーン、ナイフがセットされていない。
手で食べるか試しているのだろう。
職員を呼び、フォークやスプーンを持ってきてもらえないか伝えるも「少々お待ち下さい」の一点張り。その後も5分おきに同じ要求をするも、返答は代わらず、食べる道具を一向に持ってきてくれない。店員は明らかにやることがなくて突っ立っている、もしくは他のお客に過剰とも言える人員で対応しているのに、だ。
なるほど、これもよくある手だ。定番だな。
「おあずけ」をくらい、そのまま30分が経過。
ふむ…。
言ってみるか。
「すみません。何度も言っていますが…」
「すみません少々お待ち下さい。」
「そうですか。少々、と言いつつ、最初の1品目を料理を運んできてこれで30分。どうやら貴殿方は自分の作った料理に余程自信と誇りが無いと見える。お客様に出来立てを召し上がって頂く事にすら躊躇いと迷いがあるとは。シンクバトラ王国の程度が知れるな。下げてくれ。貴殿方の気持ちは伝わった。これは俺に出すには酷い料理で食べさせる事すら恥ずかしいと。自分の技量の無さ故に食べて頂くに値しないと。そういう事なのだろう?」
高らかに。
誰に言うでもなく。
端的に。核心を付くように。
最大限の皮肉の意味を込めて。
会場が凍りつく。
一瞬にして調理員、ウェイター、他の来客者など、この場にいる全ての人間の表情を変えた。勿論良くない方向で。怒りと、そして驚きが混じった複雑な表情をしている。
端から見れば奴隷服を着た孤児が、このような高貴な場で、こんな発言をするとは夢にも思わなかったのだろう。
その後、すぐにスプーンやフォーク、ナイフが配膳され、食事も前菜が作り直しされ、それに続く食事も普通に提供された。
俺はそんな食事を、自身の知りうる最大限のテーブルマナーを惜しみ無く振るって食べる。
前の世界のテーブルマナーなんて通用するとは思えなかったが、とにかく丁寧に、美を意識して食べていく。
周囲の人間の、あの怒りと驚きが混じった複雑な表情は、一気に驚きの表情に変わった。大方、孤児奴隷がテーブルマナーを使うなど…とかそういう事を思ったのかもしれない。人は見かけに依らないのだ。
舐められてはいけない。
舐められる必要はない。
それがこの世界の理であれ。
俺はその理に従う義理はない。
虚栄であっても、胸を張らなければ。
夕食の味は…まぁ普通だった。




