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煉獄世界の死神  作者: 敗北の貴公子
後悔の航海
100/108

第百話:悪夢の揺り籠

100話です!ついに大台に乗った…と思っているのは自分だけだと思いますが、自己満足の小説が、1話あたり平均3500字、途中飽きたこともあったけど続けられたというのは本当に感慨深いです!

これからも、時々投稿をサボりつつ、マイペースに続けていきたいと思います!

( ´∀`)


宜しかったらブックマークだけでもお願いします!

モチベーションが上がりますので。

m(_ _)m


100話も超えたことですし、少し今まで書いたものを肉付けさせて頂くかもしれませんがご理解ください。



水風船の中身のように揺さぶられ、胃の中もかき回され、盛大に吐いた後も、寄せては返す大波と胃液。


本来、車酔いは耳の奥にある三半規管の異常、いや正常とも言えるかもしれないが、平衡感覚を司る器官が狂ってしまうことにより生じる。


速度の変化や前後上下左右、回転などの刺激を受けると、視界を中心とした身体全体から送られてくる情報を三半規管が処理し、身体の平衡を保とうとするのだが、ジェットコースターや峠道などの急激な速度や方向感覚の変化、それから船などの大きな上下の動きに対して三半規管が情報を処理できず、脳が混乱して吐き気を催すのだ。


三半規管は子供は大人に比べて未発達であり、子供ほど乗り物酔いしやすいとされている。


そして、現在の状況である。

元ボート部で、悪天候の中半日船の上にいたこともあるし、趣味が釣りの俺は年に何回も釣り船に乗ったものだ。悪天候の中で船釣りもしたが船酔いなんてしたことがなかった。なんなら二日酔いの状態で釣り船に乗っても吐かない俺がこのザマとは。


くそ…気持ち悪い…。

まさしく泥酔状態の吐き気そのものだ。

内蔵そのものを吐きそうである。

日本酒の一升瓶を1時間で空けたとき以来か?

一体自分の体内のどこにそんなに吐ける水分があるのだろうという感じ。吐いても吐いても、まだ出てくる。


6年しか生きていない並大抵の子供よりは吐いているし、泥酔や二日酔いの苦しさとそれに耐えた経験はあるはず…だが今の俺は、そんな6歳児のバルザに背中を擦られていた。

恥?プライド?そんなものとうに無い。


バルザには直接かかってないだろうけど、俺の吐瀉物には猛毒が含まれている可能性が高い。最もバルザには一度“白い光”を照射しているので、毒への免疫は作られているかもしれないが。



……早く室内に戻りたい。

正直廊下にいるだけでも怖い。

上下左右に大きく揺さぶられるせいで身体のコントロールがまるでできないのだ。廊下にある手すりを握っていても、前に進むことすら難しい。

しかし幸いなことに、夜が明けようとしているのか、空が明るくなってきたお陰で、辛うじて廊下の先にある部屋が見通せるようになっていた。

夜の闇で足元も壁も全く何も見えなかった先程とは恐怖心が違う。そして目標が目視できると、頑張る意欲が湧くというもの。部屋まであとちょっとだ!


バルザと二人、必死で匍匐(ほふく)前進をして、何とかアスキャさんの部屋の前までたどり着いた。そして、バタバタと開いては自然に閉まるドアに手をかけた時…。



グアッ、と。


廊下の床が壁になった。



手すりを離れ、ドアの方に這って進んでいた俺たちは、一瞬で船の後方に吸い寄せられ……。


大きな衝撃と共に上に跳ね上げられ……。



あれ……浮いて……。





あっ……。

これ、視界がスローモーションになるっていう……。


おお……本当にスローになるんだ……。



宙に浮く俺に、脳は思考の猶予を与えてくれたらしい。

だが残酷なことに、宙に浮いた身体の自由は利かない。


俺にできたのは、せいぜい落下するであろう床を見つめることだけだった。



……ああ、痛そうだな……。




俺は背中から、川と化した床に叩きつけられた。

肺に蓄えられたすべての空気が一瞬にして口から出ていった。そして空気を吸う余裕は与えられず、痛みを感じる時間もなく、再び船は大波の山を登り、そして再び空中に放り投げられ、再び叩きつけられた。



チャーハンを炒めてるときの、フライパン回し。

転がり、宙を舞い、叩きつけられ、卵とグチャグチャに混ざりあい、再び宙を舞って叩きつけられる米粒の。

今ならその気持ちが分かる気がする。



三回宙に舞ったところで漸く波が落ち着いた。

そして俺に“痛み”を感じる余裕ができた。

背中だけでなく全身を打っている。

足の筋、肩の靭帯。手首の関節。

それぞれが悲鳴を上げ、激痛が走る。

筋肉が、骨が。動かない、もう動けない、動かすのをやめてくれと指令を出す脳にストライキを起こす。

だが無理にでも動いて安全を確保しなければ、少なくともこの廊下でへばっているのは危険すぎる。何かの衝撃で窓の外に放り投げられたら一巻の終わりだ。

芋虫のように胸を擦りながら、再び部屋を目指す。



ハッ…そうだバルザは…!?



バルザは俺の遥か先で気を失っていた。

ヤバい。頭を打ったか…?

