第十七話:俺はよく稀を引き当てる
雨がテントを叩く音で目が覚める。
雨の降り出しのようで、酷く土臭い。
幾分寒いな…。
身体を起こそうとすると、猛烈な目眩と熱っぽさ、そしてだるさで身体を起こせない。あぁ、重力が強い…。
また風邪でも引いたか。病み上がりのキャンプは子供の身体にはかなり応えたらしい。一昨日の風邪(?)ぶり返したか。
目を開けても、目を瞑っているように真っ暗だ。
ここは何もない平原。
雨夜の漆黒、闇の世界だ。
不気味だ。凄く不気味だ。
雨音だけが響き渡る。
何より怖いのは、この世界には恐らく救助隊なんてありがたい存在がいないこと。こんな何もない所で遭難したら終わりなのだ。
テントから顔を出してみる。
〈ガサッ!〉
!
今なにか茂みで動いた…!
一気に目が覚めた。
だるさなんて吹っ飛んだ。
熱っぽさは忘れ、変わりに背筋が凍りつく。
腰から下が無くなってしまったような錯覚。
心臓が高鳴る。
風は吹いていない。
風ではない。
付近に朽ち木などの障害物はない。
動物だろうか。生き物である事は間違いない。
だが野生動物というものは、雨の日は大抵穴蔵に籠って過ごすのが定石。本能的にリスクが高いことを知っているし、臭いが辿れなくなるからだ。
こんな雨の日に活発に活動する動物はいない。
そう、恐らくは人間…。
どうやら俺は「稀」を引き当てたらしい。
見張りはどこだ??
だが見張りの姿は見当たらない。
そもそも雨で灯りが消えている。普通なら灯りを絶やさないように火種は確保しておく筈だが…。
僅かな光を頼りに辺りを見回す。
これは…。
自分から僅かに離れた所に兵士の死体があった。
恐怖で声が出ない。
死体を見るのは久々だ。
だが殺人現場を見るのは初めてだ。
それも自分も殺される可能性がある状況など経験した事は勿論ない。
兵士は喉を一刺し。まさしく一撃必殺。
プロの手口だ。
兵士は声すら出せなかったのだろう。
泥の中を這うようにして隣のテントへ向かう。
隣には大臣が…
大臣は…心臓を一刺しだった。
豪華な指輪や装飾品は剥ぎ取られている。
その隣には護衛の兵士が横たわる。
これも心臓を一刺し。
どうやら二人とも寝込みを襲われたようだ。
もう一人の兵士は…いない。
外で死んでいた兵士は夜の見張り番ではない別の兵士だ。夜中の見張り番の兵士が見当たらない。
まさか…
待てよ…?そもそも昨日、何があった?
思い返そうにも記憶がおぼろ気だ。
確か宴の最中に強烈な眠気が襲ってきて、駆け込むように布団に入ったんだっけ…。
その後の記憶は全くない。
俺だけ生きているのは何故だ?
生かされたのか?何のために…?
いや、とにかく、だ。
今すべき事は何か考えろ!
この場を動かないことか?
殺人犯の目的が何であれ、既にこれは犯行が行われた後。犯人は犯行現場に戻ってくるというし…。生き残りがいたとすれば、いくら子供とて容赦はしないだろう。
だがもっと危険なのは、月すら出ていない漆黒の闇夜、東西南北も分からないまま外へ避難して無事とは思えない。
このテントに居座るのは危険、死を意味する。
だが遠くに逃げるのはもっと危険…。
ならば、このキャンプが見える位置に避難して朝を迎えるべきだろう。賊の動きを読むことも出来るかもしれない。
決死の思いでテントを這い出し、泥沼の中を匍匐前進してキャンプを脱出、100mほど離れた鬱蒼と茂る木に身を隠す。何とか日の出まで持ちこたえてくれ…
そして再び強烈な眠気に襲われる。
ここまで緊張した状況でこの眠気?
