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煉獄世界の死神  作者: 敗北の貴公子
後悔の航海
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第百二話:嵐と子供の戦い



「おう!来たかお前ら!」


前線で指揮を執っていた女頭目、クラプラさんの元に呼び出され、揺れる船内を何とか這いつくばって甲板に出た。

船は揺れるが先ほどのようにひっくり返るほどの波ではない。子供の筋力でも、走ることは難しいが辛うじて立っていられる。


「仕事だ!働きな!」


与えられた役割は“排水の手伝い”。

船の底に行き、甲板から浸水した水を取り除く役割である。現場に向かうと既に俺たち子供の膝まで水に浸かってしまっていた。

え、なにこれ。

メチャメチャ危険な現場じゃないか!


クラプラさん曰く、排水は時間との戦いだ。

今は台風で言う“目”のような場所で一時的に穏やかになっているのであって、時期にまた波も風も酷くなる。

早く水を出さないと船が沈んでしまうのだ。


そしてこの世界にはポンプは存在しない。

大きなホースもないから、バケツの中の水を、空気を抜いたホースを使って重力で抜くような“サイフォンの原理”も使えない。

ならばどうするか?

“人力”である。

バケツリレーならぬ桶リレー。

こんな非力な子供の力でも、何度も何度も行ったり来たりすれば、船底に穴が空いていない限りはいつかは排水されるのだ。

勿論俺たち子供だけではない。

大人の手伝いである。


俺たちは船の最低部でひたすら桶で水を汲み、大人に回し…を、ひたすら行う。

俺たちの仕事はそこまで力がいる仕事じゃない。

言わば湯船の中に洗面器を沈めて、洗面器の中を一杯に満たす仕事だ。水からの引き上げなど力がいる仕事は大人がやってくれる。

船底の空きスペースに繋がる階段は前後左右に4箇所。俺たちはそれぞれに分かれ、予め汲み取りように船底部に置いてあったであろう大量の桶にひたすら水を汲んでいく。


単純作業と侮るなかれ。

この船の全長は100m近くある。

船底部も60mはあるだろう。

子供の膝まで浸かるほど浸水した50mプールから人力で水を排水するものと思ってもらえたら話が早いかもしれない。

しかも薄暗く見通しの悪い中で。

しかも船が揺れる度にバチャンバチャンと大波が立つのだ。まともに立っていられない。

波の出るプール?

いやいや、双方向から大波が寄せては返すのだ。

傾いたときには水深は一気に首もとまで達する。

言うなればそれはまさに洗濯機の中。

膝の高さだろうが溺れかねない。

決死の作業である。

これ人選間違えてるだろ!

大人だけでやった方が効率いいに決まってるじゃん!


それでも与えられた仕事だ。

クラプラさんがやれと命じたということは、危険は伴うが死ぬ前に助けてくれるに違いないと信じるしかない。

波に揉まれながら必死に桶に水を満たし、時に這いつくばって波に耐え、ひたすら大人に桶を送っていった。


水かさが足首より下になったら、今度は布を水に浸して桶にしぼっていく。延々と。延々と。勿論子供の握力。一度に搾り取れる水の量はたかが知れていて、その分回収効率は大人に比べると下がる。

だが今自分たちにできる仕事はこれしかないのだ。

苦しくても、痛くても。


タオルを絞る度、腕がちぎれそうになった。

桶を持つ度、指が手から引っこ抜けそうになった。


それでもひたすら続ける。

自分たち子供には既に、自分たちも含めて、船に乗る全員が一丸となって嵐を乗り切るんだという意気込みができていた。

船が転覆すること。それは死ぬということ。

死なないために自分たちができること。

自分たちにできることがあるならば、やるしかないのである。




水を湿らせたボロ雑巾に負けないくらい、手がマメでズタズタになる頃には、床の水気は一通り取れていた。

大人たちは動けなくなっている俺たちに「お疲れ!」と声をかけ上へ上がってしまった。


俺も含め皆、痛みで手が上手く動かせない。

破れたマメから菌が入ったのか、手は赤く熱を持って腫れている。着ぐるみを着たように一回り大きな手になってしまった。


バルザ、ルザル、クヴァを集め、床に輪になるように座り、全員の両手を中心に集める。そして俺のボロボロの手から発せられる白い光を全員の手を包むように当ててやる。すると全員の手がみるみる治っていく。

