第百四話:漁村への寄港
二度目の嵐の夜が明けた。
芋の煮っころがしかと思うほど転がされて。
小豆を洗うように引きずられて。
寝られるわけない。
二度目ともなると初体験の興奮もない。
ただウンザリするだけ。
ただ打ち付けられた身体が痛いだけ。
全身ボロボロだ。
正直言葉を発する元気もない。
クヴァも昨日のテンションはどこへやら。
燃え尽きたようだ。
一言も発してない。
それは子供たちだけでなく、大人も同じ。
表情に疲れが出ている…が、それはそれ。
空が晴れ、朝日ったらすることは同じ。
そう、食料の確保である。
男どもは重たい身体を引きずるように漁に出ていった。それと共に自分たちにも招集がかかる。
子供といえど甘えはない。
そして俺たち子供も分かっている。
『働かざるもの食うべからず。』
正直辛い。大人より圧倒的に体力がないのだ。
小学1年生の身にしてはハードワークすぎる。
…というのは現代日本で過ごした甘えだろうな。
泣き言を言う子供はいなかった。
甲板へ上がり朝日を浴びると、昨日までは豆粒みたいに遠くにあった島はすぐ近くにあった。
ここなら大人なら泳いでもたどり着けるだろう。
しかしまずは食料の確保。
水は濁りに濁っていたが何とか船員分の魚を確保することができた。そして捌いていく。
今日は干物にしないため、アニサキスなど寄生虫には細心の注意を払いつつ、頭を落とし、腹を裂き、骨を取っていく。
お腹がすいたからと言って子供が先にできたてを食べるのはご法度だ。必ず人数分確保できたことを確認してから配り歩く。
そして皆で海に感謝して食べるのだ。
島は見えるというのに終始全員が無言。
海賊と言うと「野郎ども島だー!!」とか「上陸だァー!!」とか「お宝だー!!」とか言うと思っていたけれど…まぁこの人達は新規開拓冒険者というよりは見知った海域(湖?)で運送を行っているワケだから、見知った島に着いただけであって、ワクワクも何もないわけだ。
でもそんなこと、俺たち子供には関係ない。
生まれて初めての船旅!
初めての島上陸!
嵐を乗り越え生きている喜び!
…などと大喜びする元気はなく、ただただ生きている安堵感と、度重なる疲れでへたりこんでいた。
そして島に近付くと、俺たちの目から喜びも消えた。
港や島の沿岸部は壊滅していたのである。
高波だろうか。
殆どの家屋が流され、無惨な姿になっている。
寄港したとしても、安心して身をおける場などどこにもないのはひと目で分かった。
港に着く前から、瓦礫で出来た揺れ動く陸地を、かき分けるようにして船は進む。浮いているものは瓦礫だけではない。魚、布、そして、人ーーー。
朝食べたものが残らず口から出てきた。
大人たちは知っていたのだ。
この現実を。
港も壊滅していたため、船は着岸せず、沿岸に錨を降ろして船を固定し、数人ずつ小舟で上陸することとなった。
先頭は勿論、アブルプタ船長。
船長は上陸するや否や帽子を取り、集まってきた住民に対し深く一礼、弔意を表した。俺達もそれに続き、深く、そして長く一礼。
後に続くように数人づつ小舟で上陸する。
俺たちは最後に上陸した。
住民との会談を終えた船長アブルプタが戻ってきた。
皆に向かって吠える。
「野郎ども!!!俺たちはこの島に暫く留まり!!!復興の手伝いをする!!!」
バッと全員が一斉にアブルプタに敬礼。
誰一人として反論はない。
俺たちも周りに倣うようにして敬礼。
俺たちも異論はない。
かといって俺たち子供にできることは限られている。
大きな瓦礫を大人たちが撤去している間、俺たちは船に戻って船の掃除。俺たち子供と数人の女たちだけで船を片付けなければならないので普段よりも大変だった。
昨夜は寝ていない。胃の中身は海の中だ。
掃除して、日が暮れる前に泥のように眠る。
昼に何を食べたか、いつの間に男たちが船に戻ってきたのかなんて記憶になかった。
寄港2日目。
普段通り漁を行う。昨日よりも水の濁りがない。
しかし海に漂うゴミは減ってはいなかった。
網で掬った中身は魚より木屑が多い。
網を傷付けないよう、慎重に魚を採った。
採った魚は捌いて船に運ぶ。
普段よりも多めに魚をとったのは、島の住民にも配るため。嵐で漁船が壊滅したのだ。貴重な船のひとつとして食料確保に努めなくてはならない。