いくら子供の身体とは言えありえない。
やはり…睡眠…薬…
朝陽で目が覚める。
朝まで寝てしまうとは…。
雨は上がり、朝焼けが美しい。
朝露の反射でで草原がキラキラと光っている。
ドロドロのビショビショになった服が身体に張り付いて…
…え?
ここで初めて、俺は自分の状況に気付く。
俺の服には、胸に大きな穴が空いていて、服の胸から下の部分は泥だけでなく、血でカピカピに固まっていた。
反射的に胸を見る。
大きく横一文字に傷跡がある。
勿論こんなものは昨日の夜まではなかった。
そう、俺は刺されていた。
大臣や兵士と同じように。
致命傷である胸を刺されていた。
しかしどういうわけか傷は癒え、俺はこの通り生きている。痛みすらない。死ななかったのだ。
…いや、驚いている場合じゃない!
キャンプは…。
馬車はある。馬がない。馬を盗られたか。
周りに人の気配は…ほら来た。
夜明けと共に賊らしき人物が数人キャンプに寄ってくる。俺の判断は正しかった…そして間違っていた。
「旦那!おかしいです!ガキがいません!」
「あぁ?何言ってやがる!確かに殺した!俺が!等しく!平等に!いねぇわけねぇだろ!」
「ちっ!どっかに隠れてやがるのか!」
ヤバイ…!
探しに来るか…?
見つかったら確実に終了だ。
そしてこの距離。100mごときで子供が大人に逃げ切れる訳がない。付近を探し始めたら詰み、遠目で見つかったら詰みだ。今は息を殺して祈るしかない…。こういう時、この自慢の長い金髪が邪魔だ…!
「ハッ!ガキ一人に何ができる!どうせ手負い!ここから町まではかなり距離がある!どうせどっかで野垂れ死ぬだろうぜ!行くぞ野郎共!痕跡は残すな!」
どうやら祈りが通じたらしい。助かった…。
賊共が去っていくのを確認し、暫く時間を置いてテントへ戻る。
やはり、夢ではかった。
大臣や兵士は昨日と変わらぬ姿勢で横たわっている。踏まれたのか、靴跡がついている。血の臭いもそうだが、既に死臭が酷い。
さっさと足早に退散しなければ、いつまた賊が見に来るか分からない。俺の選択肢は只一つ。
俺の荷物を手に取る。
ナイフ、ペンとインク、そしてノート…
よかった。ノートが無事だ。
日本語で書いてあったんだ。
恐らく盗賊は子供の落書き程度にしか考えて無かったんだろう。
運のいいことに水の入った水筒もある。
他には…何もないか。
ものの見事に全て無駄なく盗られている。
パンの一切れすら無駄にしない盗賊の鏡。
さぁ、行こう。
とにかく急いでここを離れないと。
地図はない。シンクバトラ王国への道のりはこのノートに書いてあるメモ書きが頼り。
平穏な旅だと思っていた。
あわよくば出世へのレールを敷けたらと、頑張ってアピールしたが、そのアピールした相手はもうこの世にいない。というか名前すらロクに聞けなかった。
そう、ここからだ。
本当の意味で、俺の旅が始まった。
人物紹介
○ファロイド
この物語の主人公。
金色の長い髪、赤い瞳を持つ美少女(♂)
缶蹴りやかくれんぼは得意な方。
○スルツェイ人務大臣
シンクバトラ王国の大臣。人材育成・人材発掘担当。
がっちり体型のオジサン。
赤を基調とした布地の服に、金色の豪華な刺繍がしてある服を着ている。空から降ってきたファロイドの噂を聞いた王様によりフィアン村に派遣されてきた。
子供に対しても知識ある者にはちゃんと敬意を払う。
メチャメチャいい人。
シンクバトラ王国への道中、暗殺されてしまう。
享年52。
○護衛の兵士2人
装備は胸当てとヘルメット、武器はカットソー。
簡単な装備。
実力は不明。
スルツェイ大臣と共に暗殺され死亡
○失踪した兵士
装備は他2人と同じ
こいつだけ遺体が見当たらない。
裏切った?




