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煉獄世界の死神  作者: 敗北の貴公子
後悔の航海
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第百六話:再びの寄港、そして


この世界には2つ、世界協定で不可侵と平和が定められた自由貿易商業特別地区が存在する。

その1つがここ、カトマイ共和国から南に60kmほど離れた位置にある、人口1万人の大きな島に設けられている、カトマイ共和国領商業特区カリムスキーである。


ナスのような形をした島には、お椀を伏せたような小高い山があり、海岸線から尾根、そして山の頂上付近まで、レンガを基調とした家が所狭しと積み重なっていた。どこかカトラの街並みを思い出しつつも、ここの島には三角の屋根はなく、皆平たい屋根をしていて、家はまるでコピーペーストしたかのように同じ作り。どこかカトラより多様性に乏しく、その分寂しい街並みに感じる。


そんなカリムスキーで一番大きな港は、まるで城門のように立派な構えであり、善意を以て貿易を楽しむ者を歓迎し、悪意を以て不利益を与える者を拒むような佇まいをしていた。


そんな中、真っ黒な船体の、ドクロの帆を掲げた、しかもカトラ皇国所属のこの海賊船は、悪意そのものの見た目なのであって…


しかしどうしてか、この船は何の検閲に引っかかることも無くゲートを入場することができた。

まるで赤いバイクが郵便を届けに来たかのように、港にいる人間の顔に動揺はない。


接岸と同時に、十数人の武装した憲兵が船に集まり、この船に乗り込んできた。クラプラさんの指示で総員武装解除、足元に刀剣類を放棄し、全員後ろで手を組む。

その後憲兵たちは船乗り共の貧相な服装をポンポンと叩き、身体チェックを行う。これは要は検問で、後でアスキャさんに聞いた話では、特に麻薬関係をチェックしているらしい。現代史ではアヘン戦争を代表とし、麻薬が国家を転覆させかねない史実も存在していた。以来ちゃんとした法治国家ならば、どの国でも麻薬は厳しく取り締まられている。それはこの世界線でも同じことのようだ。

身辺のチェックが終わったら、アスキャさんの案内の下、憲兵たちは武器庫、倉庫の方に誘導され検閲を行う。その間微動だにしてはいけない。動いたら子供と言えど命の保証は無いと言われ背筋が伸びる。これは今までにはなかったこと。普段空気を読まないクヴァも表情が凍っていた。


数十分だが数時間にも感じた、微動だにできない緊張の時は過ぎ、憲兵たちが船から降りて検閲終了。幸いにも押収品はなかったようだ。

バルザは大きなため息を着き、ルザルはへたり混んでしまった。無理もない。憲兵たちの実力は不確かだが、その眼光が半端ではなかった。俺も子供ながらに肩が凝り腰が痛い。


アスキャさんやクラプラさんが手続きを行い、終わり次第カトラからの物資を降ろしていく。輸出品は牛の皮、羊の毛、他には刀剣類や金銀の装飾品なども含まれていた。俺たち子供も積み下ろしを手伝う。

ここでは全体の半分を積み替えるのだそう。

積むものは肉などの食料や岩塩や鉄鉱石や鉛、炭などだ。残り半分の物資と共に、これをラカタ王国まで運ぶのだ。



これはアスキャさんの座学で教わったこと。


世界の北西にあるカトラ皇国は温帯~冷帯の気候で、小麦や畜産業を主とし、武器の加工も多くの職人が揃っている。また地下資源も恵まれた方で、鉄や金銀、硫黄その他資源も採掘している。


世界の北東にあるカトマイ共和国は主として冷帯、ツンドラ気候で1年を通し五大国の中では最も平均気温が低い。大規模な針葉樹帯があり、豊富な森林資源を持つため木製品や炭の輸出が盛ん。カトラ皇国の次に鉄鉱石の算出が多い。岩塩や綿花なども輸出しているらしい。


世界の南東にあるラカタ王国は高温多湿な熱帯気候が主で、広大なジャングルがあり、フルーツなど果樹や魚、畜産業、林業、カカオやコーヒーが特産となっている。鉄鉱石などには乏しい。


世界の南西に位置するミノア帝国は高温だが乾燥していて砂漠・サバンナ気候。綿花やスパイス類などの特産品の他に、宝石や岩塩など貴重な石の採掘が最も盛んで、噂では『燃える水』などの資源があるようだ。


