第十八話:いざ王国へ②
すぐにでもここから離れなければならない…が、この場でやっておかなければならないことが1つある。
それは方角の決定だ。
目指すべきは北にあるシンクバトラ王国。
比較的真っ直ぐな木の棒を拾ってきて地面に垂直に刺す。これは小学校の理科の実験で誰もが記憶の片隅にあるであろう「太陽の影」の観察だ。
まず前提としてある仮定がある。
以前風呂上がりに夜空を見上げ、ここが北半球であるということは分かった。北極星の正確な位置は分からなかったが、北極星と思わしき星の角度から、日本とそう違わない北緯であることも分かった。
つまりこの地を日本とそう変わらない緯度にあると仮定する。
日本では大抵3月20日前後に「春分」を迎えるが、この日は太陽がほぼ真東から真西に登ることは多くの人が知るところだろう。そこから月日の経過とともに夏至に向かうに連れて日の出の位置は北東方向へズレていく。夏至を越えると再び東へズレていき、秋分で再び真東から日が登るようになる。緯度が高くなるにつれ北へのズレ幅は大きくなり、結果北極圏では夏に白夜・冬に極夜という現象が起きるのだが…
ここを日本とそう違う北緯として考えれば、今は4月の始め。この日の出直後の朝日に照らされて棒から伸びる影は真西から弱冠南西にズレた位置に伸びていると分かる。まぁだけど、おおまかに大体東西南北を決めよう。
東西南北が決まったら、棒の位置から直角に地面に描く。十字の先に見える印象深い景色や風景をメモする。
確実に北に行くなら、定期的に目印を着けたり小石を置いていけば正しく北に直進しているか分かるだろうが、それをキャンプに戻った族が見たら跡を付けられる。それは出来ない。
また、北への直線上には低いが山もある。
直進して急斜面を登ったり降りたりするより、なるべく平地を迂回した方がリスクは少ない。
まぁせっかくありったけの知識を振り絞って格好つけたけど、結局はおおまかに進むしかなさそうだ。
草原を抜け、森を抜け、河原を下り、ひたすら北へ。北へ…。道行く人は、というか動物すらいない。
方角を測りながら進んでいるので、随分時間がかかってしまった。馬車で数日なら、子供の脚力で調べつつ歩くのは1週間はかかるだろうか。
森では強靭な蔦や蔓はナイフで切り剥ぎ、確保する。使えそうな枝は拾っておく。草原では野生の綿花や綿毛を採取し、保存する。
今日は日も落ちてきている。
すこし早いが、ここで野宿しよう。
夜中の移動は死を意味する。
登山キャンプの初歩である。
とりあえずは火だ。
趣味としていたキャンプの知識を総動員していく。
ナイフを乾燥した木の幹に垂直に当て、ナイフの背をトントンと木の棒で叩くと、少し時間はかかるが幹が縦に割れる。それを繰り返し、薪を作っていく。これを「バトニング」という。そして細く割った薪を、ササクレ立てる様に幾重にも裂いて「フェザースティック」という初期燃焼用の引火木材を作る。
これらはブッシュクラフトというサバイバル技術のナイフテクニックの基礎である。
乾燥した流木に蔦を巻き付けてT字状にしてドリルのような運動を加えることで、摩擦による発火を狙う。綿花を火種とし、何度もドリル運動により擦り合わせていく。
すると火がつく。
三角柱に組んだ薪に火種を突っ込むと、勢いよく燃え出した。よし、これで一段落。
あとは火を絶やさないように注意しながら、長い流木を三角垂に組んで、頂点を蔦でグルグル巻きにして補強して、木の枝、葉っぱを敷き詰めていく。突風が吹いたら一撃で崩れるが、とりあえずは超野性的な三角テントの完成だ。
さて、早いうちにこの服を何とかしなければならない。とりあえず血まみれのドロドロだ。この血の臭いを嗅ぎ付けて野生の肉食動物が襲ってきかねない。すっぽんぽんになり、下流の川で入念に服を洗い、火の近くで乾かす。
最後に食糧。