首とか折れてないだろうな…。いや、変な向きにはなっていない…。

見た感じはボッキリ逝ってる箇所も無さそうだが…。

とにかく急いで安全を確保しなければ。


上半身裸のバルザの腕を引っ張り、気合いで走る。

引き摺るバルザを気にかけている余裕はない。

今は安全の確保が最優先だからだ。

匍匐(ほふく)前進でゆっくり移動する時間はない。

また大波で振り出しに戻ってしまうかもしれないからだ。

身体を起こして走ると波に対してさらに耐性がなくなる。

濡れた床で何度も転び。何度も壁や手すりに身体を強打し。時には頭を打って目から火花を出しながら部屋に転がり込んだ。


その直後に、もう本日何度目か分からない大波によって、子供達全員が宙に投げ出された。

身体はまたもコントロールを失い、この小さい部屋がまるでドラム型洗濯機のように回転する景色が映る。


そして落下。

今度は胸から床に叩きつけられた。

またしても肺から空気が消える。

痛みを叫ぶことも唸ることもできない。

悶絶とはこういうことをいうのだろうか。


バルザは今の落下で意識を取り戻したらしい。ゼェゼェと目一杯息を吸って吐いている様子を見て少し安心したが…。


「ぁ……ぐ…ぁ……ハ…痛ぁ!!!」


呼吸を整えないうちに激痛を訴えて(うずくま)った。夜明けの近い薄明かりの中、踞るバルザを凝視すると、俺が引っ張ったバルザの右腕が、肩からブランと垂れ下がっていた。


「腕が……腕が……!!」


バルザは悲鳴にも似た声を上げた。


「腕が…腕が……!…うわぁああああ!!!」


激痛の絶叫、絶望の絶叫が部屋を木霊(こだま)した。



「バルザ!落ち着いて!」

「気を確かに持て!」


ルザルとクヴァが揺れる床に足を取られつつも何とか寄り添い励ますも、バルザは精神的にも肉体的にも極限状態で、完全にパニックになっている。



………。

これが。

これが先進医療が発達した現代日本ならば、多くの人にとっては怪我の数ヵ月後には“あの時は痛かったね”で済む話だ。一部の人にとっては致命的になってしまうが、大抵の場合は日常生活に支障無い程度まで治療することができる。


では、多くの人に当てはまらないのは?

それは“戦士”だ。

野球の投手が利き腕を骨折したり脱臼したら?

ランナーが足の骨を複雑骨折したら?

その怪我が未来の自分に影響してしまうのは間違いない。

いくら子供の自然治癒力を持ってしても古傷になってしまうし、肩の脱臼なら脱臼癖になってしまう可能性もある。それは現代の医学を持ってしても完全には防げないのだ。


それが例えば中世日本、例えば戦国時代の、医術もロクに発達していない時代で、武士を目指している子供が利き腕を脱臼または骨折したらどうなるかと言えば、事態はそれだけで済まないのである。



………。

バルザは………。

バルザの今の悲痛な叫びは……。

折れている、または外れているであろう肩の痛みよりも、自分が使い物にならなくなってしまった事への不安と将来への絶望の叫びだった。

この世界には“魔法”が存在する。

だが、“魔法”を使えるのはごく少数。

治癒魔法ほどの高等魔法になれば尚更だ。

あのシンクバトラですら、治癒魔法を使えるのは国単位で3人しかいないのだ。

希少で、普及していない。

身近な存在ではないから、治癒魔法の成す奇跡がどれほどのものかを知らない人間は数多くいるのだ。


だが、忘れちゃいないか?バルザ。


「バルザ!肩見せろ!」


魔法を使える人間がここにいるじゃないか。




何度も言うように治癒魔法は超高等魔法である。

治癒魔力を行使するにはかなりの魔力を消耗すると共に、より高度な治癒魔法の行使には『なぜ人体は自然治癒するのか』という生物学的知識を持っていなければならない。

俺やセイラが治癒魔法を取得したと言っても所詮は魔力に頼りきった力業で、せいぜい血流を良くして自然治癒力を少し高める程度のものだ。

残念ながら俺の見習い治癒魔法ではバルザの腕は直せないだろう。明らかに肩を骨折または脱臼している。

だから奥の手を使わせてもらおう。



バルザの肩から少し手を離して(かざ)す。

昨日、感覚を思い出しておいて良かった。


まずは初歩治癒魔法を照射する。

暖めることで血流を良くするイメージだ。

すると治癒魔法?は真っ赤な光になってしまった。

治癒魔法は病や傷の状態によって緑→黄色→赤に色が変化するという特徴がある。赤に近いほど重症ということは、バルザの怪我は間違いなく大怪我ということだ。


改めて気を練り、送り込む。

今度は治癒の原理云々ではない。

生命力を直接分け与えるイメージだ。

手から白い光がバルザの肩に降り注ぐ。

範囲はこんなもんでいいだろう。

腕全体は必要なさそうだ。広げすぎると消費魔力も多そうだし、何より反動がヤバい。


「ア……が……これ…は…この前の……。」


「動かすなよバルザ!」


「すっげぇ!なんだこれ!」

「おお…。」


ルザルとクヴァは見るのは初めてだったな。

蛍光灯も水銀灯もないこの世界に白い光を発する光源は太陽以外存在しない。俺を除いては。

だからルザルもクヴァも、まるで犬か猫が産まれる瞬間を見るような、不安と感動が混ざりあっているような目をしていた。


光は薄暗い部屋を照らしていく。

それと共に、徐々に被害の全容が明らかになってきた。

まず、ルザルやクヴァは額から血を流している。

バルザに至っては身体中アザだらけだ。

そのうち腹のアザはかなり大きい。

治癒魔法を当てるとオレンジ色をしている。

内蔵損傷は無いかもしれないが予後が悪そうだ。

右手を肩に、左手を腹のアザに。

ダブルで白い光を当てる。



その間も船は何度も大きな揺れに襲われたが、吹っ飛ばされることはなかった。俺の身体はルザルが、バルザの身体はクヴァが支えてくれている。

俺はただ、ひたすらバルザに集中するだけ…。



バルザの未来をここで失わせたりはしない……!



……しかし、その願い虚しく、バルザの肩は一向に良くなる気配がなかった。


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