最後に世界の1番東に位置する大きな島『マザマ王国』は、そもそも鎖国状態であり全て不明。独自の文化を発展させた国であることしか情報はない。



さて、世界協定において自由貿易が認められている港は、現在はここ、カトマイ共和国のカリムスキーとミノア帝国内にあるヴェスビオの2つである。俺たちが出航したカトラ皇国のグリムズヴォトン自治区も、実は元『貿易港』だったのだそう。

しかし、十年前の戦争でグリムズヴォトンは壊滅してしまった。カトラ皇国の尽力により復興しつつあるものの、貧民街の治安問題や資金のもあり復興は思うように進まず、今は小さな船着場と港町を残すのみとなってしまっている。

不可侵協定もその時に急遽定められたものらしい。

自由貿易は自国の文化の発展に大きく寄与する。

世界最先端の物や情報が手に入る可能性があるのだ。

自由貿易特区を持つ国は、情報戦と資金源において一歩リードしていると言っても過言ではない。

そして不利なカトラ皇国は積極的に敵国の領地である自由貿易特区にも乗り込まなければならない。もちろん入港税は不平等な額を払わなければならないし、寄港時間もカトマイ共和国所属の船や友好国の船とは違って大幅に短く限られている。何より、島では不可侵協定で守られていても、島の外は危険に変わりないのだ。


そんな危険を冒す任務を任せられた人物は?

そう、十年前、カトマイ共和国側の首領として、ノバルプタ王国の王として、戦争で散々カトラ皇国の貿易港を荒らし回り、捉えられ、カトラ皇国側の捕虜となり、後に寝返りカトラ皇国側の海軍大将を任せられた張本人こと、この船の船長『アブルプタ』その人である。


アブルプタがカトマイ共和国を寝返りカトラに着いたエピソードは、また後のお話に。




さて、寄港時間があまりないため、ここでは荷物の積み下ろしのみ行い、再度出航となる。俺たち子供には下船許可も降りなかった。もしかしたらこの世界の手がかりや情報が手に入ったり、今となっては過去の掘り出し物が見つかるかもしれないだけに、非常に残念だ。

というか陸地に降りたい…。



全ての物資の積み込みが終わり、足早な出航。

特に船を見送る者はいない。寂しい船出だ。



それから数日、数週間、数ヶ月。

また船の上の生活が続く。

朝早く起きて、夜遅くまで肉体労働をする。

昼間は適度に休んで体力を温存し、空いた時間があれば武術や学問の鍛錬に励む。

時には不漁で食事がない時もあった。

時には航行が長引いて水がなくなり、顔見知りの小便(加工済み)を飲むこともあった。

それでも俺たちは一日一日を乗り越えていく。



カトラ皇国を出て100日が過ぎた頃。

俺たちは船の全てのクルーの名前を覚えた。

船乗りとしての技術も身に着き、力仕事以外では殆ど大人と差し障りないレベルの仕事を任されるようになった。武術に関しては槍や弓の練習も始めた。勿論槍も弓も子供用サイズだが、戦闘のカンは磨くことができる。これも優しい大人に何度も頭を下げ、こっそり食事を贔屓(ひいき)したり、積極的にお酌したりして『教師』を得た。勉学についてもそうだ。アスキャさん以外にも『教師』を作り、語学やサバイバル術を学んだ。



カトラ皇国を出て200日を過ぎた頃。

空き時間で修練に励んだ武術が身に定着しつつあった。この頃から大人とも立ち合い、決闘を行うようになる。勿論海のアラクレは子供に容赦ない。容赦なくぶっ飛ばされ、時には船から落ちることもあった。

それでも皆泣いたりはしない。

俺たち子供の目標は最早ただ1つ。

強くなること。強くなって生き残ること。

生きてカトラに還ること。

その為に死ぬ気で大人たちから技術を学んだ。

体格差はあれど鋭い一撃に神経を尖らせた。

アスキャ先生は地理・地学、政治・経済以外にも、時折子供たちを集めて魔力の練り方を教えてくれる。

バルザ、ルザル、クヴァは俺と違い魔法適性がないが、魔法が扱えないだけで魔力は扱える可能性がある。魔力を四肢に流し膂力の補填とすることで、常人には無い筋力や瞬発力を手に入れることができる可能性がある。その可能性に3人の子供は奮起した。



そして300日を過ぎた頃。

俺たちはカトラ皇国の友好国でもあり、俺の『期限付き輸出先』のラカタ王国に着いたのだった。






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