治癒魔法は基本的に一人一人にしか使えないが、生命力を分け与えるこの白い光は複数人同時に治癒できる。

先程は痛みでそれどころじゃなかったバルザは改めて目を丸くした。


「何度見ても凄いな。これだけの治癒魔法があれば重宝されるんじゃないか?」


「いや、あんまりいいシロモノじゃないんだってば。お前の外れた肩も治せなかったし。」


「それにしても、だ。少なくともこの船ではお前の戦闘時の役割はできたようなもんだろ。」


「回復役って命狙われやすいんだよね…。」


「それでも前線で戦ってる奴より死なないだろ。物陰に隠れてればいいんだから。」


「それができる立場ならいいんだけど…。さて、行こう!」



他のクルーが次の仕事をしに上に戻って行った中、一休みしていられるほどの身分じゃない。


甲板に戻ると、まだ雨は降っていたが、それでも先程よりも空は明るくなっている。

夜が明つつあるようだ。


すぐ次の仕事を言い渡された。

食料庫や武器庫の整理である。

俺とルザルは武器庫で散乱したり濡れたりした武器の拭き取りと整理を、バルザとクヴァは横倒しになったり散らばった食料庫の整理を担当した。

先に武器庫の整理を終えた俺とルザルは、食料庫へ手伝いに行ったのだが…。なんとも酷い有様だった。

あちこちに干物やオイル、酒などが撒き散らされている。

普段炊事を任されている女たち総出で床掃除等に励んでいるが…これは時間がかかりそうだ。


俺たち子供はひたすら床掃除。

また雑巾絞り。またズタボロになる小さな手。

今日だけで何回、前腕に負担をかけただろうか。

肘から先が発火しそうだ。明日は筋肉痛確定だろう。


俺はジルの家で農作業の手伝いをしたことを思い出していた。あの時はクワが重くて、足ももたついて、最後はクワを握る手に力も入らなかったけど…。もしかして毎日農作業の手伝いをしているジルなら、もっと早く、もっと多くの雑巾を絞ることができるのでは、と。俺もそんな境遇なら…


…いや、比較はダメだ。

できることをできる範囲で頑張ろう。

もしかしたら、今回のこの船旅で握力がついて、体幹も鍛えられて、前より多く、前より楽に剣を振れるようになってるかもしれない。前向きに考えよう。

これも立派なトレーニングなのだ、と。

そう考えると気持ちが幾分楽になった気がした。

嫌気が刺しつつある他3人にも伝え、俺たちは互いを鼓舞し合って再び元気に火を灯す。

船酔いで吐きまくってとうに火種もないんだけど。

それでも今は気合いで頑張るしかない。



食料庫の掃除を終えたことを報告する頃には、雨は止み、まだ厚い雲に覆われながらも空は明るくなっていた。いつの間にか昼。

小休憩を言い渡された。

昼ごはんはさっき床に散らばってた干物。

やや湿っているが仕方がない。

今回の嵐でパン類はほぼ全滅してしまった。

残っているのは干物と、少量のオイル漬け。

それを分け合って食べる。

贅沢は言えない。腹の足しになるだけ幸せだった。


雨は病んでいるが甲板は濡れていて冷たい。

航海士であり、感知能力という魔法を持つアスキャさん曰く、嵐はまだ続くらしい。昨日より大きい嵐でないといいけれど。


今が唯一、寝れる時なのだ。

バルザ、ルザル、クヴァ共に既に限界。

俺も立っているのもやっと。

嘔吐物まみれのアスキャさんの部屋を簡単に片付け、俺たちは暫しの眠りについた。




次に起きた時はもう薄暗くなっていた。

大分眠ってしまったらしい。

3人はまだ爆睡している。

昼ごはんを食べた時より波が高いのか、船体が大きく揺れている。にも関わらず爆睡。慣れたのだろうか。それとも疲労の蓄積故か。

そっとしておいてあげよう。


3人を残し甲板へ上がることにした。

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