長い棒に細く割いた蔦を巻き付けて垂らす。先端に小さく裂いた綿花と綿毛を散らしたものを蔦で加工し、あとは拾った小さな金属片を曲げたり削って針にし、簡単な毛鉤を作る。天然テンカラ竿の出来上がりだ。竿を持って上流へ向かう。狙うはイワナ。魚影も充分。
勿論こんなもので釣れるとは思ってはいない。
だが今は4月始め。冬眠より目覚め産卵するために雄雌が積極的に餌を食べる季節。まぁ本来なら川釣り禁止の時期かもしれないがこの世界にそんな法律はない。バンバン釣る。そして時間帯は日の入り夕間詰め。食い付きはいい。
こんな即興の竿で3匹釣れた。
大健闘もいいところだろう。
イワナは棒にぶっ刺して焼いて食べた。
見た目小学生の俺がこんなサバイバル生活をしていたら、ぶっちゃけ野生児もいいとこである。前の世界で、俺はサバイバルやキャンプ、ブッシュクラフトに強い興味があった。高度に発展した現代では全く役に立たないような知識ばかりだったが、役に立ったな…。
さて、体力温存のために、火種を絶やさないようにだけは注意して、早めに寝るとしよう…。夜中に何度か起きて火をくべなければいけないし…。
快適とはほど遠いが、集めて積み重ねた葉っぱのベッドで今日は休むことにした。
朝。
木漏れ日に包まれて朝を迎えたことはあるだろうか。少し興味が湧いた人は是非キャンプをオススメする。小鳥のさえずり声と木漏れ日の目覚ましは最高である。
さぁ、今日も頑張っていこう。
とりあえず川で朝間詰めの釣りをする。
1匹釣れた。まぁこんなものだろう。
命に感謝します。
昨晩は見張りと警戒、火種維持のためにチラホラ起きた。朝まで火が燻っているため着火は容易だ。
魚を焼いて食べる。
水筒の水も残り少ない。
もし長引くならば水源の確保が必要だ。
今日で王国へ辿り着きたいところだが…。
とりあえず、まずは昨日と同様、太陽の光で東西南北をおおまかに計る。北は…、この目の前の川はどうやら目的である北に向かって流れているようだ。当分は川伝いに歩いていこう。
こういうキャンプで重要なことは、必要となくなった拠点はキチンと崩すということである。これは景観マナー的にもそうであるが、長期間不在にすると熊などの野性動物の住みかになってしまいかねない。覗き込んだ旅人が襲われるのを防ぐためである。
素材だけ残して解体し、綿花や蔦、摩擦式着火装置など最低限のものを袋に入れて出発する。
まる1日歩いて、ようやっと人の手が入った畑が見えた。集落があるのかもしれない。さらに進むと村というよりはコミュニティに近い数件の家が見えた。
話を聞いてみよう。
…まぁ勿論、話にはならなかった。
孤児奴隷と同じ真っ白な服、川で水浴びしたとはいえ奴隷より汚い身なり。皆教えることは何もない、あっちいけといった感じである。
ゴミでも見るかのような目線が痛い。
別に。最早慣れっこだ。前の世界の俺も、この世界へ来てからも、度々そういう目線は喰らっている。
何一つ情報は得られず、その集落を後にする。
それから半日歩いて、そこからさらに川沿いを数時間歩いた。
日も徐々に傾いており、今日の塒を考え始めなければならない。だが周囲は広大な草原と、この岩と砂利で覆われた河原以外はなにもない。疲労も限界だ。ここで野宿にしよう。
枯れ草と流木で昨日と同じように火を興し、草を刈り集めて簡単なベッドを作る。だが横になって休んでいる暇はない。せっせと流木を集め、長い流木を拾ってテンカラ竿を作って釣りをして食料の確保。
今日は川魚2匹と沢カニ、タニシのような川貝。
枝を濡らして箸にして直火焼きにしたカニを食べる。
恵みに感謝。
馬で継続的に進んで数日の距離。今日俺が休みなく歩いたとしても、子供の足では微々たるもの。まだ距離はある。
やはり水と食糧が厳しい。疲労もかなり極限だ。王都にに辿り着けさえすれば、なんとか水や食糧を恵んでもらえるかもしれない。
なんとか王都に…。
だめだ…意識が遠く…。
ファロイドは泥のように眠りに堕ちた。
人物紹介
○ファロイド
この物語の主人公。
サバイバルキャンプやブッシュクラフトが趣味。
田舎育ちの野生児。