食料確保が出来たら、ササッと食べて男たちは街へ。
俺たちは普段通り甲板の掃除と衣類布類の洗濯。
男たちの服は、かなりの力仕事をしているのか酷い汗の臭いだ。それだけで吐きそうになる。
掃除洗濯が終わったら小休止。
午後は街へ出て小さな瓦礫や木片、装飾品や生ゴミを1箇所に集め、木片と瓦礫は使えそうなものと捨てるものとを分ける。地味だが大切な仕事だ。
今日は無風だったため、街全体を鼻をつくような、生ゴミと糞便が入り交じったような酷い悪臭が漂っている。ここ数日で何度目の、何十度目の吐き気だろうか分からない。何度吐いても、吐き気というものは慣れないものだ。
瓦礫収集は夕方まで続いた。
軽食を食べ、暗くなる前に横になる。
3日目、4日目も瓦礫収集は続いた。
4日目になる頃には粗方の瓦礫は片付き、『なんにもない世界』ができあがった。
また、3日目から、船に積まれていたドラム缶を使ってドラム缶風呂にしたり、浜辺に穴を掘って、隙間を岩と泥で塞いで固めた「公衆露天浴場」が浜辺にオープンした。
俺たち子供も何日ぶりかの風呂に入った。
入浴時間はそんなに長くなくて、そんなに満喫できるほどは入浴できなかったけど、汗と泥と汚れでベトベトになった髪と身体を洗うことができた。特に俺の髪は長いから、人よりも洗うのが大変なのだ。
次の入浴は6日目。毎日お風呂に入ることの、なんと恵まれていて幸せなことか。
ちなみに女湯にはキチンと幕で敷居が立てられており、クラプラさんが絶えず見張っていた。覗きとかしたら怒られるじゃ済まないだろう。
5日目。
この日も朝のルーティンをこなす。
漁をした後の後片付け。船の掃除と洗濯。
仲良くなった水兵から聞いた話だと、大人たちはアブルプタ船長を中心とした木の切り出し班、クラプラさんを中心とした食料確保・掃除洗濯炊事班、アスキャさんを中心とした瓦礫片付け班に別れて行動していたらしい。ここ数日、白鬼を見ないと思ったら山に篭ってたのか。鬼らしい。
5日目の午後は崩れたレンガの中でも、マシと判断したものを使って簡単なレンガの家を造っていく作業だった。昔砂場でお城を作ったように、まるでマイン●ラフトやレ●ブロックをしているように、何かを造るという作業が男児の脳を刺激したのか、バルザもルザルもクヴァも夢中になって作った。本当に小さな幸せとなった。一人一面を担当し、何度か荒い部分を怒られつつも、日が暮れる頃には4枚の壁で囲まれた屋根無しの家ができあがった。
6日目、7日目も家造り。
自分たちが作ったのはたった3件の、8畳一間ほどの小さな小さな平屋だったが、初めて目に見える形に現れた変化と達成感に俺たちは子供なりに大喜びした。
7日目の夕暮れ。
女船乗りのクラプラさんが皆を招集する。
船の乗組員全員と街の住人たちは、松明で照らされた浜辺の瓦礫が山のように積み重なっている場所に集まった。大樽いっぱいの酒は勿論、焼き魚や野菜、麦粥やパン、果てはフルーツまで山のような御馳走が並べられている。
遅れてズシズシと白鬼がやってくる。
ザワザワしていた雰囲気は途端に静かになった。
そしてメガホンなんていらないくらいの大声で
「ここ数日、悪夢のような日々を乗り越えた同胞たちよ!!よくここに集ってくれたァ!!!!今日は荒波に散った同胞と、これからの復興を祈って宴する!!我らの絆に乾杯だァ!!!!」
直後地鳴りのような雄叫び。
そしてご馳走に殺到。
俺達も大人に続いてご馳走になだれ込む。
焼き魚はジューシーでメチャメチャ美味しかった。何より野菜を添えて食べれるなんて!貝殻や石、掌大の板切れを皿にした、極めて野性的な料理だったのに、まるで高級品を食べているかのようで、涙が出た。
バルザもルザルも、クヴァも泣きながら食べている。大人たちもひと口ひと口、噛み締めて食べているようだった。
瓦礫の山には火が灯され、それは鎮魂の巨大な炎となり、漆黒の夜を彩った。誰ともなく炎を囲うようにして手を繋ぎ踊る。俺たち子供は酔っぱらいの大人に絡まれてなし崩し的に踊りに参加(強制?)することになった。
今夜は浜辺で寝た。
浜には砂丘のように砂でできた小高い丘があり、ここなら満潮になっても波を被ることはない。
何日ぶりだろうか。揺れない寝床は。
フカフカの砂のベッドも相まって、幸せだった。
一瞬で意識が薄れていく…。




